サブの意志
その日、ほぼ日課となっているバーに俺はいた。
「これがあの勇者が魔王にとどめを刺したのに使った聖剣エクスカリバーなの?へぇ~」
俺はバーにエクスカリバーを持ってきた。マスターが物珍しそうにエクスカリバーを手に取って眺める。ちょっとカッコよく構えて見たりする姿はもはや聖剣とは呼べるものではない。ちなみにバーには魔王もいる。
「なんか見た目は普通の剣ね」
「これが魔族に対しては異常な攻撃力なんですよ」
体験談を語る魔王が言うと信憑性が強い。
「というか魔王はこの剣で勇者に斬られたんじゃないの?」
「そうだ。その時の傷はもう大丈夫なのか?」
魔王相手に情けなど必要ないという考えの勇者だ。結構深く刃が刺さっていた気がするんだがここにいて普通に働いているということは。
「大丈夫ですよ。自分は魔王なんで再生力が強いんですよ」
おい、勇者。魔王を倒し切ってなかったぞ。魔王を追い込んだのは社会保障制度が適用されない魔族に対する差別で悪事をしている場合でなくなったからだ。ということは社会によって魔王は倒されたと言ってもいい。勇者は結局何もしていない。
「それで勇者があんたにこれを託して新魔王退治を依頼したということね」
「いや、もう魔王なんて退治したくない。どうせ、俺が退治しても勇者が退治したことになるんだからさ」
謝礼は払うと言っていたがそれも本当かどうか分からない。
「今回の新魔王は以前王宮が自分と戦うために用意した軍艦とその武器を乗っ取っているということですね」
「そうらしい」
そもそも、俺を含めた町の人たちは勇者に微塵も期待をしていなかった。王宮の圧倒的物量をもってすればいち魔王なんて敵ではないと思っていたからだ。ちなみに軍艦というのは空を飛ぶことのできる最先端の大型の飛行船だ。機銃や榴弾などが搭載されており爆撃なんかもできるらしい。それをいくつも用意していたらしいのだ。結局、使われずどこかで埃をかぶっているらしい。それを今回、新魔王に保管場所を悟られて乗っ取られたというのだ。
「実際に軍艦が魔王に襲い掛かってきたらどうだったんだ?」
魔王が軍艦と戦えるのか尋ねてみる。
「いや、勝てないですよ。いくら闇の防壁でも無数に落ちてくる爆弾から自分の身を完全に守ることはできないですよ」
だよね。そう考えると今回の新魔王の悪事の原因を作ったのは軍艦を使わせなかった勇者にある。いや、悪事を働く魔王にも責任があるのだが勝手に魔王を倒してしまった勇者にも責任はある。このまま、新魔王が軍艦を使って町を滅ぼしたのならばそれは軍艦を使わせなかった勇者と所詮俺がいないと魔王なんて退治できない弱い勇者のせいになる。
「それであんたは新魔王を倒しに行くの?」
「行かない」
「回答速いわね」
勇者にも同じことを言われた。
「前みたいになるのはもう嫌だ。貧乏くじを引くような役回りはごめんだ。どうせ、勇者のために働いてもせっかく返済できそうな借金が余計増える気がしてならない」
どうせ、あの勇者のことかだか魔王の退治に何も事前情報も準備もしないでぶっつけ本番で魔王に挑んであっけなくやられて返って来る始末だ。どうせだったらその真の勇者の姿を町の人たちに見せつけるのにいい機会かもしれない。そうすれば、勇者の人気はガタ落ちし、姫に嫌われて離婚して王宮から追い出されて途方に暮れて野垂れ死ねばいい。
「フフフフフフ」
「笑い方が魔王よ」
そんなはずはない。
「しかし、本当に新魔王を放っておいてよいのですか?」
「別に大丈夫だろ。もしも、その新魔王が軍艦を乗っ取ったとしたら事態はもっと大事になっているはずだろ。それに比べて町の様子はどうだ?平和そのものだ。何も変わらず毎日を過ごしている。俺もそうだがマスターも魔王も」
そう言われると確かにそうだとマスターは納得するが魔王は食い下がる。
「町のパニックを押さえるためじゃないですか?それか他に要因があるかもしれない」
「例えば何があるのよ?」
新魔王退治に意欲がまったくない俺に代わってマスターが尋ねる。
「仮に王宮が新魔王に軍艦を奪われたことで町の人たちの安全を最優先に急いで避難させるような対応をとれば町中がパニックになって治安の悪化が懸念されます。それに逃げ惑う町の人たちの姿を見て刺激を受けた新魔王軍勢がその町の人たちに向かって軍艦を使って攻撃してくる可能性もあります。今のところ王宮は何の公表もないということは、新魔王たちは軍艦を使ってすぐに行動を起こすような様子はないということが予想されます」
「それってつまり王宮は新魔王に軍艦を奪われたことを公表しないで秘密裏にこの事態を収拾したいって言うこと?」
「そう言うことになりますね」
町の人たちを新魔王の手から守るための最善の選択かもしれない。この対応はバカな勇者による対応ではなく頭の切れる他の誰かの対応だ。だが、新魔王の討伐は勇者の役割ということになっているようだ。だから、俺に助けを求めてきた。あいつだけでは何もできない。
「なら、余計に俺はやらないね」
勇者のメンツを守るための新魔王討伐なんてやりたくない。それに俺が魔王を倒したからと言って今の俺の生活が変わらない。秘密裏に新魔王を退治したい王宮がわざわざ軍艦を新魔王に乗っ取られたという失態を公表するはずがない。
