ラムヌースⅡ号発進
今回、主人公、出てきません。
スパルタ人と苦労人になりそうなトリュガイオス副司令官の話です。
ラムヌースⅡ号は全長50m幅8mの巨大船です。実は舷側に矢板を立てると安宅船のうち伊勢船そっくりになります。
アレティア姫はレイチェルと連絡して、ピュロスの天文学、アーシアの地理学で航行するために乗っけました(内緒)
「トリュガイオス 乗艦!」
前方に見える巨大な船にむけ、ボートから掛け声が上がった。
以前3番艦ラコニア号の船長だったトリュガイオスは、海軍副司令に昇格し、新造艦「ラムヌースⅡ号」の艦長を任命されていた。
ラムヌースⅡ号はアーシアが設計指導して作った船であり、その最大の特徴は2本の7竜骨を持つツインキール型の船である。
加えて肋材の概念を導入しブロック構造を取り入れた船で、従来のガレ―船で用いられていた補強のための館内ロープを全廃している。
竜骨はレバノン杉を輸入し、長さを稼いだおかげで、全長は50m(3段櫂船でも40m弱)に達した。
水面上の高さは3mを超えるペルシアの3層櫂船に比較すれば低い2m程度である(従来のイオニア型2層櫂船だと1・5m程度)。
しかしこの高さは前後に3mの高さの櫓を設けた結果、接舷時の白兵戦はカバーできるようになっている。
最大の特徴は、従来のガレー船はアメンボの胴体のような形をしていたが、タンカーのような箱に近い形をしていることである。
このため、積載量に比較して喫水が浅く、より、浅い箇所まで岸に近づくことが可能である。
もっとも船体が重くなったため、漕ぎ手を120人に増員したが、最高速度は8ノット程度にとどまった。(それでもイオニア型同等なのだが)
そして直進性は良いが小回りは効かない。
すべて強襲揚陸のために特化した船である。
また、試験的に櫓の部分にマストを組み入れ、2枚帆を採用している。(地中海の風の特性からすべて蟹爪型帆で構成してある。ウィンドサーフィンの帆と同じ形。)
この辺りはまだ操帆技術がないために、試験的運用をしているだけで水兵からの評判も悪い。
アーシアはいずれ小型帆船を試作して操帆技術を確立する必要があると考えている。
まったくの新規概念の船を与えられたトリュガイオスであるが、「船は船」と思っていることもあって、船大工と相談しながら、メッセニアの外港カラマタを目指して航海していた。
船の中で煮炊きが可能というイオニア型客船の前例に、常識というものは覆されるものとはわかっていたが・・・この船は常識というものがかけらもない・・・。
船体の真ん中を通路が走っているのに・・・どこにもロープがない。
通路の先は舳先で水面上50cmの位置に左右に割れる扉がある。
普段は閉じているのに・・・何なんだ、この蝶番という仕組みは?
カラマタ港についてすぐに揚陸用扉を開けると完全武装の一団が荷物をもって乗り込んできた。
なんと1大隊。その数150人だ。
・・・よくこんなに入っても平気だとは思ったが・そういえば、この船は積載量が12000タラントンといっていたな。(現代だと約300トン、江戸だと二千石積、1タラントンは26kg換算)
武器、鎧、飲食物を含め、積み込んでも20cm程度しか喫水が下がらない。
まだまだ余力がありそうだ。
この乗り込みに必要な時間・・・2時間・・・あり得ないだろう。
桟橋から直接、物のやり取りができるっていうのはこういうことなのか。
つくづくアーシア提督の頭の中をのぞいてみたくなった。
しかも戦闘員のスパルタニアンはヘレネス・・・なんだろうか?
船の中で訓練しようとする人間を見るのは・・・サルピズマ以来だ・・・
ただ彼らと違うのは、スパルタンは訓練そのものが目的で、訓練してるとしか思えない。
それに合わせてこの船には訓練用のスペースがある・・・アーシア提督もラケダイモンということなんだろうか?
まるで訓練をやめたら、死んでしまうとでも思っているようだ。
それを示すエピソードがある。
彼らが乗り込んだ、その日ラムヌースへの移動を急がされていたので、生まれて初めて、夜間航海をした。
とはいっても海流に乗せ帆だけで移動したので2‐3ノットも出ていたのだろうか?自信はないが。
翌朝、多くのスパルタンは船酔いで倒れていた・・・これで終われば笑い話だったのだが・・・
彼らはその状況でも普通に訓練を始めた・・・そして恐るべきことに訓練が終わるころには船酔いが治まったものが多数出たのである。
彼ら曰く、普段できない訓練で苦しくて辛いから楽しい・・・もはやアテナイ市民の私には想像のつかない領域である。
船酔いが収まったのを残念そうにしている訓練中のスパルタンをみて、ヘレネスはヘラクレスの子孫であるという伝承は嘘ではないと確信した。
もっとも、同じ血が流れているとは思いたくなかったが。
夜間航行という無茶をしたおかげで(上陸、乗船の時間がかからない)三日目の夕方にはアイギナに入港することができた。
普通なら5~8日はかかる船旅・・・つくづく規格外の船である。
アイギナには食料と水の補給をかねて一泊の予定だったのだが、緊急事態が発生していた。
アテナイのアルクメオン家から使いが来ていて、廃王デマラトスのタソス島(THASOS)侵攻が伝えられた。
左上のタソス島まで普通に行けば一月かかる、が提督の命令は鬼だった。
「1週間でネアポリスまで直行。」(マケドニア地図だとTHRACEの下の街)
青が今回の無茶した航路、臙脂が指示航路・・・
(不可能だ、あり得ない)
そう思っていたが、大量に水と食料が運び込まれていた。
その中スパルタ人が不満に思うのを恐れたのか王家の姫が乗り込んできた。
そしてまだあどけなさの残る姫、アレティア姫はスパルタンを集めると告げた。
「非常に苦しい戦いが始まります。・・・・敵もラケダイモン、しかも元親衛隊です。」
その瞬間、私は自分の目を疑った。
同族殺しに向かおうとする戦士たちが歓喜の顔でゆがんだのである。
「敵はデマラトス、および直属の39名。いずれも著名なラケダイモンです。」
・・・あれ敵は千人と聞いていたのだが?
「他にヘレネスが1000人ほどいますが、ラケダイモンどうしで戦える二度とない機会です。スパルタ海軍の武名を打ち立てなさい。」
比喩でなく、湧きあがった歓声で船が揺れた。
「トリュガイオス船長、私はエウリュポン家のアレティア、キモン家のオロロス様に嫁ぐためにアテナイに来ましたが、アーシア様の命令で乗船します。夜間は私が星を見て方角を定めます。海流はわかりませんので教えてください。」
「はい、任せてください!え?」
かなり間抜けな返事になってしまったが・・・私は彼女に見惚れていたのである。
アレティア姫はアテナイの女性とは違って躍動感の塊である。
彼女に婚約者がいなければ即座に求婚したに違いないほど美しかった。
「とりあえず積み込んだらスニヨン岬を目指してください。そのあとは随時方向を指示します。」
「わかりました!」
ラムヌースⅡ号は夕闇深まる中、港に入ってくる船を背に、前人未到の独航を始めた。
ラムヌースのドックではラムヌースⅡの次は戦艦パトロクロスを建造中です。
これは銀河水平面には浮きません・・・・いや宇宙だと浮くのか?




