アルケニー洋裁店 ――ピグマリオン――
ご好評につき、アルケニー洋裁店3作目です。
連載ではなく「アルケニー洋裁店」の短編のシリーズとして投稿しておりますので、前作、前々作は「アルケニー洋裁店」シリーズからどうぞ~
楽しんで頂けたなら幸いです(._.)オジギ
※連載版として修正、書き足した物を
http://ncode.syosetu.com/n1990bq/
にて掲載していますので、よろしければそちらもご覧下さい。
「おなか減ったぁ……」
私は下半身が大蜘蛛の――いわゆる自称アルケニー形態で幻惑の森をとぼとぼと進んでいた。
もう2日も何も食べていない。
水は空気中の水分を集めて魔法で出せるから問題ないんだけど、この魔獣の体を維持するカロリーが決定的に不足しているのだ。
あ――……ここで恒例の自己紹介でも。
まあ、簡単に言えば、私こと新倉 志織(24)は、市内の生花店で働いていた所を暴走トラックに引き殺されて、めでたくこのファリーアスという剣と魔法のファンタジーな世界に転生したというわけだ。
アルケニーという半人半蜘蛛の魔物に。
……まあ、そのせいもあって色々と苦労はしたが、今は近くのリハクの街という所で洋裁店を営んで生計を立てている。
幸い種族特性的に糸を操るのはお手の物だし、人の姿に化けるのも容易かったので、今のところ順調である。
お店も繁盛しているしね。
で、5日前のことなんだけど、洋裁店にお偉い貴族様が来店されて、意志のある魔法の服の注文を受けた訳ですよ。
なんでも、息子さんが「どうしても冒険者になる!」と言ってきかないんですって。
ならばとお付きの者をつけようとすれば「そんな恥ずかしい真似をしている冒険者なんていない」と突っぱねられるしで……散々話し合った結果、熟練冒険者の記憶を転写した意志のある魔法の服をお供につける、と言う事で渋々息子さんも納得したのだそうで。
で、どうせなら最近話題の当店――アルケニー洋裁店で、という話になり、ご注文を承った訳です。
ありがたやありがたや。
まあ、当店としては、そのお貴族様がローブに望む「防御性能は」軽くクリアできるのですが、問題は「意志のある魔法の品」というところ。
実は武器や防具に人工的に意志を宿らせるには「精霊石」という素材が必要不可欠で……「幻惑の森には精霊の恵みが多く、生息している魔獣の体内に精霊石が結実する場合がある」――なんて話を冒険者ギルドの情報屋さんから聞き及び、こうして3日前から潜っている訳です。
ただ誤算は……「魔獣のレベルが低すぎた」こと。
精霊石というのはある程度強い魔獣の体内にしか結実しないので、森の中を駆け巡ってボスクラスを狩りまくって、なんとか大きめの物を1個と小さめの物を3個確保したのです。
特に大きい精霊石は、森の奥に居た主――人形遣いの魔神を倒して、やっと手に入れた貴重品なのですよ。
人形遣いの魔神ってのは、高位魔族の一体で、その名の通り色々な人形を作りだし、操り、自分の代わりに戦わせるという魔神。
魔神そのものはそんなに強くなかったけど、ほとんど無限に配下の『人形のジャック』を召喚してきて面倒くさかった。
まあ、流石に人形は食べれなかったものの、親玉はそれなりの味だったし、新しいスキルも獲得できたから良しとしとこう。(数多くある怪物転生物の例に漏れず、私も魔獣を食べる事によって相手の能力のいくらかを取得できるのだ)
しかしそこで私ははた、と気が付いたのだ。
「……帰り道、どっち?」
幻惑の森と言われるほど広大で迷いやすい地形の森である。
更にこの森の中は空間が微妙にゆがんでいるせいで転移系のアイテムや魔法が使えないのだ。
そんな中を適当に突き進みつつ狩りに没頭していた訳で……これは迷わない訳が無い。
ヘタに雑魚ばっかりだった為、どんどんと奥に入り込んでしまった、というせいもある。
これがある程度強い魔獣が闊歩している森なら、それを狩りつつ食料として進めば良いのだが……
何しろ今の私のステータスは魔王級以上は確実にある。
ヘタすると大魔王級かもしれない。
通常の動物はもちろん、雑魚レベルの魔獣は私の気配を恐れて近寄ってこないのだ。
もう綺麗さっぱり、半径数百メートルにわたって生き物の気配が無い。
最後に口にしたのは前述した人形遣いの魔神が最後。
こんな事なら食べ残したりしないで、糸でパッケージングして持ってくれば良かったか。
結構大きかったから、アレなら一週間は持ったのに……。
ぐ・ぐぐぅ……
「あ、だめだぁ……もう動けな……?」
私がとうとう空腹に負けてへなへなと座り込もうとした時だった。
『気配察知』スキルに生命の反応が引っかかる。
魔力は無きに等しいけど、大きさはそれなり。中型犬~大型犬位だろうか。
しかもそれが5つ。
「ご、ごはん……」
現金なもので、もう動けない、と思っていた四肢に一瞬にして力が蘇る。
「ごっは~ん~♪」
めき。ばきばぎばきっ! ドガン、ドゴン!
