【仮道伐虢②】
会議はつつがなく進行した。なんてことはあり得なかった。
泣きつくして語りきった八重はスッキリしたのか、その後もはしゃぎ続け、フィランを巻き込んで楽しんでいた。
メリアは最初こそ一切合財相手にしてブチ切れていたが、無駄だと悟ったのか頭痛を押さえグッタリしており、エイディスは傍観しながらたはは、と苦笑いしている。
「ほら分かったか! お前たち!」
わしが作戦を告げるも反応はない。
「ねぇねぇ、八重お城の中探検したーい」
「いいよー、じゃあ案内してあげる」
挙句の果てに二人は会議室を飛び出してしまった。
どうやら私を怒らせてしまったようですね……。
「国王様、つまり次の作戦では私は不要、ということですか」
わしが冷凍庫のマネをしていると鋭い刃物のような言葉が投げられる。
言葉は時として人を傷つける刃になるとか言うけど、メリアの言葉にはリアルに殺傷能力がある。
話しかけられると身の危険を感じるレベル。
「まぁ、出番はほとんどないじゃろう。最悪の場合は六人衆と一騎打ちだけどな」
「六人衆……」
そう言えば前に六人衆と戦ったような戦ってないようなことを聞いたような……く、どっちだっけ!
「六人衆と戦ったことがあるのか?」
「一人だけですが対峙したことがあります。名前は武蔵、かなりの豪傑でした」
戦いを思い出すようにメリアは語る。メリアに豪傑と言わしめるとは、相当の腕だな。
「作戦が頭に入ったならもう帰っていいぞ、お前も疲れとるじゃろうからの」
「はい、失礼いたします」
深くお辞儀をするとメリアは足早に会議室を去る。
アスールが誇るバーサーカー、メリアが豪傑と評する魔人武蔵。もしも、わしが相対したら速攻で殺されそうじゃな……。
ふむ、割と本気で洒落にならん。
怖いけど空いている時間にメリアと組手してトレーニングするか?
いや、それこそ「申し訳割りません国王様! つい手が……」みたいな感じで殺されそうだから絶対止めておこう。
わしが密かに決心していると突然扉が開く。
「ただいまー!」
バタンと扉の開く音とともに快活な声が会議室に響く。
見ると溌剌とした表情の八重と、それとは対照的に憔悴した表情のフィランがいた。
八重は扉を開けるなりエイディスの胸に飛び込み、あれが楽しかっただのこれが楽しかっただの探検の報告をしている。
いいなぁ、わしも探検しようかな。そしてエイディスの胸にダイブしたい。
対してフィランは席に戻るなりグッタリしたご様子。
わしもタカシの相手をした後はそんな感じになるからフィランの気持ちは分かる。
それって、フィランをおじいちゃんって揶揄してるのと同じか、なんかすまん。
「探検は楽しかったか?」
いまだエイディスの胸に顔をうずめる八重に嫉妬を込めて聞く。
「結構まぁまぁかなぁ。みんな魔人だーって追いかけて来たから逃げてきた」
まぁ、そんな簡単には受け入れられんじゃろう。
「フィランは大丈夫か?」
「もう疲れたよぉ。なんで僕まで追いかけられなきゃいけないのさぁ」
そうか。どんまいとしか言えない。
「じゃあ帰っていいぞ。明日の作戦はお休みじゃ」
「本当に? ありがとう写楽!」
決して会社とかである「やる気ないなら帰っていいよ」的な意味ではない。
純粋に次の作戦は魔法部隊の出番はない。いや、本当に。
よっぽど嬉しかったのか、フィランは勢いよく会議室を飛び出す。
扉の外から陽気な声が聞こえ、その声は徐々に遠くなった。
「八重は作戦やるの?」
飛び出していったフィランを遠目に八重が尋ねる。
「ふむ、エイディス。ちゃんと理解できたかテストじゃ。八重に教えてみろ」
「は、はい」
エイディスはちょっと戸惑った顔になる。
ふむ、緊張したエイディスも可愛い。お前がナンバーワンじゃ。
「え、えーと今回の作戦名は仮道伐虢です」
「カドウ……なにそれ?」
未知のワードに遭遇した八重は首をかしげる。
「はい、仮道伐虢とは攻略対象を買収などで分断して自軍を有利にすることです。今回は山の手前にある敵城第二と敵城第三を同時に攻略しようと国王様は考えています」
八重は地図を見ながらふむふむと首を縦に振る。
本当に分っとるんじゃろうか……。
「山の近くとはいえ周りは八重さんのいた敵城第一と同じ平原。恐らく敵は兵糧不足だと推測できます」
「確かにあっちも山菜ばっか食ってるって言ってた。しかも山の奥にはもう一個お城があるから最初は動物を取り合ってたって」
「はい、なので敵城第二に兵糧……ご飯を送ります。その役目が八重さんです」
「なんで敵にご飯あげちゃうの? それなら八重が食べるじゃん?」
エイディス何言ってんの、頭悪いの? みたいな顔をする八重。
エイディスをバカにする者はたとえ子供でも許さん!
