デルフォイの長い夜
デルフォイの冬はアポロが極北の地にバカンスに行くため、ディオニソスが代わりに仕事したそうです。・・・酔っ払ってグダグダになって予言したんでしょうか?
アーシアが言っているのはこのことです。
それとイースの偉大なる種族なんですが・・・ちょっと気になって接地圧を計算したんですね。体重7トンぐらいなのですが・・・なんと驚くことに接地圧は0.1kg/cm2・・・人間の足の裏が0.13kg/cm2ですからほとんど変わらない・・・でも直径3mの足の裏・・・ジャンプはできなさそうですし・・・機動力はほとんどないんだろうなーと思ってしまいました。
俺は宇宙空間を漂っていった。
(・・・飲みすぎ?夢か。)
アレクサンドロス王と盛り上がって・・・こちらにきて初めて酔いつぶれるまで飲んだのは覚えている。
そのせいで見ている夢なのだろう。
・・・自分の身体が直径3m高さ3m円錐状の胴体と太い四本の触手をもつ・・・謎生物・・・なのも気のせいに違いない。
自分の下(宇宙で上下があるのも変だが)で頭がタコ+触手の生物が二匹で戦争してるのも、きっと夢のせいだ。
前方のブラックホールみたいなところから、同僚の声で「ひがしやまー次、行くぞ!次はガールズパブ」とか言ってるのは・・・気のせいなんだろうか?
あれ、もしかして俺寝てた?あの飲み屋で・・・アーシアの方が夢?
背後には白い空間があるのが見えた。たぶんそこから出てきたのだろう。
この場所では自分の行きたい方向に動けるようだ。
・・・さてどっちに進むか・・・
俺は何の迷いもなく白い空間を目指した。
惚れた女たちのいる世界の方がいいに決まってるじゃないか。
「おはようございます。アーシア様」
ピュロスの声で目が覚めたが・・・ひどい頭痛だ・・・
「大丈夫ですか?」
声が聞こえるたびに頭の中に振動が走り、胸に温かいナニカが充填されていく。
こめかみを揉みながら
「・・み・・ず・・・・」
小声で呟く。これでもう胸は温かいナニカで一杯になってしまった。
「どうぞ。」
すぐに出された杯に入った水を一息に飲み込む。
温かいナニカは押し込めたようだ。
そのすきに薬箱に向かうと・・・沢瀉、茯苓、猪苓、白朮、桂枝を薬研で粉にし五苓散 を調合する。
二日酔い対策の漢方だ。
二服分作ると、それを持ちアレクサンドロス王のもとに向かう。
「・・・おはようございます、アレクサンドロス王。」
みると王様も同じ状況のようだ。
「水と二日酔いの薬です。私が毒見します。」
そういうとアーシアは一服分を口に入れ、水で飲み下した。
それを見るなりアレクサンドロス王も残った薬を服用する。
アーシアは飲み下すと、すぐに一息つけた。
それは王様も一緒らしい。
「ふー、効きが早いな。もう胃がすっきりしてきた。」
「極東の国の薬です。あとは水を大量に飲んで尿で酒毒を出してください。」
「わかった。」
そういうと王様は水差しに手を伸ばして一気に飲み始めた。
「どちらも少し軽率です。ここはアポロ神殿でディオニソス神殿ではありませんよ。」
「でも冬はディオニソスが主神殿になるでしょう。おなじ神殿のよしみで・・・」
「でしたらディオニソスの教皇になってください!」
二人の男性にアレティア巫女長が注意する。
アレクサンドロス王は首をすくめてだまって聞いていたが、アーシアはつい言い返して、さらに怒られている。
30分ほど怒った後は気がすんだのか、予定時間が終了したのか、実務の連絡になる。
アーシアは今日も宗教スケジュールがいっぱいである。
アーシアがいるときは巫女を犠牲にしないで神託が可能なため、巫女長は、できるだけ多くの件数をこなさせようとする。
ただしデルフォイの神託は9割の情報収集・分析と1割の詭弁でできている・・・そんな感じだ。
その神託の下調べをするのが神官長であり巫女長なのだが、ベテランの巫女長もギリギリまで能力を使って調べているので、新任のプトレモス神官長はどうしても遅れがちになる。
いつもは前任のアイオスが手伝っているのだが、現状アイオスはマケドニア王への対応に当たっているため手伝えない。
結果、アーシアが調整してプトレモスの不足分を補ったり、神託の件数そのものを減らしたりするということになっているのだが・・・こんな中、新体制初日から、飲んだくれて寝坊すれば怒られるのは当たり前である。
ともあれ、その日の依頼のあった神託を行い、祭事を執り行う。
重要度の低いものは巫女たちへ託宣で済ませる。
その合間をぬってヘレネスに対しマケドニア防衛線構築の計画立案し、報酬の調整をマケドニア王と行う。
