タソス島攻略戦前編
古代ギリシャの建物って窓がないんですね。さもないと円柱と屋根のふきっさらしという極端な建物ばっかで・・・
建物の中は壁で仕切られて数部屋にはなっているんですが、竈のある部屋を除くとまっくら。たぶん松明でも仕掛けたとは思いますが・・・通気用の窓すらないので徹底してます・・・夏の高温のせいかな?
アーシアが港に到着したと告げられた時の、スパルタ海軍の面々の反応は、まさにきょとんとしたものであった。
特にメガクレス艦長の驚きは、これが現実かどうかを本気で疑っているようであった。
「失礼ですが・・・アーシア軍司令官ですよね?」
「ああ、秘薬の副作用で髪の色が変わったがな。」
「本当に治ったんですか!」
「口外厳禁だ。アルクメオン家とデルフォイの両方の秘儀が重なってるからな。」
「ハッ!」
他の戦闘員にしても、以前に比べうっとりした眼差しで見つめてくる。
(巻毛はこの時代のチャームポイントであり、アポロン神も巻毛である。)
「今夜、出発の準備はできているか?」
「マリスタ・キーリエ。出港準備は完了しています。どちらの艦もすぐにでも出港できます。」
「ではアンティキュラ号は東岸の砂浜に、我々はラムヌースⅡを率いてリメナスに向かう。」
「いきなりタソス島の港街ですか?強行突破は無理では・・・」
それはそうだ。港があるということは急深な湾であるということがイコールである。
つまり、揚陸ポイントは極めて限られる。
「こっちは囮だ。そちらが上陸に成功したら、火矢を上げてくれ。」
「了解です。その後は?」
「そちらに確保してもらった砂浜に干潮に合わせて突っ込む。揚陸時の見張りと援護を頼む。」
「マリスタ・キーリエ。では夜半の干潮に再会しましょう。」
日没と同時にラムヌースⅡ号とアンティキュラ号は同時に出港した。
ラムヌースⅡの艦長トリュガイオスは身体が治りきっていないため、今回はアポロ神殿で留守番でレイチェルとピュロス、そしてアレティア姫の護衛を任せる。
アポロ神殿にいる限りは大丈夫だと思うが・・・
今回ラムヌースⅡで指揮を執るのはアーシアであり切り込み隊長はスパルタ海将パンティティスだ。
(史実ではレオニダス王の300人に入ったいたが、テッサリアへの使者に出され討ち死にできなかったことを不名誉して縊死したといわれる。)
武勇も機転も十分なので軍司令官直属の隊長として抜擢した。
抜擢理由は「神託により・・・」
ある意味すごいな、この理由でほぼ通るんだから。
リメナスの沖に達したとき・・・街は灯が盛んに灯され迎撃態勢に入っていた。
「まずいな・・・」
ここまであからさまに灯りをともされると火矢が見づらい。
敵防衛隊の動きも丸見えになるので街の奥は灯を消すと思っていたのだが・・・
「敵兵が見えませんね?全員建物の中でしょうか・・・」
タルゲリアが疑問そうに呟いた。
「それも考えにくいが・・・そうとしか考えようがないな。作戦は決行する。メガクレスに慎重に行動するように伝えてほしい。上陸の火矢は2回全員で射撃してくれ。」
「はい。アーシア様。」
タルゲリアはここからボートでアンティキュラ号に移動し、最終命令を伝えて、そのまま上陸部隊に入る予定だ。
「では、行ってまいります。」
「上陸地点は十分に確認するようにな!頼んだぞ!」
「はい!」
そういってアンティキュラ号にタルゲリアは移乗した。
「ゆっくり港内に侵入、敵の注目を集めろ。」
「注目・・・ですか?」
パンティティスがそういうのも無理はない。
もし敵が建物の中にいてもこちらを見ることは難しい。
この時代の建物には窓がない。
出入り口も1か所。あとは煙抜きの穴が天井にあるだけ、なので中から外が見えない。
せいぜい入り口から顔を出して覗くぐらいだろうが・・・あれだけ明るいと丸見えである。
(なにを企んでるんだ、デマラトス。)
予想通りというべきか、ラムヌースⅡ号が近づいていくと、あちらこちらの建物から頭が突き出され騒然としてきた。
(親衛隊とデマラトスはどこだ?)
目を皿のようにして街路を眺めたが、それらしい姿は見えなかった。
港まであと200mの地点で一斉に建物から人が湧き出してきた。
全員が弓を持っている?
・・・ペルシアのコンポジットボウ?
ペルシア軍のコンポジットボウは高性能で有名である。
射程もこちらの倍はある。
アーシアは慌てて命令を出した。
「左舷全速、面舵一杯、右舷櫂上げ!」
ラムヌースⅡは船体を左に傾けながら、右回頭をこなした。
ラムヌースⅡが船尾を街に向けると兵は、すぐさま全員建物に戻っていった。
・・・?
「なんなんだ、あの動きは?どう思うパンティティス?」
「何でしょうね。私には想像がつきません?」
普通に考えれば時間稼ぎなのだが・・・時間稼ぎをするには兵の数が多かった。
たぶん1000人ぐらい・・・推定される、全兵力だ。
仮にデマラトスと元親衛隊のみが脱出したとして・・・残るアテナイ系のヘレネスが自殺行為の時間稼ぎを引き受けるわけがない。
そうするとデマラトスと親衛隊がどこかにいると考えられるのだが・・・ラムヌースⅡ号がここにいる以上、スパルタニアン150人に対抗できる兵をここに置かないのも考えにくい。
「近くに砦でもあるんだろうか?」
「それはありえませんね。占領からまだ半月です。」
「だよな?」
そういうものを作らせないため無理を重ねて急襲したのである。
「もう一度やってみるか?パンティティス」
「賛成します。意図が見えるかもしれません。十分に注意してください。」
ラムヌースⅡ号は同じ航路をやや遅めに入っていった。
するとやはり岸まで200mの地点で兵が飛び出てきて弓を構えた。
「面舵一杯、右舷櫂上げ、左舷半速」
前回よりもゆっくりと船は回頭した。
アーシアは意識を集中して弓を見た。
(・・・普通の狩り用の弓?・・・射程100mくらいか)
パンティティスも見ていたようで
「狩人の弓か?」
呟いたのが聞こえた。
「変ですな。軍司令官。」
「そうだな・・・何か起きている。」
そうやって呟いたところで後ろの見張り台が叫んだ。
「南に火矢2回に分け多数、色、青」
「上陸成功の合図だ。西の砂浜に向け全速!」
太鼓のリズムが速まる中で、アーシアは一体何が起きているのか懸命に考え続けた。




