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【調虎離山①(ちょうこりざん)】

作戦当日の夜を迎えた。


 メリアによって編成された精鋭部隊二百、全魔法部隊五百。


 合計約七百の兵力で第一の敵城を陥落させる。


 全兵力合わせると千人ほどいるが今回の作戦にそこまで近接部隊はいらない。


 逆に犠牲者を出す可能性を高めるだけなので三百ほど削った。


 午後十時、アスールが動き始める。

 


 

 アスールの天候についてはよく知らないが、午後十時を過ぎても別段寒さは感じなかった。


流れてくる風には昼間のような生暖かさはない。


だからと言って、攻撃的な風でもない、どこか優しい風が吹いている。


空にはまるでアスールの初陣を祝福するようにちりばめられた星々が輝く。


 天候は文句なし。


 小舟を使って川を渡るとわしらはひたすら歩き続けた。


先頭はわしとエイディス、最後尾にメリアがいる。


急遽編成した精鋭部隊だが、隊長がメリアなだけに見事に統率されている。


「結構歩きましたね、国王様」


 エイディスが低空飛行をしながら言う。「歩きました」か。嫌味ではない事を祈るしかない。


「そうじゃな、ここらで休憩するか」


「はい、みなさんに伝えてきます」


 そう言うとエイディスは上空から精鋭部隊に声を掛けて回る。


全員に伝わったのだろう、皆一様に食べ物を取り出すとエイディスも戻ってきた。わしもドカッと腰を下ろす。


「ごくろう、ほらエイディスも食え」


「あ、ありがとうございます」


 満点の夜空に囲まれながら食べる飯はうまい。


きっと平和な世界ならみんなで楽しく談笑して未来について語らう、なんてこともするんじゃろうが、これから向かうのは敵城本陣。


静かに星を眺めたり、黙々と飯を食ったりと皆の表情は硬い。


「エイディスは怖くはないのか?」


「そうですね。怖くないと言えば嘘になりますけど、あまり怖くはないです。きっと国王様を信じてるからだと思います」


 暗闇でエイディスの表情は見えないが、その声音には落ち着きがある。


「こういう戦術的なことはやってなかったのか?」


「は、はい、初めてです。以前はひたすら攻め込んでましたから……」


 無い袖は振れない。


 アスールがこうなったのは必然じゃ。


ただでさえ劣勢な立場でひたすら攻めるのは愚計としか言いようがない。


そのことに戦闘員も疑問を持たなかったことを考えると、もしかしたら戦術という概念がそもそもないのかもしれない。


「そうか、じゃあよく覚えておけ。平和になった世界に戦術は必要ないかもしれんが博識にこしたことはない」


「はい、勉強させていただきます」


 さも自信ありげに話すわしも慢心は出来ない。


相手は得体のしれぬ魔人である。


それ以前にわしは軍師ですらない。


 兵法や戦術に興味があったが、齧った程度の知識しか持ち合わせていないし、戦闘に関しても学生時代に剣道をやっていたが特別強かったわけじゃない。


太極拳も始めたのが遅かったせいか未だにぎこちなさが残っている。


高橋さんなんかはそれはもうカンフー映画に出ちゃうんじゃないの? っていくらいに様になっている。


 話を戻そう。


 わしがこの国の為に出来ることは培った知識で戦術を練ることと、この若返った身体と剣道、太極拳の経験を生かし戦闘員として力を振るうこと。


 不安はあるが指揮を執るわしがそれを態度に出すわけにもいかない。


 わしは殊更に大きな声で呼びかけた。


「それじゃあ、そろそろ行くとするか」


 エイディスは無言で頷き、出発の意を伝えに飛び立つ。


「あと、松明を持っている者には火をつけるように言っといてくれ。もういつ敵に見つかってもおかしくないからなー」


「わかりましたー」


 しばらくすると松明に火が灯り始める。その火は暗い夜にどこか神秘的な温かさをもたらす。


だが、この火はあくまで敵に我々の存在を知らせ、その数を誤認させる謀略。


「み、皆準備が整いました」


「じゃあ、出発じゃ」


 さて、敵城第一は袋の鼠となってくれるか。


 満点の夜空のもと、再び足を進める。




 さっきの休憩から一時間は歩いたじゃろうか。


そろそろ敵城が見えてもおかしくないじゃろうと思ったその時、前方にうっすらと黒いシルエットが見えた。


「国王様、あれ……」


「分かっている、足を止めるな」


 少し先にそびえるは今回の作戦の攻略対象である敵城第一。


闇夜に同化する城には不気味さが感じられる。城の大きさはアスールと大して変わらない印象を受けるが、暗闇のせいで正しいかどうかは分からない。


「いいか、魔法で迎撃されている間はひたすら回避。もし回避が難しいようなら先に逃げても構わない。魔人が出てきたら退却じゃ」


 一歩ずつ確かに距離を縮めながら言う。