私はその「命の気配」に向かって一直線に走り出した。
その線上にある大木や岩をことごとく粉砕しながら……
※
その「命の気配」を頼りに突き進んだ結果、周りは目に見えて開けてきた。
あれほど密集していた木々の密度も薄くなり、日が明るく差している。
それに何より例の命の気配がもう間近だ。
私は、より一層八本の足に力を込め、一気に跳躍。
その気配に向かって襲い掛かった。
と、その獲物達が驚いたように私を見上げるのが分かった。
革鎧に短剣を構えた男達 。
あれぇ、人間っ!?
まっ、まずっ、ブレーキ、ブレーキぃぃぃぃぃぃっ!!
手近の木の幹に足の爪を撃ち込んでブレーキを掛けるも、ズガン! ミキャキャキャキャ……と撃ち込む先から異音を発して紙のように裂けていく樹木。
当然、そんなもんでは完全に私の速度を殺しきる事は出来ず、男達の列に思いっきり突っ込んでしまう。
驚愕の表情でボーリングのピンのように飛び散る男達。
「うわっちゃあ……ご、ごめんねぇ!? 大丈夫!?」
すぐさまスキル『人化』を発動し、人形態になって男達を片端から揺すってみる。
――あー……だめだこりゃ。完全に気を失ってる。
というか、大抵腕や足がとんでもない方向を向いていて、意識を取り戻してもまともに動けるかどうか。
とりあえず男達をずりずりと引きずって運び、平らな草地を選んで並べる。
ひのふのみのよと……全員で4名か。
しかしアレだね。
やらかした私が言うのもなんだけど、格好といい人相といい、まるで盗賊団の一味みたいに見えるねぇ。
「あっ、あのっ……ありがとうございました! 危うく盗賊に攫われるところ……」
「えっ……」
その幼い声に私が振り向くと、そこには10歳くらいの金髪の男の子が、瞳をキラキラさせてこちらを見つめていたのだった。
「え、盗、賊?」
「は、はい、このごろ、盗賊達が村の近くに住み着いてしまって……度々僕たちの村から食べ物を奪っていったり、子供を攫っていったりしていて……僕も薬草取りに来たところを奴らに見つかって……」
盗賊に見える、じゃなくて盗賊そのものかいっ!
「お姉さんが来てくれなかったら……ぼっ……ぼくもっ」
うぐっ、えぐっ、としゃくり上げながら一生懸命涙をこらえようとする男の子。
何これ可愛い。
西洋の(というか異世界だけども)子供は天使すなぁ。
ああっと、そうではなくて。
どうやら私はこの4人の盗賊が子供を攫う、まさにその現場に突っ込んだって事らしい。
……そう言えば最初気配は5つあったもんなぁ。
いやはや、無実の村人達に重軽傷を与えてしまったかと思ってちょっと焦ってしまいましたが、そういう事なら問題ないようですね。
どうやらこの子も余りに一瞬の事で、私が突っ込んできた時アルケニー形態だった事には気が付いていないみたいだし。
ぐぅぅぅぅぅ……
安心した途端、再び私のおなかは空腹を思い出してしまった。
盛大に鳴り響くおなかの音。
私は思わずおなかを押さえて、ぺたん、とその場に座り込んでしまう。
うーむ、よく考えたら状況は全然好転してないな。
いくら盗賊とは言え、流石に人間を食べたくないぞ。
「あ、あの……お姉さん、おなか空いているの?」
「う、うん……実は、ね。もう2日も道に迷って……何も食べて無くて……あはは……はぁ」
「あ、あの……よかったら、これ」
男の子は、自分が持っていたずた袋をごそごそと探り、やがて何かを布で包んだ物を取り出すと私に差しだした。
いや、何かというか……これは……食べ物の匂いだ!!
私は思わずその包みをひったくると結び目をほどくのももどかしく、爪で引き裂いて中身を取り出した。
おおう……! マーベラス!!