「前回の魔王討伐以上に俺へのメリットがない。俺は絶対にやらない」
せっかくだし武闘家みたいに聖剣エクスカリバーを質にでも出そうか。いや、さすがに勇者の持つ伝説の剣だと盗品だと思われてしまうから時の神殿に行って聖剛剣マスターソードと交換してもらうって言うのもありだな。それでマスターソードを売ってその資金を使えば借金も返せそうだ。
「本当に君はそれでいいのですか?」
妙に真剣な眼差しで俺に魔王は語る。
「本当にあなたはこの町が新魔王の手に落ちてもいいのですか?いくら王宮が公表していないからと言って新魔王は着々とこの町を襲う準備をしているに違いありません。いつ軍艦が町の上空にやってきて爆撃するかもわかりません。今この瞬間起こる可能性だってあります」
「そうかもしれなけどさ」
「あなたはどうして自分は倒すために多額の資金を投資したんですか?勇者に頼まれただけではそんな大それたことはできないはずです。北に南に行って念入りな準備をさせるだけの行動をしたその理由は何ですか?」
「そ、それは・・・・・」
明確な理由はそこには存在しない。勇者に頼まれただけなのは間違いない。だが、俺の労力は魔王が一番知っている。魔王を倒すのに一番貢献したのは間違いなく俺だと魔王は分かっている。
「自分はこの間あなたに言いました。あなたには勇者以上に世界を転覆できる力がある。その力を無駄にしないでくれって言いました。あれはかつての自分のようにあなたが魔王となって世界を転覆させるという意味もありますが、他にもあなたのような力のあるものが動けばその逆もあり得るという意味もあります」
俺が世界を救う?
「いやいや、それはない。だって、今の俺はただの町人Bだぞ。ゲームでも話しかけても同じことしか言わないようなサブキャラクター以下のモブだぞ」
「自分はその町人Bに負けたんです」
「そうかもしれなけどさ」
「あなたは自分をなぜ倒そうと思ったんですか?」
「それは・・・・・」
答えは出てこない。勇者に頼まれただけで多額の借金を抱えるようなことは要領の悪いだけだ。だが、バカでは簡単に魔王には勝てない。実際に魔王城に行ったときに俺の用意した聖防具と聖武器のおかげで難なく進むことが出来たがなければどうなっていたか分からない。
「自分も火魔王を倒そうと思ったのは、この世界が好きだったからです」
その後に過去形ですよと付け加えた。そうでなければこんないい奴が魔王をやっているわけがない。
「こんな戦いのない平和な世界を守りたいと思ったからです。運命に導かれたわけでもなく予言をもらって仕方なくやったわけじゃない。自分の意思で世界を守って今の生活を守りたいと思ったからです」
実際に魔王は今の生活というものは守れなかった。
「サブスさん。あなたは何のために自分を討伐したんですか?」
そんな意味深な言葉を残して焼酎水割りの代金を払って店から出て行った。
「で、どうするの?私としては新魔王にこの町を焼け野原にされるのはごめんよ」
「俺だってそうだ」
まだ、借金を返せてないし、充実した人生を送ったとは言い難い。借金を返したら少しいいものを食べていい酒を飲んでそれで結婚して子供を授かってその子供が大人になって孫が生まれて―――そんな普通の人生を俺は夢見ている。
町が焼け野原になっている。
そんな一度も経験したこともないようなことが頭の中で映像が鮮明に再生された。
吹く風は焼けた建物の煤と埃。混じって飛んでくる臭いは建物が燃えた臭いと血の匂い。どんよりとした空を飛ぶのは新魔王が乗っている軍艦。その軍艦が焼け野原になっている町に爆撃をしてきた。灰色の町が真っ赤な炎の海に染まる。逃げ惑う人たち、泣き叫ぶ子供、怪我をして動けない老人。
燃えるのは俺の家、いつも酒を飲むバー。すべてが燃えてなくなってしまった。
果たして俺はそれを望むのか?
―――答えはひとつだけだ。
残った酒を流し込んで代金を払う。
「決心がついたのね」
「・・・・ああ」
聖剣エクスカリバーを手に取る。
「マスター。明日は焼酎をロックで飲むから待っていてくれよ」
するとマスターは笑顔で返す。
「ああ、おごりでから揚げでも作って待ってるからさっさと新魔王なんか倒して戻ってきな」
そうマスターと約束してバーから出る。すると魔王が待っていた。
「自分はあなたがどんな答えを出すか知っていましたから」
「お前もいくのか?」
「行きますよ。部下たちの治療費を返していないんで」
「・・・・そうか。俺もだ」
目的も理由も同じ。魔王とは良い仲になれそうだ。
魔王の腰には見覚えのある真っ黒な剣を携えていた。
「それって」
「魔剣シャドーブレイドです」
聖剣エクスカリバーとは相性が悪くさらに勇者にワンパンで倒されてしまったせいで全く出番のなかった剣だ。
「さて、これが終わったらマスターのバーで焼酎をロックで飲もうぜ」
「いいですね。そうしましょう」
俺はエクスカリバーを鞘から抜き取る。魔王もシャドーブレイドを鞘から抜く。
「じゃあ、行くか」
「行きましょう」
ふたりの影は夜月が照らす町をゆっくりと歩く。




