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【理由】

「ありがとうございました、国王様……」


 今にも落っこちてきそうな星空の下でエイディスが言う。


今までの激戦の数々を忘れさせるような、優しくて穏和な声音。


 こうやってエイディスと二人でいると元からアスールは平和だったんじゃないか、そんな錯覚に陥る。


 アンフェールとの決戦のが終わった翌日の夜。


今の今まで惰眠を貪っていたわしはエイディスの急な来訪で目が覚めた。


かれこれ三十時間くらい寝ていたらしいが、エイディス曰くみんなはまだ眠っているらしい。


揃いも揃ってニート乙。


「礼には及ばん」


 しかし、何はともあれこれでわしの役目は終わり。


アンフェールが生き残っているのは甚だ疑問だが、とりあえず争う火種が消え去り、平和が訪れた。


ってことでいいのだろう。


「なぁ、エイディス。そろそろ教えてくれ」


 しばらく溜め込んでいた一言をそっと吐露する。


主語も目的語もないがエイディスは軽く頷くと口を開いてくれた。


「そうですね。国王様には先にお伝えします」


 エイディスははるか遠くに瞬く星を眺める。


二人で石畳の階段を下りていると、初めてアスールに来た日の情景が思い浮かぶ。


「この世界は全能の神、クラルテが治めていました。クラルテは人間が争うことを悲しんで自らの姿を魔人に変えました。しかしその計画は失敗に終わり、人間の滅亡に拍車をかけることとなり……ってこの話はしましたよね」


 エイディスは照れくさそうに舌を出す。


平素と変わらぬ、ちょっとおちゃめな表情に少し安堵を覚えて首肯する。


 すると途端に言いにくそうに目を石畳に向けた。


「本当に馬鹿なことをしたと思っています。私は何十年、何百年と人間を見守ってきましたが、結局その本質を理解していませんでした」


 ……やはり、そうだったのか。思わずわしも目を石段に向ける。


「私はせめてもの罪滅ぼしをしようと、感情を具現化しました。そして、エイディスと言う一人の魔人が生まれました」


 エイディスはおもむろに真っ白いワンピースをまくる。


粉雪のように白くふんわりとした太ももの先から、黒くて尖った尻尾が出てきた。


紛れもなく魔人の象徴。


「アンフェールたち魔人にはクラルテの知恵を。エイディスにはクラルテの感情や精神を宿しました。簡単に言うと私がクラルテなんです」


 知恵を与えたアンフェールが手に負えなくなったから、罪滅ぼし、贖罪のためにエイディスがアスールに加わり戦ったってことか。


よっぽど責任を感じていたんだろう。


「アンフェールは何者なんだ?」


「アンフェールは私の側近でした。とても優しい子でのんびり屋さんで……人間が争いを始めた時も一緒に悲しみました。私が魔人を生み出すと提言をしたときも彼女は、私を器に使ってくれ、と言ってくれました。そのことで何度かケンカをしちゃったんですけど、最終的に二人で人間の為に犠牲になることに決めました。」