「い、いいえ、八重さんは二重スパイになるんです」
仕方ない、助け舟を出すか。
「つまりこうじゃ、八重はアスールに捕まり仲間になるように言われた。じゃが八重はくっくっく、こいつらを逆に利用してやろうと企み兵糧を敵城第二に送るん
じゃ。兵糧が足りない敵からしたら食べ物を持ってきてくれる八重はきっと重宝される。もっと持ってこいとな。そして敵城第二を豊かにしてあげるんじゃ」
「うーん、それってどうめい? そんなの無理じゃん。魔人はみんな意地悪じゃん。八重のことイジメるじゃん……」
八重は魔人に会うのが怖いのか身体を震わせる。
そんな八重を諭すようにエイディスが優しい声音で話す。
「い、いいえ、同盟ではありません。敵城第二と敵城第三はそんなに距離が離れていません。なのに敵城第二だけ豊かで、敵城第三は貧しいままだったらどうなってしまうと思いますか?」
「えーっと……隣は裕福で八重は腹ペコ……そんなの嫌だ! むかつくー」
「そうなんです。その魔人の知恵を有効活用しようと国王様は考えています。敵城第二も豊かな暮らしがしたいから敵城第三にはご飯をあげない。すると敵城第三は敵城第二のご飯を奪いに来る。そこで両者に戦ってもらうんです」
八重はほえぇって顔をしとる。だんだん理解してきたようじゃな。
「まぁ、要するに潰し合いじゃ。でもいずれ気付くだろう、八重が二重スパイで自分たちは嵌められたと。だが、気付くには魔人と魔人が相対した時じゃ。魔物は知恵がないからな。知恵がある魔人同士が話さない限りこの作戦は気づかれない。最後まで気付かれないで潰しあえばラッキー、気付いたとしてもそこにアスールが介入して一網打尽、という訳じゃ」
得心がいったのか八重はふむふむなるほどと黙考する。
「んー、……で、八重は何をするの?」
「八重さんにはまず敵城第二に兵糧をたくさん運んでもらいます。ですので、これからしばらくは国王様と私と八重さんで八重さんがいた敵城第一で待機します。アスールから敵城第一までは近接部隊に運んでもらって、敵城第一から第二までは八重さん一人で行ってもらうんですが……大丈夫ですか?」
一人で、というワードに八重は敏感に反応する。
確かにこんな少女に二重スパイは少し厳しいかもしれん。
だが、戦争において戦わずして勝つことは最善の策と言われるくらいじゃ。
兵糧不足の隙を狙わない術はない。
それに、敵城第二と第三がそう遠くないというのが厄介。
正攻法でちまちま攻撃していたらその隙に増援を送られ囲まれて終わり。
今回はこの作戦がベストだと思う。
「うぅ、ちゃんとやったらご飯たくさんくれる?」
八重はなおも考え込みながらも条件を提示する。
「ふむ、好きなだけ食っていいぞ」
「や、八重頑張るっ!」
八重はこぶしをグッと握る。
とりあえず八重はエサで釣れば大丈夫そうじゃな。いやー、楽ちん楽ちん。タカシより楽じゃ。
「まぁ、また随時教えてやるから心配するな。じゃあ準備して八重のお城まで散歩に行くぞー」
窓の外を見るとさっきまでの煌々とした夕日は姿を消し、辺りは暗闇に包まれ始めていた。
夜の移動はいささか不安ではあるがそうものんびりしていられない。
八重の城には食料がないとのことなので、とりあえず持てる分だけ食料をバッグに詰め込む。
慌ただしく準備をして八重の元支配下にあった敵城第一を目指した。