包みの中身は大きな黒パンと干し肉。
それにリンゴのような果実と水筒。
私はそれらを両手でがっしと掴むと、一気にかじりついた。
あぐあぐ。ばくばく。もっしゃもっしゃ。
硬い黒パンは本来なら水でふやかして少しずつかじるのだろうが、私の顎を甘く見てはいけない。
見かけは華奢な少女の顎でも、本質的には高位魔獣なのだ。
それはもう、マシュマロをかじるかのごとくに容易く私の口腔に消えていく。
リンゴ? など2口で無くなり、干し肉はまるでジュースを飲むように消え去る。
1分とかからずに結構な量があったはずの食料は私の胃へと収まってしまった。
「――はふ……い、生き返ったぁ……ごちそうさまでしたっ!」
ぱんっと両手を合わせて、今や無残な切れ端と化した食料を包んでいた布を拝む。
っと、私はそこではた、と気が付いた。
ええっと、これって、もしかして男の子のお弁当?
「ええっと……ごめん……あんまりおなか空いて……これ、君のお弁当だったんだよ、ね? 全部食べちゃった……」
「気にしないで下さい。命を助けて貰ったお礼ですし……この位じゃまだ全然お礼にならないですよ! たいしたお礼も出来ないですけど、是非家まで来て下さい!」
「え、ええ? いいの?」
「ええ、黒パンで良ければまだありますし! 是非休んでいって下さい!」
こうして私はゼルと名乗った少年に連れられて、森の外苑部にある名も無き小村へと足を踏み入れたのだった。
※
その村は人口100人にも満たない、本当の小村だった。
森での採集や小麦の栽培が主な産業だが、精霊の恵み豊かな幻惑の森近くに居を構えるだけあって、小麦も実りが多く、村人達も飢えずに普通に食べていける近隣では希有な村なのだそうだ。
ただ、その分、森に近いだけあって魔獣の被害は他の村より多いらしい。
で、それに目を付けたのが件の盗賊団。
ここ数年、村人を生かさず殺さずといった感じで散発的に襲ってくるのだそうだ。
「――まあ、そんな事もあって……ゼルは私達が止めるのも聞かずに、森の奥へ高価な薬草を取りに飛び出して行ってしまったのです」
簡単にそう説明してくれたのは村長でありゼル君の父親でもあるゼーロンさん。
濃い金髪のナイスミドルだ。
「だって……街で売ればそれなりになるし……盗賊達が来ればけが人は出るし……」
「それでお前が死んでしまったら元も子もないだろう。死んだ母さんがどれだけ悲しむか」
「う、うん……ごめんなさい……」
しゅん、と頭を垂れるゼル君。
「いや、みっともない話を恩人の前でしてしまいましたな。どうぞ沢山食べていって下さい」
「あ、ありがとうございます……」
どうやらゼル君がゼーロンさんに私が相当飢えていたのを伝えたらしい。
目の前にはどう考えても少女が1回で食べきれるとは思えないほどの料理が並んでいる。
もっとも女手が無い家庭のようで、いわゆる男料理、といった物が大半だったが……盗賊が頻繁に現れる中で、この量は相当無理をしたのでは無いだろうか。
……本当にゼル君はどういう風に私のコトを伝えたのだろう。
「しかしその年で魔術師とは。相当厳しい修行をしてこられたのでしょうな」
ゼーロンさんの目には感心したような光がある。
家にお邪魔した時、糸で縛って数珠つなぎにして連れて来た盗賊達を見て、顎を外しそうになっていたので「子供の頃から魔術を修行してきたので……」と苦しい言い訳をしたのだ。
「でね! すごいんだよ! シオリさんがね、ボカーーーンッて飛び込んできて……土煙が収まったと思ったらみんな盗賊達が倒れていたの!」
「ほほう、それは凄い……シオリさんのような方が村に住み着いて下されば、盗賊共も手出ししてこないのですが……」
「そうしなよっ! シオリさん、僕一生懸命働いて……お金持ちになって楽させてあげるから、お嫁になって!」
「おっ……お嫁っ!?」
「はっは、ゼルはシオリさんが好きか?」
「うん、大好きー♪」
「はっはっ、それなら早く大きくなって立派な大人にならないとな」
「うんっ」
はっはっはっ。前世通じて初めてプロポーズされてしまいましたぜ。
でもたぶん、私が将来ゼル君と結婚してゼル君の子供を産んでも……生まれてくるのはアルケニーだしなぁ。
そうなるとどうしたって人里には住めなくなるし。
「ごめんねぇ、私、リハクの町で洋裁店のお店を経営しているの。こっちにお嫁には来れないわ~」
と、言うしか無いよねぇ。うん。
「ええ~」
