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【仮道伐虢④】

 予想した時間より遅かったが、八重は帰ってきた。


 帰ってくるなりお腹すいたー、と愚痴をこぼしていたが、無事に帰って来れて安堵したのかその表情はいくらか明るかった。


 一刻も早く敵の状態が知りたかったがグッと我慢し、とりあえず八重に飯を食わせる。


 一通り食い散らかした八重に敵の状態を聞くと、思惑通り敵は困窮しており兵糧をかっさらってくるよう言われたと言う。


暴力を振るどころか歓迎されたらしい。


向こうもスパイを出している気にでもなっているんじゃろうか。


 結構な距離を歩いた八重はお腹をぽんぽんにするとそのまま寝こけてしまった。


 その様子を二人で眺めているとエイディスが口を開く。


「これから敵に送る兵糧の量が増えていったら、八重さん一人だと大変ですね」


「そうじゃなぁ」


 まぁそれは重々承知だが、やってもらわなければならないのも事実。


 言うとエイディスはビシッと態度を改めてわしに向き直る。


「あ、あの、私に八重さんのお手伝いをさせて下さい。途中まで私も一緒に運びます」


 なんかそんなことを言われる気がした。


「じゃが、もし敵に気付かれたらこの計画は終わりだぞ?」


「気づかれないように細心の注意を払います。ダメでしょうか?」


 エイディスは一度決めたら退かないタイプのようで、その眼には自信と決意が窺い知れる。


ふむ、仲間想いのエイディスも当然可愛い。


むしろその健気な姿はいつもより可愛い。許可しちゃおう。


「そうか、なら手伝ってやれ。それ以上は言わん」


「あ、ありがとうございます」


 エイディスは柔和な笑顔を見せる。


あれ、許可して良かったのか? 


