アルクメオン
デマラトスとアーシアの泥沼の戦いが始まりました。
マケドニア編メイン部分に突入です。
アブデラの街に突入したアーシアが目にしたのは、女子供が人間の盾とされ、殺されている現場だった。
それでも、パンティティス率いる、スパルタ海軍は攻撃しているが・・・
子供を人質にする一団を横目に、100人を超える子供の母親たち(だと思う)女性たちが身を投げ出してスパルタ兵にしがみつき、パンティティスの追撃を食い止めている。
女が一人死ぬたびに、子供が一人、街路に引きづり出され、斬り殺されていた。
「パンティティス、退け!」
「は!」
ピュトン旗からの命令に、瞬時に答が返ってきた。
8人9列のファランクスが停止しゆっくり下がり始める。
戦うのを本能的に喜ぶ彼らも、虐殺は不本意だったらしい。
彼らは数十体の女性の死体を残し後退した。
「人質を助けに行くぞ!」
「しかしアーシア様・・・」
タルゲリアの返事が、なぜパンティティスが女性を斬って通ろうとしていたのかを理解させてくれた。
「・・・あそこはゼウスの神域です。」
神域の流血はヘレネス最大の禁忌である。
それで・・・子供らは引きづり出されて殺されていたのか・・・
一瞬の躊躇もなくコリーダをみる。
彼女も目線で頷いた。
「かまうな!わが身は穢れた血のアルクメオンでもある。アーシア・オレステス・アリキポス・アルクメオンが命じる!コリーダ、行け!」
コリーダは一人で神域に突き進むと、無言で人質を抑えていた男たちを斬り始めた。
ただ、彼女の気持ちを我々で例えるなら、真昼間の街で全裸で踊るより恥ずかしいに違いない。
(また、コリーダに重荷を背負わせたのか・・・ごめん)
しかし彼女が男たちを斬り始めると、目に見えて動揺が広まり・・・一瞬の躊躇のあと、港に向けて逃げ始めた。
「女達、子供を受けとれ!パンティティス追撃しろ。あいつらは一人も逃すな!」
「「「おう!」」」
女性たちが子供に向かって走っていき、空いた街路を第1・第2縦隊が走り抜けた。
気分の悪い虐殺をさせられたせいで、怒りは天に達している。
すぐに戦闘の音が聞こえてきたが・・・それこそ殲滅に近いだろう。
「・・・変ですね?」
タルゲリアがつぶやいた。
「どうした、タルゲリア?」
「港に向かっているのが、気になるんです。」
何に気付いたのか、タルゲリアが目を光らせた。
「船で逃げる気なんだろう。」
アーシアは募る敵への怒りを抑えながら、静かに答えた。
「でも、デマラトスは親衛隊を、ほとんどこっちにぶつけましたよね・・・西側に・・・」
・・・確かに・・・港は東側だから、正反対だ・・・・・・
「親衛隊は自分の近くに配置すると思いませんか?逃げるときに連れていけるように。」
そうか!あいつらは囮だ。
「第3・4縦隊、南門へ進軍!急げ!」
・・・
結局、デマラトスには逃げられた。
あの角笛が撤収の合図だったらしい。
港に向かった集団は一人残らず殲滅したが・・・それすらもデマラトスの罠だった。
人質の監視役はアブデラ市民兵だった。
彼らにしてもトラキア総督であるデマラトスの命令に従わざるをえなかったにすぎない。
スパルタ海軍は港でラムヌースⅡ号に乗船すると、アブデラを後にした。
今回のアブデラ攻略戦の死者は13人だった。
確認された敵親衛隊の死者は24人だった
そしてアーシア達が街を去った後、アブデラの民意は速やかに悪化した。
ペルシア帝国が2年前に占領したばかりだったので、ペルシアへの支持は低かったのだが、ヘレネス連合に対しての感情が、アーシアが神域への禁忌を犯したことが裏目に出た。
それはヘラクレスゆかりの地であるアブデラ市民の誇りを傷つけアーシアとスパルタに対する反感を高めた。
市民兵が殲滅されたのが、それに拍車をかけた。
結局、アブデラは誰につくわけでもない独立性の強いポリスにされてしまった。
あえて比較するなら、デマラトスというトラキア総督個人への支持が一番多い。
タソス島はまだヘレネス側に戻っておらず、その鼻の先に強力な敵対ポリスが生まれてしまった。
人口1万の大きなポリスである。
ここが反ペルシアから親デマラトスになった影響は大きかった。
仮にタソス島を取り戻しても常時、侵攻に対応しなくてはならず、艦隊の常駐が必要になった。
その軍船にしてもペルシア帝国の方が多いのである。
・・・まずい・・・完全に歴史から逸れた・・・
アーシアの今回の失点は大きく、今まで稼いできたアドバンテージを失うに等しかった。
デマラトスも想像以上の戦果に小躍りしているであろう。
「とりあえず、体勢を立て直さないと・・・」
アーシアはボロボロになった状況を眺め、リメナス攻略に意識を切り替えた。
(ほんとにアポロに神頼みしたいよ・・・情けない)
机の上の地図を見ながら、重い頭を働かせた。
何も考えられない中、部屋の入口に警備に立つコリーダの後姿が目に入った。
凛としてまっすぐに立つ、その背中に卑下は感じず、ただアーシアへの信頼と気遣いのみが伝わってきた。
ハンマーでぶっ叩かれるよりも一気に目が覚めた。
彼女にあんなことをさせてまで得られた結果だ。後悔はしないしさせない!
(全部活かし切ってやる。)
「コリーダ、タルゲリアとパンティティス、を呼んできて。」
さあ逆襲開始だ。
・・・
同じころ、名もない漁村にいたデマラトスは復讐に燃えていた。
長い間、自分を助け支えてくれ、王を追放されてからも、忠誠を誓ってくれた部下・・・いやもう友といってもいい・・・その多くが今回の脱出で犠牲になってしまった。
もう残っているのは15人、いや16人か・・・
「アーシア・オレステス・アリキポス・アルクメオン。必ず貴様の首は打ち落として彼らに捧げてやる!」
ペルシア帝国の尖兵であるトラキア管区が、アーシアのいるマケドニア王国を主敵として攻撃を続けることで、ヘレネス防衛線が有効に作用するようになるのだが、それが判明するのはまだ後のことである。
お互いに過大評価の末・・・憎悪に身を焦がすことになりました・・・
ペルシア戦争がずれていきます。(これは予定通り)