「はっは、無理を言う物じゃない、ゼル。どうしてもシオリさんが諦められなければ、シオリさんに惚れられるくらいのひとかどの人物になって、改めてプロポーズに行くんだ」
「……う、うん、僕頑張る! 農作業の手伝いも勉強も!」
「おお、その意気だ」
ま、前向きですね。
まあ、そんなこんなで和やかな雰囲気の中、夕食をご馳走になった私は、ゼーロンさんの奥様が生前使っていたというベッドを借りて就寝する事になったのでした。
※
「うーん、盗賊達がどこから来るのか分からないってのがネックよね……」
私は、ごろん、と藁マットのベットの上に寝転がりながら盗賊の事について考えていました。
アジトがどこだか分かれば、盗賊達を殲滅する事は難しくないのですが……
お店をほっぽっておいて、この村にずっと居る訳にも行きません。
「結局は用心棒が居れば良いのよね……私ほどの戦闘力は無くても、盗賊達を一蹴するぐらいの……ふむ」
で、あれば何とかできるかもしれません。
私は勢いよく寝間着にと借りた服を脱ぎ去り、全裸になります。
そして『人化』スキルを解除。
あっという間に肥大化し、足が生え、真っ白な蜘蛛の胴体と化す下半身。
更に額には、真っ赤な宝石のような目が6個浮かび上がります。
戦闘時に使うような糸であれば口や指先からも出せるのですが、それらは劣化も早く、恒常性が求められる布には不向きなのです。
やはり布製品を作る糸はお尻から出したものでなければ。
「まずは、と……」
今回森で手に入れた、依頼には使わない小さな精霊石を三つ取り出します。
そして、それに向かってお尻から出した糸を巻き付けていきます。
ある程度巻き付けて、それぞれスイカくらいの大きさになったところで一旦糸を止め……
「で、これが今回のキモ……『人形作成』っと」
人形遣いの魔神を喰らった時に習得した新スキルです。
この効果は、制作者の配下となる『戦闘能力を持った人形』を作り出す事。
そのスキルの効果を得て、三つのスイカ大の糸玉がぐにぐにと動きだし……やがて糸玉は三体の女性の姿をデフォルメしたした編みぐるみ、という形で安定したようでした。
「そして最後に……精霊石に私の意識の一部をコピーして……意志有る魔道具化すると」
これで村の守護者、編みぐるみのアルケニー三姉妹の完成、と言う訳です!
誰ですか、ストーン○リーじゃ……なんて言ってるのは。
これは編みぐるみなのです。
つい興が乗って色々と……耐刃耐性とか各属性耐性とか攻撃力増強とかシールド展開能力とかステルス機能とかバックスタブ能力とかパラライズブレスとか付与してしまいましたけど!
あくまで 編 み ぐ る み なのです。
編みぐるみですから食事のお礼に差し上げても問題有りませんよね?
※
そして翌日。
私は2人に見送られて村の出口にまで来ていました。
道も教えて貰ったし、後はもう本当に帰るだけですね。
目を潤ませて私の服の裾をつまんでいるゼル君を振り切るのが最大の難事である気がしますが。
「シオリお姉ちゃん……本当にもう行っちゃうの……?」
「うん、ごめんね……お姉ちゃん町でお仕事があるの……その代わりそれ、大事にしてね?」
「うんっ! この編みぐるみ、お姉ちゃんだと思って大事にするよ! 名前も付けたんだ!」
「へぇ、どんなの?」
「紅い子がフレア。青い子がフローズン。黄色い子がガイア」
ほう。なかなか。それぞれに付与した属性攻撃能力にも合ってますね。
具体的には炎のビームを繰り出したり、氷のブレスを吐いたり、岩を落としたりする攻撃手段をそれぞれ仕込んであったりしますが。
「うんうん、似合っているね! じゃあ、フレア、フローズン、ガイア。この子とこの村を……守って上げてね?」
(イエス・マスターシオリ。マスターゼルトコノ村ヲ、オマモリイタシマス)
その三体の返答は私にしか届かないのだけれど、第二位の主人設定としてゼル君を指定してあるから、ゼル君の言う事も聞くようになっている。
万が一また盗賊が来ても問題ないだろう。
そして私は、別れを惜しむ2人を振り返りつつ、村を後にしたのだった。
そして数年後。
件の村は、『いかなる外敵も退ける奇跡の人形』が守護する村、として有名になり、結果、数多くのゴーレムマスターや人形師が集まる事となり……人形師の里として発展していく事となるのは、また別の物語である。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
今回の分量は約7000文字。
この位がちょうど良いのかな……?