【ダンジョン攻略②】
ダンジョンは平素となんら変わらない。
と思っておるのはわしだけで、タカシは常に最大の警戒を敷いていた。
タカシは時折、そこか! と言って空気を切ったり、どこに隠れているんだ? と周囲を見渡す。
その都度わしが「さっきも言ったがこの時期に魔物はいないぞ?」と言っていたが、タカシは「うん、でも一応……」と言って剣を振り回していた。
恐らくこういった攻撃は演目の一部であり然るべき行為なのじゃろう。
ひとしきり演出をやって満足したのか、タカシは大きく息を吐くとわしに問いかける。
真っ白い吐息はゆっくりと霧散する。
「おじいちゃん、やっぱり魔物たちは隠れているみたいだね。姿を全然見せようとしないし、気配も感じなくなったよ。多分しばらくは安全だと思うよ」
魔物はいないとさっきから何度も言ってるじゃろ……という言葉をわしは飲み込む。
「ファッファッファ、そうか。じゃあこの辺で少し休憩にするか。水筒に温かいお茶を入れてきてあるぞ」
「そうだね、でもその前に一回索敵するね。もしかしたら休憩中に不意打ちを狙ってくるかもしれないから」
そう言うとタカシはそっと瞑目した。だからこの時期に魔物は――――。
「大丈夫だね、じゃあ休憩にしよっか」
「……ファッファッファ、そうじゃな。ほら、タカシの分じゃ」
タカシはわしの隣に座ると受け取ったコップをふーふーする。そしてしばし二人でダンジョン中腹から見える景色を眺めた。
時計を見ると時刻はちょうど午後二時を示している。まだ焦んなくても大丈夫そうじゃ。
それにしても冬の景色は趣深い。
色彩を失い沈黙を守る世界。
そこに冬独特の刺すような風。その風によって囁くことを許された裸の木々。
そして疼く、わしの関節。全然趣深くない……。
「そういえばさっ」
わしの情調を知ってか知らぬかタカシが唐突に口を開く。
「なんじゃ?」
「おじいちゃんって結構ゲームするよね? この間その話を友達にしたらみんなすごい驚いててさ、いいなーってみんな羨ましがってたんだ!」
「そ、そりゃおじいちゃんも嬉しいのう」
ドヤ顔でそんなこと言われても正直反応に困る。この年でゲームとかそれ長所じゃなくて明らかに短所。コンプレックスに近い。
「最近はどんなゲームやってるの? やっぱり恐竜クエストとか最後のファンタジー?」
「そ、そうじゃな。まぁそんなところじゃ」
言えるわけがない。
本当は王道RPGの他にも、ときめき恋物語とからラブラブ美少女学園をやっているなんて死んでも言えん。
マイブームは舞美ちゃんの攻略だなんて断固として言えん。まぁ最近は老眼がますます酷くなって、常時モザイク状態だけど。
こんなのがおばあちゃんや娘、その他周囲の関係者にバレたらおじいちゃんの威厳はまさに天国から地獄。
これらのギャルゲーは正真正銘墓場まで持っていくつもりじゃ。
「でも、おじいちゃんはゲームの女の子とかすごい可愛がるよね? そうそう! 最近俺の友達がさ、ぎゃるげー? ってやつにハマってるんだ。女の子がたくさん出てくるらしいし、もし良かったら借りてきてあげよっか?」
借りてきてあげよっかって……仕方ない。ここは特権発動じゃ。
「ファッファッファ! ファーファッファ!」
「お、おじいちゃん?」
「ファッファッファ」
「え、おじいちゃ……これはもしや魔物の仕業? くそ、やっぱり休憩中を狙ってきたか! おいどこにいるんだ! 姿を現せ!」
「ど、どうしたんじゃ、タカシ。おじいちゃん最近耳が悪くてな。可聴域が狭まってしまったようじゃ」
「あ! おじいちゃん! 今魔物の幻惑魔法で錯乱状態になってたんだよ! 大丈夫?」
錯乱状態って……最近ちょっと酷くはないか、タカシよ。
「愚問じゃ」
「良かったぁ。でも本当に……一回引き返す?」
「愚問じゃ」
どうやら本気で心配してくれているらしい。
だが、一回引き返したらわしはもう戻れんぞ、体力的に。
「探検に支障はきたさん。ボチボチいくか」
「うん。今この辺は魔物の気配で充満してるよ。気を付けてね!」
「愚問じゃ」
わしはタカシが魔物に見えた。
遠慮なく地雷を踏んでくる子供の純粋さは時として鋭い刃になる。いや、この年でギャルゲーをやっているなんて誰も思わないか。
否、結局のところ男は女が大好きじゃ。女の前では格好を付けたくもなるし、アピールしたいと思う。
これは生物的にごくごく当たり前で自然なこと。もちろんおじいちゃんだって立派な男。女の子が好きでもギャルゲーが好きでもなんら不思議なことではない。
むしろ男を忘れない男の中の男。生物的に非常に優秀。
自らを肯定してタカシの小さな背中を見遣る。純粋無垢なその姿に安堵を覚えた。
笑ってごまかせるうちは大丈夫。
これがだんだん大人になって「あ、今の反応図星だったのかも……マジかよ超ヤバい、超すげぇ」なんて思われたらわしはもうタカシに賄賂を渡すしかない。
わしが密かに決心した時、少し先から声が掛かった。
「ほら、おじいちゃん行くよー。大丈夫―?」
可愛い孫にわしは軽く右手をあげ応答する。
「愚問じゃ」
ダンジョンを先に進むと一本だけ目立つ木があった。ひときわ太いその幹にはバツ印が彫られている。
「おじいちゃん、ここが前回のクエストで来たところだね」
「そうじゃな、あと少し奥に行けば最深部じゃ」
この小高い山の最深部、もとい頂上にはとても古い祠がある。そこに到着することが今回の探検のミッション。
大した山ではないが頂上付近まで行くと風が一層冷たくなった。
しっかり防寒してきたが手足の冷えが少し気になる。この年になると少しの油断が命とり。
「よしタカシ、最深部に行く前にアイテムを使おう」
「あ、アイテム? さっきのお茶で体力は全快したよ?」
「いや、回復アイテムじゃない。最深部はかなり冷え切っている。冷気によってそこにいるだけでHPが削られるんじゃ。それを防ぐ」
「ど、どうやって防ぐの?」
ポーチをごそごそと漁りお目当ての品を発見する。
「これじゃ」
「これは……ホッカイロ!」
「そうじゃ、この中には鉄粉、塩、水、活性炭、そしてバーミキュライトが入っている」
「ば、バーミキュライト……」
いかにもそれっぽい名前を出したがそれはただの内容成分。要するにただのカイロ。
「そうじゃこれを靴の中に一つずつ入れ、手に一つ持つ。これだけで体力の減少を食い止められるのじゃ」
「こ、これがバーミキュライトの力……!」
タカシの恍惚とした視線が眩しい。キラキラしておる。ただのカイロなのに。
「ほれ、さっさと装備してラストスパートと行こうか」
「そうだね、行くよ! おじいちゃん!」
わしはタカシに発破をかけて出発した。じゃが、わしは一歩一歩踏みしめて祠を目指した。
この辺の地理は熟知しておる。何度も何度も登った。
生い茂る高密度の木々も、葉を失ったありのままの木々もわしは知っておる。
しかし、ゲートボールや太極拳で鍛えているとはいえさすがに年には勝てん。
体力的に探検は恐らく今回で最後になるじゃろう。
そう思うと懐かしい気持ちを噛みしめながら歩きたくもなる。
そういうもんじゃ。