 すべては大切な人間のためを思っての行動だったというわけか。


それが皮肉なことに大切なものを傷つける諸悪の根源となってしまった。


 人間なんてほっといたら勝手に争う人種じゃ。


人類を救いたいとか、世界を平和にしたいと言うのは戯言で欺瞞で夢物語に過ぎない。


目の前の困ってる人を助けようと思う人間が増えた方がよっぽど世界は平和になる。


 しかし、エイディスの場合は「目の前で困っている人」が「人間全て」だったんじゃろう。


優しすぎるってのも考えもんだな。


「アンフェールは今頃どうしてるんじゃろうな」


 かなりスローペースで歩いていたのに階段はいつの間にか終わり、城内町へと抜けた。


確かこの辺で何度も演説をしたなぁ、まるで呪文のように唱えていたなぁ、なんて思っているとエイディスが引き締まったトーンで答える。


「アンフェールのことは私が責任持って片を付けます」


「そうか」


 まぁ神様のことだから何かしらの対症療法があるんじゃろう。


 それにしても心配じゃ。


また余計なことをして余計な混乱を招かなければいいが……。


 どこに行くのか知らされていないわしはとりあえずエイディスの背中を追いかける形で半歩後ろを歩く。


見覚えのあるレストラン街に差し掛かるとエイディスがあっと口を突いた。


「そう言えば国王様、七色の輝石……持っていますか?」


 七色の輝石? あぁ、そう言えばそんなものを持っていたな。


ポケットをごぞごぞと漁り石を取り出す。


こっちにきて輝きを失っていたはずの石は、再び七色に輝いていた。


「おぉ、相変わらず綺麗じゃな……。そういえばこれってなんなんじゃ?」


「七色の輝石は異世界に召喚させるための道具です。運良く、いや運悪く七色の輝石に導かれたものだけが異世界へ召喚されるのです」


 確かに運よく、ではないかもしれない。


要するにわしが選ばれし者だったとか、わしじゃなかったら駄目だったとかではなくて、たまたま何となくむしゃくしゃしてわしになったってことか。


こういうのを邂逅と呼ぶのだろうか。


 しかし。


「石が輝きを取り戻したとき、わしは元の世界に還される。だったっけか」


 ドヤ顔で言うとエイディスはこくりと頷く。


「いつ還されるんじゃ」


「それは……今すぐ、です」


 エイディスの顔が項垂れる。


それは悲しみと取っていいのか、それとも労いと取っていいのか、分からない。


あっけなく連れてこられあっけなくさよならか。わしらしいっちゃ、わしらしいな。


「そうか」


「はい……」


「本当に今すぐ?」


「はい……」


 どうやら余地は残されてないらしい。


 いつしかわしらは道場前まで来ていた。


ここはメリアとフィランと出会った場所。


最後に挨拶できないのは悔やまれるが、それが運命とあれば受け入れるしかあるまい。


「では……そろそろゲートを開きますね」


 そう言ってエイディスは右手をかざす。


するとどこからともなく丸い空間の歪みのようなものが出現した。


エイディスはそのまま右手をわしの前に差し出し、わしはその手を取る。




 その時――――。




「写楽―!」


「国王様! どちらへ行かれるのですか!」


 誰かの叫ぶ声が聞こえた。やけに聞き覚えのある二つの声。


 振り返って石畳の階段の方を見るとフィランは大きく手を振って、メリアはいつも通り真面目くさった顔で走ってきた。


二人の後ろから八重と武蔵も姿を現し追随してくる。


 エイディスに顔を向けるが申し訳なさそうに首を横に振った。


エイディスがゲートに引っ張ろうとするのをなんとか踏ん張って堪える。


 最後くらい国王権限を発動してもいいじゃろう。いや、意地でも発動させてもらう。


 一度大きく深呼吸して吼えた。


「いいかフィラン、最後の命令じゃ。お前は立派な魔法部隊のリーダーになる。平和になったアスールを、これからはお前が守るんじゃ。そして八重を絶対に離すな」


 おぉ、フィランの男泣きが見られると思っていなかったぞ。


「メリア、お前はいつも怖い顔ばっかしてるが、本当は優しい女の子だって事をわしは知っている。これからは八重にも優しくしてやれよ。みんなを守ってやってくれ」


 もうメリアに鉢巻は必要ない。その目でみんなを見守ってくれ。


「そして八重。お前には同情することがたくさんあった。辛いことや悔しいこともたくさんあったじゃろう。けどな、もうアスールはお前の場所じゃ。これからは存分に可愛がってもらえ。あと、暴飲暴食を控えて規則正しい生活を送るように」


 多分しばらくはメリアに怒られるだろうけど、八重は八重のままでいてくれ。


「武蔵は……まぁなんだ、チャラチャラしてるくせにやる時はやるお前は頼りになった。お前と剣を交えた時は楽しかったぞ。あと、あんまり八重にべたべたするなよ。フィランが妬くからな」


 武蔵は……そうじゃな。タカシがこういう人間にならないようにって反面教師になった。冗談じゃ。じゃあな。




「みんなありがとう」




 心の中で最大の感謝を呟く。



 みんなの声はもう届かない――――。

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