【ダンジョン攻略③】
「おじいちゃん!」
先を見ると声の主は手を振っている。そのもう少し先には祠が見えた。
「ミッションコンプリートだね、おじいちゃん!」
「あぁそうじゃな。景色でも眺めながら最後の休憩としようか」
「うん!」
タカシは二つ返事でわしの隣に腰を下ろす。やっぱり腰にくるな、なんかこうピキピキと。
「ねぇ見て、あそこにおじいちゃん家が見えるぞ」
「ファッファッファ、本当じゃな」
本当は全然見えてなどおらん。とにかく今はタカシに探検終了のお知らせをしなければ。
やはり少し傷付くじゃろうか、いやでもきっとタカシなら分かってくれるじゃろう多分おそらく。
「ふむ、タカシよく聞くのじゃ。探検はのう、多分……今回が――――」
「まっ、待って!」
突然声を上げるとタカシはバッと腰をあげて祠に向かって走る。
祠の前でぼーっと何かを眺めると石のようなものをひったくって戻ってきた。
「こ、これ見て」
タカシの掌には不思議な光を放つ一つの石があった。
「な、なんじゃ……これは」
「おじいちゃんでも……知らないもの?」
子供の手でもすっぽり隠れるほどの小石はぼんやりとした淡い白光を纏っている。
「知らんのう。どれちょいと見せてみなさい」
タカシから小石を受け取ると、淡かった光に徐々に色が宿り始めた。
そして、白い光はやがて七つの色に姿を変えた。不思議な石じゃが、非現実的な美しい輝きはどこか不気味さも漂わせる。
「す、すごーい! 綺麗だね!」
「ふむ」
こんな七色に光る石なんて見たこと……。
そ、そうじゃ! 七色の輝石。聞いたことがあるぞ! 確か、確か……くっ思い出せん。
枯れ果てた海馬に意識を集中するが、記憶は戻りそうにない。なぜじゃ、毎日脳トレやってるのになぜ思い出せんのじゃ!
とりあえず持ち帰るか? いや、もしかしたら何かの呪いかもしれん。元あった場所に戻すか? しかし、価値のあるものだったら……もしや飛行石?
呑気にあれこれ逡巡していると七色の石は突然、強烈な光を放散させた。
「ば、バルスじゃ!」
「うわぁぁぁ!」
まるで目の前でフラッシュが焚かれたかのようなその強烈な光に反射で目を閉じる。
タカシの姿は分からないが声はしっかり隣から聞こえた。
やはり呪術的な代物のようじゃ。今は元の場所に戻すのが賢明じゃろう。
さすがのわしも怖い。もう帰りたい。暖かい我が家が待っている。
わしはゆっくり瞼を開ける。するとそこには真っ暗な世界から一転、純麗な白の世界が広がっていた。
「な、なんと……」
わしはもう一度目を閉じ世界を暗転させる。
じゃが何度繰り返してもそこには白亜の世界が広がるのみだった。上下左右どこを見ても白、白、白。
そして気付く。タカシの姿がない!
「おいタカシ! どこじゃータカシ!」
いくら大声を出して呼びかけても反応はこれっぽっちもなかった。
まさかおじいちゃんを置いて逃げたのか? いや、タカシはそんな臆病な男ではない。勇猛果敢にダンジョンを攻略し、速戦即決で魔物を薙ぎ倒す勇者じゃ。
そしてタカシにとっておじいちゃんは恐らく師匠のような存在。今頃血眼になって探しておるじゃろう。
しばし待機。
だが、いくら探してもタカシの気配はまるでない。
同時にこの白亜の世界が時間の感覚を奪う。一人呆然と囚われたわしはある予感が頭をよぎる。
「もしや、わしは死んだのじゃろうか」
一度湧き出た憶測は一気に心を埋め尽くす。
しかし、意外なほどに意識がしっかりしていた。そして、死を受け入れられていた。
まぁこの年になると死と向き合う時間もそれなりに増える。
盛者必衰の理を表す、それだけのこと。
白いリノリウム調の床に腰を下ろす。
「ファッファッファ、なぁに怖くはない。いい人生じゃった」
身体を倒し、大の字に寝そべって、白く染め上げられた空を眺める。
本当に……いい人生じゃった。
おばあちゃんとは高校で出会った。
青春の舞台である高校は現在のように悠々閑々としていない。どちらかと言えば殺伐としていた。
しかし、恋愛の在り所という意味では似たようなもんじゃ。
おばあちゃんは当時メロン泥棒と呼ばれていた。胸に大きなメロンを二つも隠していたからじゃ。
先輩にスイカ泥棒もいたが、わしは品の良いメロンが気に入って意気込んだものじゃ。
「けしからん! あのメロンは俺のもんだ!」って学校中を追いかけてようやく手に入れることができた。