 しかし、魔法が放たれるどころか、城には人の気配が感じられない。


「ど、どういうことでしょう。もうすぐ着いちゃいますけど……」


 エイディスが不安げな表情で言う。


「大丈夫じゃ、油断する――――」


 油断するなと言いかけた時、敵城に火が灯った。


城の城壁付近に設置された松明に順々に火が灯ると、シルエットのみだった城の全容が明らかになる。


同時に静けさを保っていた場内から怒号が湧き上がる。


初期微動のような地響きが鳴り始め、緊張感が陽動部隊を包む。


 そして門扉がギギィと低く鈍い音を立てると、既に迎撃態勢を整えていたのであろう魔人が迫り来た。


雄叫びを上げながら近づいてくるそれらは二足歩行の馬だか牛を思い出させる。


恐らくあれが魔物、今迫ってる数だけでも千近くはいる。時同じくして城の上部から魔法による怒涛の追撃も始まる。


「ハッハッハ、ほら来たぞ。逃げるんじゃ!」


 一歩遅れを取ったが、こちらも作戦を決行する。


精鋭部隊は運動能力も高く、平原を猛烈な勢いで疾駆する。


「エイディス! 最後尾……今最前線にいるメリアを後ろに来るよう言ってくれ」


「はい、分かりました!」


 わしも全力で逃走を図る。


大きなストライドで常に一定のハイペース、全身のバネを弾かせるようにして、それでいて姿勢は崩さない。若返った身体は想像以上の軽やかさで、いくらか気分が高揚する。


 感動しながら逃走していると前方で一人立ち止まる女がいた、メリアじゃ。


「どうしました? 国王様」


 メリアは合流するとわしと同じペースで隣を走り始める。


「後ろを見てくれ。思ったより敵の数が多い。こちらの本当の人数に気付かれたか、あるいはそもそもの敵の数が多いのかは分からんが少し数を減らしておきたい」


「了解しました、国王様」


 そう言うとメリアは走るペースを落とし後ろを振り向く。


後ろからは叫び散らしながら迫ってくる敵の大軍。


ちょ、ちょっと最後までわしの話を聞け。俺の話を聞け。


 立ち止まろうとするメリアの首元を引っ張りながら言う。


「いかにも苦戦しているかのように後退しながら……っておいメリア!」


 メリアは仁王立ちして立ち止まってしまった。


仕方なくわしも立ち止まりメリアの隣に行くと、メリアは迫りくる千近い大軍を眺めながら自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。


腰に携えた剣の柄を握ると静かに抜剣し、怒涛の進軍を続ける敵に剣先を向ける。


 やる気ありすぎじゃろ、戦闘狂か? っとそこにエイディスが翼をパタパタさせながらやって来た。


「ど、どうしたんです? 国王様」


「あぁ、ちょっとな。エイディスは魔法部隊に準備するよう伝えてくれ。まだ飛べるか?」


「はい、まだ大丈夫です。でも、国王様はどうされるんですか?」


 エイディスは予定と違う行動に戸惑っているのかアタフタとしている。


「ちょっと敵の相手をするだけじゃ。エイディスは心配しないで行ってくれ」


「わ、わかりました。くれぐれも気を付けてください」


 エイディスはこちらに手を振りながら小さい翼を広げて飛び去っていく。


本当は死ぬまでに一回は言いたいセリフ第一位「こ、ここは俺に任せて先に行け!」とか言いたかったがそんなに逼迫した状況でもないので止めておく。


それにしてもエイディスは可愛いのう……って今はそれどころじゃない。


「いいかメリア、ちょっと作戦とずれるが二人で敵に抵抗する。ポイントは二つじゃ。一つは抵抗。ずっと追いかけているだけだと魔人が不審に思うかもしれん。どの程度かしらんが魔人には知恵があるから少し戦ってる感を出してあげるんじゃ。で、二つ目は後退。後退しながら戦えば魔人は、俺たちは主導権を握ってる、と思うじゃろう。出来るか?」


「当然です、国王様は私がお守りします。いざ!」


 待ちきれなかったのだろう、メリアは敵の本体に勢いよく突っ込んだ。


 話を聞いてたか? 後退じゃ後退! なんで前進してんのじゃ。


それにわしを守ると言いながらわしを置いていくってのはどういう意図じゃ……。


 メリアのちょっと抜けたところに困りつつも腰に携えた剣を抜く。


 魔物相手ならメリア一人でもある程度安心して任せられるが、実はわしが残ったのにも理由がある。


それは自分の身体の確認をするため。若返った身体でどこまで敵に通用するのか確かめたかった。


「行くか……。メリア! 交代して後退しろ!」


 わしは走りながらメリアに叫ぶ。こんな戦場でもちょっとした言葉遊びを忘れない。ちなみに髪は後退しておらん。


「まだ大丈夫ですよ。じゃあ共闘と行きますか、国王様」


「ハッハッハ、いいだろう。行くぞ!」


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