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【調虎離山②】

 背を向けて言葉を交わす。


年甲斐もなくワクワクしているのは気のせいではないじゃろう。


わしはさっそく敵の懐に飛び込み、剣を腹に突き刺す。魔物は金切声を上げるがその隙だらけの首元に剣を滑らせる。


 左から斧を持った魔物が、今にもその斧を振り下ろそうとするのを視界の端で捉える。


振り下ろした瞬間、右に身体を回避しその腕を断ち切る。


 その奥にはもう二体。一体は斧使い、もう一体は剣使い。


まず右の剣使いの突きをパリィして素早く体を反転させる。


背後に回りがら空きの背中を容赦なく斬る。横にいる斧使いが斧を振り上げている隙に胸元のスペースに滑り込み突きをかます。


 その後も押し寄せる大軍を確実に仕留めていく。


腕を絶ち、足を絶ち、首を絶つ。殺すことよりも戦闘不能にすることにすることを重視して肢体に剣を走らせる。


「やりますね、国王様」


 再び背を合わせたメリアがぼそっと呟く。


どうやらこの身体だと想像以上に戦えるようじゃ、今回はこれだけで十分じゃろう。


「まぁ剣も習っておったし、太極拳もサボってないからな。それよりも後退じゃ、下がるぞ」


「はい!」


 まだまだ軽い身体をかっ飛ばして川を目指す。


メリアはわしの横にピッタリついて同じペースで駆ける。


後ろからは魔物の咆哮が絶え間なく聞こえる。


「川が見えました! 近接部隊がいます」


「ふむ、魔法部隊も準備が出来てるようじゃな」


 先を見ると近接部隊が抜剣して魔物を待ち構えていた。


川を挟んでその奥にはフィラン率いる魔法部隊が隊列を組んでいるのが見える。


「いいか、ここは魔法部隊に殲滅してもらう。わしら近接部隊はあくまでその補助じゃ。特にわしとメリアは死人はもちろん、なるべく怪我人を出さないように周囲を確認しつつ戦う」