冷静に考えるとちょっとマズイ……まぁいっか、可愛いし。


 と言うことで、それからしばらく二重スパイ作戦は続いた。


 エイディスが途中まで一緒に運び、八重が敵に兵糧を送る。


 八重の話を聞くと最初こそ、なんでもいいから持ってこい! と言われていたのが徐々に、うまい飯を持ってこい! に変わっていった。


 どうやら人間も魔人も根本の性質は一緒らしく、それなりに安定してくるともっと良いモノを欲しがるらしい。


 だが、良いモノと言っても新鮮な海産物。


アスールにとっては痛くも痒くもない投資だった。


 そして二重スパイ作戦から一週間、早くも事態は進行した。


 もはや運び屋と化した八重は帰ってくるなりいつも通り飯にありつく。


仕事帰りのサラリーマンの如く「とりあえず飯」状態。


 わしがその豪快な食べっぷりを眺めていると八重があっ、と思い出したかのように口を開いた。


「そういえば国王。 あっちなんか大変なことになってたよ」


 八重はこの一週間ですっかりわしのことを国王と呼ぶようになった。


 出来れば威厳とかもあるので様を付けてくれると嬉しいが贅沢は言わん。


呼び捨てで写楽って呼ぶ奴もいるし。


「どうしたんじゃ?」


「なんかね、八重が今日の分のご飯を届けて帰ろうと思ったら、隣の城からすっごい量の魔物が向かってきてたよ。いやービックリしたぁ。八重ビックリだよ」


 八重はまるで他人事のように語る。


 このガキんちょは分かっているのか、今自分がどんだけ重要な話をしたか……。


 なおも呑気にうまいうまい笑顔で言ってる八重の頭をひっぱたく。


「ばっかもーん! 飯を食う前に言わんか! エイディス、速攻でメリアと親衛隊を呼んで来てくれ! 八重は食う前にもっと詳細を教えるんじゃ!」


 聞くなりエイディスは走って部屋を出る。


八重は何がなんだか分からないようにポカンと口を開けていた。


「八重! とりあえずスプーンを置くんじゃ、こっちを向け」


「八重は今お腹空いてるじゃん、ちょっと待ってて」


 このガキ……待てるはずがない。


「お前俺の言うことが聞けねぇのか」


「そんなメンチ切ったってダメだよ。もうすぐ食べ終わるから待っててよ」


 どうやら八重にこの手の技は効かないらしい。強情な奴め……。


「あと何分じゃ?」


「ホント国王はせっかちさんだなぁ、あと五分くらいじゃん?」


「ふむ、待とう」


 時間を提示してくれるなら待つ方が無難じゃろ。


ここで争っててもどうせいい結果は生まれない。


わしはのんびり笑顔でパクパクご飯を食べる八重をじっと睨み続けた。


 そして手元の時計でちょうど五分が過ぎ八重が語ってくれた。ったく。


 どうやらこちらの筋書き通り怒り狂った敵城第三は敵城第二の兵糧を奪うため進軍した。


 その数はすっごいたくさん! らしい。


 そして、敵城第二と第三の兵力はほぼ同じで魔人同士の力も拮抗しているとのこと。


「なるほどなぁ」


 だが、わしには一つ懸念があった。


 既に日が落ち、時刻は午後十時。再びの夜戦か、もしくは潰し合いが長引けば朝になるかもしれない。


 戦いが長引くと実はこちらにも被害がある。


 それは士気の低下。


 潰し合いをしてくれるのはいいのじゃが、長引くとひたすら待っているこっちがやる気を失くしてしまう可能性がある。


 緊張状態を保ち続けることによる待ち疲れ。


これは長期化する戦争で普通に起きてしまう。


「できれば早めに共倒れして欲しいが……」


 少し思案していると廊下からダッダッダっと走り迫る音が聞こえた。


「お、お待たせしました。メリアの精鋭部隊に伝えてきました、あと三〇分くらいでこちらに着くと思います」


 息を切らしたエイディスが早口で言う。


「わかった。わしらも準備するぞ!」


「八重は?」


「な、なんじゃ!」


 見ると八重がわしの裾を引っ張っている。


「八重はどうすればいいの?」


「お前……戦えるのか?」


 そう言えば八重は戦力になるのか聞いてすらいなかった。


 わしが問うと八重は首を捻って考える。


「うーん、戦えないかなぁ」


「じゃあここで待っておれ。任務ご苦労だった」


 わしはエイディスと共に準備を始める。戦えないのかよ……。


 立て掛けてある剣を腰に下げて部屋を飛び出す。


後ろから「頑張ってねー」と腑抜けた声が聞こえたのでとりあえず右手を挙げて応える。


ふむ、八重のマネをしてしまった。屈辱。


 カチャカチャと剣を鳴らしながら城門前まで急ぐ。


ふと隣を見るとエイディスも同じペースでしっかりついて来ている。


エイディスの腰にはファルカタのような湾曲したショートソードが提げられていた。


「あぁ、エイディスは剣術も使えるんだったな」


 誰に言うでもなく呟く。エイディスは首をかしげてこちらを見ていた。


「いや、なんでもない」


 わしは再び視線を前に向けてメリアと合流すべく城門を目指した。


 門前でしばらく待つとメリア率いる近接精鋭部隊がやってきた。


先頭を走っていたメリアはわしの前で立ち止まると膝立ちになり頭を下げる。


「お待たせしました、国王様」


「全然待っとらん。適当に休んだら出発するぞ」


「はい!」


 何故かよくデートとかである「ごめーん待った?」「いや、俺も今(三〇分前)来たところ」


みたいな言い方になってしまった。


そんなことはどうでもいい。


 しばらくメリアたちを休ませてから作戦の最終段階に入る。


まずは混戦中の敵城付近を目指して歩を進める。


 今回は精鋭部隊三百とわしとメリアとエイディスのみ。


普通ならこんな少人数で攻城戦をするなんてあり得ないことだが、この作戦では十分な戦力だと思う。


 何しろ今回はわしらが戦うことはさほど重要ではない。


どれだけ敵同士が削り合うかが最重要。


予想以上に戦いが激化すればアスールが介入、もし計画が早めにバレて勝ち目がなかったら逃げればいいだけのこと。


もしこの作戦が失敗に終わっても一応予備策は練ってある。


 犠牲を出さないことを最優先にしている以上、逃げることも念頭に入れて迅速に判断しなければならない。


 気付けば視線は上に向いていた。


薄い雲が上空をまんべんなく覆い、月の光はどこか頼りない。


そもそもそれが月であるのかどうかは怪しいところだが、眺めているとどこか安心感がある。


 そして敵城まであと半分ほどの距離に達した時、遠くからぼやけた爆発音が聞こえた。


恐らく混戦中なのだろう、魔物の叫び声もうっすら聞こえる。


 エイディスに目配せをして隊に告げる。


「一旦ここで待機じゃ。合戦の音が聞こえなくなったら一気に畳み掛ける。今は気を楽にしてゆっくりいていろ」


 絶え間なく爆発音は聞こえる。


よく目を凝らすと魔法の光りが地平線に見えた。


「……」


 しばらく待つが爆発音は止むどころか激しくなっている。


 時計は午前一時を回った。


 ひんやりとした夜風が、興奮する頭を冷やす。


ここでタイミングを見誤ったら作戦は台無し、そう思うと慎重にならざるを得ない。


 すると、隊の最後方にいたはずのメリアがこちらに近づいてくる。


「国王様……そろそろ出撃させて下さい!」


 メリアは毅然とした態度で言い放つ。


「まだじゃ、もう少し辛抱しろ」


 その後もメリアは苛立ちを露わにし、激しく貧乏ゆすりをする。


その表情はどこか焦っているようにも見えた。


ふむ、こればっかりはどうしようもない。


「じゃあ、もう少しだけ近づこう。適当で構わんからついてこい」


「……」


 どうにか士気を落とさないように行動するが反応はいまいち。


というか、ほとんど無視に近い。なにこれ、ちょっと悲しい。


「ほら! 国王様に続け!」


「はい!」


 見かねたメリアが隊を鼓舞すると、皆キビキビと動き始める。


リーダーの一声で重苦しい雰囲気に一瞬だけ緊張が走った。なにこれ、もっと悲しい。


 その後もちょっと進んでは待機を何回か繰り返し、気付けば時刻は午前四時になろうとしていた。


墨汁をぶっかけたような空に淡い光が差し込み始め、それと比例するように合戦の音も次第に小さくなる。


もう限界と言わんばかりに部隊の各所からため息が聞こえる。


 戦意的にこれ以上は無理だ。タイミングも決して悪くないだろう。


「国王様、もう――――」


「あぁ、待たせた」


 メリアの言葉を遮り、わしは一つ咳払いをして起立する。


「皆の者、よくここまで耐えてくれた! 敵同士の合戦が収束を見せている! これより進軍を開始し敵の残分を排除する!」


「行くぞー!」


 命を受けるや否やメリアが真っ先に先陣を切った。

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