まさに猫の手も借りたい状態である・・・でもホルスはいない。
夕食をとるころには、疲れ果てていた。
「ヘレネの湯につかってゆっくりしたい・・・」
料理はコリーダが担当してくれたおかげで、うまいボンゴレが食べられるがワイン抜きである。
慣れたせいかワインがないとしっくりこない。
「こっちの世界に慣れたんだな、以前はそんなことなかったのに。」
「失礼します。」
入口から入ってきたのは巫女長だった。執務は終わっているはずだが・・・
「アレティア巫女長。どうかしましたか?」
「はい、姫より伝言です。忙しすぎるようだからパンドラ送るので、もうちょっと頑張って♡との言葉でした。」
「それは助かる。」
パンドラが来てくれればアレティアネットワークでヘレネスへの伝達、確認が一気に楽になる。
姫様が色素欠乏でなければ自分で来たのだろうが・・・
その言葉を聞いて気分が盛り上がり、一気に防御計画を練り上げる。
今回のペルシア戦争は史実の決戦型と異なり、散発型の持久戦になるはずである。
場所はマケドニアートラキア国境線。
これはもしヘレネス領域まで攻め込まれた場合に生じる、諸ポリス間の利害関係、主従関係を考えると理想的な場所である。
もしマケドニアでの防衛線が維持できない場合は、ヘレネス特有の唯我主義が諸ポリスに発生するため分裂・敗北するであろうことは間違いない。
このためにもマケドニア・トラキア国境で食い止める必要があるのだが、そのためには防衛設備の充実が必要になる。
当然、資金が必要になるため各ポリスはおよび腰になるであろう。
そこでアレクサンドロス王との協議の結果、防衛設備のために切り出した木材の所有権と、防衛設備前面の森林の伐採権をもらった。
その夜考えた防衛設備の構想は
①両岸の木を3スタディオン(約600m)にわたって伐採する。
②5スタディオン(約1km)ごとに見張り台を立てる。
③見張り台と見張り台の間を胸までの高さの土塁でつなげる。土塁の前に深さ1m幅2mの堀を掘ることで、土塁の材料と堀の作成を同時に行う。
④参加ポリスは大小にかかわらず1カ所のみ軍用ポリス(城砦)を作成できる。
⑤土塁のできた部分はその土塁の作成ポリスが、対岸(トラキア側)5スタディオン奥までの森林の伐採権を得ることができる。
⑥下流に流された木材は防御設備の建設が終わるまでの期間、防御設備の受け持った距離によりポリス間で配分される。
とまあ帝政ローマの国境簡易版+木材伐採権によるマケドニアの経費負担削減で構成されている。
工期の遅れたポリスはどうするとか、防衛線の地形による変更をどうするとか、細かいことはやりながらこなしていくしかない。
問題は山積みになるであろうし、調整の困難も半端ではないだろう。
なのに、アーシアは気分が高揚していた。
理由は、自分で決めて自分がやりたいことをやっている、そう実感しているからだ。
他人に、これをやれと言われれば無条件で蹴り飛ばす内容でも、自分でやりたいからやっているなら楽しみでしかない。
それに・・・夜中に酒瓶を懐にかくして持ってきてくれたアレクサンドロス王や作業を手伝わせたピュロス・コリーダ、小言をいいながらも手伝ってくれる巫女長・・・やっぱりヘレネスの世界を守りたいのである。
自分の体は、もう人間とは呼べないかもしれない・・・でもヘレネスではいられる・・・それが解答に一番近いと思う。
決してペルシアが悪者でもヘレネスが正義なわけでもない。
ただ受け入れてくれた人たちを、そのままの関係で保ちたい。
そんな自己本位のわがままがアーシアの防衛戦にかける原動力だった。
いつの間にか夜が明けていた。
目の前には契約用書類、防衛設備の概略図、工法・設営ラインのパンフレット、地図のセットが出来上がっていた。
枚数にして羊皮紙15枚である。
「これを参加ポリスの数だけ作るのか・・・」
思わずうんざりしたが、同じく完徹の巫女長が何でもないように言った。
「あとは職人にまかせて焼粘土板を起こして版画でやればいいでしょう。」
?
「黄金鏡の複写の技術がそのまま使えます。」
ああ、そうだった。
まさか、こんなとこで役に立つとは思わなかった。
でもこれで、今後も出版物は楽にできるはず。
「そろそろ諸世紀のギリシア語翻訳版も終わりますが・・・こちらを優先してやらせましょう。」
あれ?今また翻訳が変になった。
「ナコティカ?」
「ええ、翻訳版の諸世紀です。」
・・・たしかに意味はあってるようだ。
こんなとこにあったのかって、俺が作ったのか!ナコティカ!