「お任せください。私がみんなを守ります」


 そうこうしているうちに川までたどり着いた。


さすがに走りつかれたのかメリアは手を膝について呼吸を整えている。わしも少し疲れたがその前に。


「皆の者よく聞け! 魔物の第一波がすぐそこに迫っている! 魔法部隊は持てる力全てを発揮し殲滅に当たれ! 近接部隊は自軍の魔法に注意し残り物を仕留めろ!」


「おおお!」


 どうやら士気も大丈夫。


額の汗を拭っていると川の向こう岸からエイディスがふらふらしながら飛んできた。


「国王様、大丈夫でしたか?」


「こっちは平気じゃが、エイディスは大丈夫か? 翼がフラフラしとったが……」


「翼はちょっと限界みたいです」


 エイディスは苦笑いを浮かべて所在無げに手をもじもじする。


「で、ですが、私も戦えます。どっちで戦えばいいでしょうか!」


「どっちでって……エイディスは魔法も剣術も出来るのか?」


「はい、私は両方心得があります」


 エイディスは翼が使えたり、両方心得があったり羨ましいなぁ。


 でも、今は疲れきってるようだし、敵に近づけるのは得策ではないじゃろう。


「じゃあ、魔法部隊で一緒に戦ってくれ。無理しない程度にな」


「分かりました、頑張ります」


 言うとまたフラフラと川を渡る。


 大丈夫か? なんか酔っぱらったサラリーマンみたいじゃが……。


 なんて金曜夜の新橋の光景を思い出していると魔物の怒号がかなり迫っていた。


 ふむ、そろそろじゃろ。


「今じゃ撃てー!」


 号令からわずかな時間差をあけて背後から魔法を放つ音が聞こえた。


魔法は夜空に瞬く一筋の流れ星のように弧を描いて魔物に向かっていく。そして流れる光球は大きな爆発音と共に地面にぶつかり煙が立ち上る。


 魔法の威力は想定以上だった。エイディスとフィランがしっかり統制してくれたおかげか、魔法は絶え間なく発射され、容赦なく敵に襲い掛かる。


 時々、他よりデカい光球が空を流れている。どうやらフィランも頑張っているようじゃな。


「わしらの出番はもうないんじゃないか?」


「それならそれで構いません。少し暴れ足りないですが」


 しばらく傍観して魔法を止めさせる。魔物が来る気配はなく、近接部隊は隊列を整えたまま待機だけしていた。


 やがてモクモクとした煙が風で流されるとそこには魔物の残骸と魔法により凸凹になった平原が姿を現す。


「見事、さすがです」


「あぁ、だが恐らく、いや確実に第二波が来る。油断はするな」


「はい!」


 それからしばらくしてやはり第二波は来た。


簡単に迎撃できると思ったはずの第一波が戻らないからな、当然と言えば当然。


 戦力差はありつつも戦況は圧倒的に有利だった。


 敵の魔法は予想通り統制が取れておらず、てんでばらばらに魔法を放ち、的外れなところに落下する。


敵近接部隊も我々の魔法に苦戦し、たとえ突破しても難なくメリアと精鋭部隊が討ち取り続けた。


また凸凹になった足場も有効的に働き魔物の前進を遅らせることができた。


これは棚から牡丹餅、ラッキーじゃ。


「国王様!」


 魔物をほとんど撃滅した時、メリアが突然叫ぶ。


「どうした」


「あそこを見てください」


 メリアの指さす方を見るとそこには魔物の姿はなく、とてとて歩く一人の少女がいた。


 身長体格はフィランと同じくらいだろうか。


紫色のショートヘアで前髪はきっちり揃えられている。黒いローブを身に纏い、黒いシッポのようなものが見て取れる。


その先端は尖っていて、ふわふわと漂う様はさながらイカやタコのあしを連想させる。


「あ、あれは……」


「気を付けてください。あれが魔人です。あの城の主」


 あれが魔人じゃと? ハッハッハ、そんな冗談らしくないぞ、と思いメリアを見るがその眼は真剣そのものだった。


剣の柄をギュッと握り直し、いつでも斬りかかれるように足をそっと広げる。


どこか緊張しているようにも見えた。


「ほ、本当にあれが魔人なのか?」


「はい、あの尻尾……正真正銘の魔人です」


 少女は覚束ない足で尚もゆっくりと歩いてくる。


すると突然こちらに向かってダッシュしてきた。は、早い! が、途中で転んでしまった。


「おい、本当に魔人なのか?」


「え、はい。そのはずなんですが……」


 メリアの確信はどこへやら、疑惑の視線を少女に投げる。


少女はパッパッと服の汚れを払うと改めてダッシュしてきた。むむ、早い!


「やあぁぁ!」


 そしてメリアの腹付近をぽこぽこ叩いていた。


「やあぁ! やあぁ! やあぁぁ!」


「斬りますか?」


「い、いや、とりあえず捕縛じゃ」


 魔人少女はなおもメリアをぽこぽこしている。


しばし傍観していたが、メリアは我慢の限界に達したらしく腹を抱えて少女を背負う。


「国王様が優しい方で良かったな。何も言われなければ斬り殺していたところだ」


「ひ、ひいぃ……」


 メリアはそのまま急ぎ足で川につけてある小舟に向かってしまった。


 魔物は撃退した。


 魔人は捕縛。


 取り残された精鋭部隊はその場に座り込む。徐々に勝利の実感が沸いたのか、その顔には温かい微笑みが浮かんでいる。


「出発の夜とは大違いじゃな……」


 精鋭部隊の面々を眺めながら平原でしばし休み。


 ふと、空を見上げると、分厚い黒幕は剥がされようとしていた。


 代わりに、薄くて淡いカーテンが張られようとしている。


 夜明けまであと少し


「みんな良くやった。わしらもアスールに戻るぞ」


 部隊を率いて川に停まっている小舟に乗り込む。


真っ黒だった川も時が経つにつれ清澄なコバルトブルーを取り戻そうとしている。


 向こう岸までたどり着くと、魔法部隊の姿はもうなかった。


特に話す相手もいないので独りで城門を目指す。


 まだ夜が明けていないのに城内町からは歓喜の声が聞こえる。


その音に釣られるかのようにわしも城内に足を踏み入れる。


 踏み入れるとそこにはアスールの勝利に狂喜乱舞している民衆の姿があった。酒と料理が大盤振る舞いされ、皆が声を大にして叫び、笑顔で喜びを爆発させている。


 わしはこっそり細い道を通り、民衆に気付かれないように自分の部屋へと向かう。


その途中で横から声が掛かった。


「国王様、魔人は城の鉄格子に入れておきました」


「あぁ、分かった」


 メリアは丁寧に頭を下げると、人混みを避けながら足早に歩く。どうやらわしと同じ心境のようじゃ。


 長い石畳を一歩一歩確実に上る。


 空き部屋の――――いや、わしの部屋の前にはエイディスがいた。


 エイディスはわしに気付くと勢いよく飛びついてくる。


いつもならこれってフラグ立ってるのかなとか、エイディス可愛過ぎワロタとか思うんだろうが、さすがに今日はそんな気力はなかった。


 緊張から解き放たれた反動なのか、身体がダルい。硬いベッドでいいから早く寝たい、それしか思っていなかった。


 エイディスの髪をそっと撫でて。


「おつかれさま」


 わしの胸で笑いながら涙する少女に声を掛ける。

 


 

 作戦名、調虎離山。一人の犠牲者を出すことなく勝利を収めた。


 そして、アスールの地に久方ぶりの歓喜が巻き起こった。

 

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