仕事も一生懸命やって、娘も生まれた。今度はその娘が孫を連れてきれくれた。
最近はゲームばっかやってたけど、毎朝の太極拳とゲートボールは無遅刻無欠席で皆勤賞。
上出来じゃ。乙な人生を送ることが出来た。
最期は家族に看取って欲しかったがそこまで贅沢は言わん。
タカシと最後にダンジョン攻略出来ただけで御の字じゃ。
「ファッファッファ、わしに迷いなどない。さぁ連れて行くがよい」
「はい、一緒に行きましょう。後継者様」
「ふぁ、ファ……?」
誰もいないはずの空間に女の声が響いた。
一抹の不安を抱えて立ち上がる。すると前方に小さな翼を生やした少女が微笑みながら手を伸ばしていた。
薄く青みがかった髪を肩まで伸ばし、白いシンプルなワンピースを着ている。
背丈はタカシより大きく高校生くらいに感じる。そして金の装飾を各所に身に着けた様はまるで天使そのもの。
やわらかくてちょっとあどけない表情も天使感を引き立たせている。
「こ、こんにちは、お迎えに上がりました」
少女はトンっと着地するとペコッと頭を下げた。そしてそっと手を差し伸べる。
ふむ、文句なしに可愛い。ドストライク。
「ファッファッファ、こんな美少女が迎えに来てくれるとはな。わしは最期の最期まで幸せ者じゃ」
突然現れた少女に面食らったが、わしは少女の手を取る。
その小さな手からほのかに温かさを感じる。
少女はバサっと翼を揺らすとゆっくりと浮揚を始めた。
美少女と手を握り空中遊泳、全然悪くない。むしろ最高。
「じゃあ行きましょう。後継者様」
「そうじゃな、逝くとするかの」
万感の思いで少女と浮揚していたが、わしは気づいてしまった。
そう、ギャルゲーの存在。
あれの存在を知っているのはわし一人。
焼くなり捨てるなり埋めるなりして処分するまでわしは死ねない! 絶対に断固として周りに知られてはならない絶対禁忌の代物!
「すまないお嬢ちゃん、や、やっぱりわしはまだ逝けないんじゃ。その、放してはくれんか?」
「だ、ダメですよ! もう着いちゃいますし……」
少女は困った顔で言うが、決して繋いだ手を緩めようとはしない。
ギャルゲーの処分と美少女の手。どちらを取るかわしは必死に考える。
まさに究極の選択。恥を忍んで温かい美少女の手を優先するか、昂ぶる気持ちを正気に戻し抵抗を試みるか……。
しかし、考え始めると思考は自ずと冷静になるもので。天秤はわずかにギャルゲーに傾いた。
想像は加速する。
わしが行方不明になるが見つからず認定死亡扱いになり財産が分与され、じゃあ残念だけどおじいちゃんの遺品の整理をしようと言う話になり、がさごそとわしの引き出しの中を漁るとあら不思議。可愛い女の子が書かれたギャルゲーのパッケージが見つかり、え、おじいちゃんってこういう趣味があったの……? と親族は色々な意味で嘆き悲しむ。最悪、おじいちゃんの存在はなかったことになるかもしれない。
ふむ、どこをどう考えても処分が必要じゃ。異論は認めん。
「頼む! 放しておくれ! わしはまだギャルゲーを処分していないんじゃ!」
決心がついたわしは少女の手を振りほどこうと、それはもう力強くぶるんぶるん振り回す。
少女の膨らみかけの胸が少し揺れるが意志を貫く。
「さぁ着きますよ、後継者様。しっかり私の手を握っててくださいね」
「放せ! このままじゃわしは……手? ふ、ふむ……って違う!」
本能に逆らえず反射的に油断した一瞬を少女は見逃さず、強引に浮揚を続ける。
そして少女は急旋回をすると瞑目し早口で何やら呟き始める。
詠唱を終えた少女は開眼すると――――。
「ゲートよ! 開け!」
その声を合図に白亜の空間に突如ぽっかりと穴が開いた。
穴の中はモザイクがかった幻影のようなものが揺らめいて、その奥を見ることは出来ない。
「じゃあ、行きましょう。よろしくお願いします、後継者様」
「だから少しだけ待っておくれ! わしはギャルゲーを処分し――――」
抵抗も虚しく、少女に連れられてわしは無理矢理ゲートくぐらされた。
瞬間、方向感覚を失ったような酷いめまいが襲う。
白亜の世界から一転して周囲は真っ黒に染められた。
胸がむかつき、嘔吐したくなるような気持ち悪さも追加した。
しかし、それも少しの間で徐々に脱力感が身体を支配すると、やがてわしは意識を失った。