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谷中町物語  作者: 狐六
3/3

002


「あんたよく食うな……」

「お腹空いてたんだもん」と冷凍食品のシュウマイを頬張りながら言う。

「そんで、名前は? 歳は? 家は? 何があったんだよ?」

 うーん、と考えるような動作をして

「啓二さん、これもう一個貰っていい?」

「おう、いいよいいよ」

「あ、これもいい?」

「いいよー、どんどん食ってー」

「美味しー♪」

「……俺の質問は!?」

 という感じのやり取りが何度か繰り返されてる。

 てか食い気ヤバイなコイツ、どんだけ空腹だったんだよ。俺のガリガリ君好きもこれには顔負けだな……って言うほど俺、実はガリガリ君好きでもないんだけど……。

「千里」

「ん?」質問に答えてもらえない俺は多分拗ねた感じで返事をしたと思う。

「大辻千里……名前だよ。歳は、君と同じ」ティッシュで口を拭きながら言う。

「何で俺の歳知ってる前提なんだよ」

「16でしょ? 知ってるよ」

「何で知ってんだよ!?」急に寒気がした。

「でもーうーん、それ以外は……女の秘密? 一宿一飯させてもらうのに申し訳ないけど」

「何で泊まる気でいるんだよ!」

 コイツ侮れないぞ、発言の節々に爆弾しかけてやがる。

「はぁ……お腹いっぱい、ごちそうさま」と丁寧に手を合わせて言われる。

「お粗末様でした」と藤原親子は声を揃えて応じる。

 やっとか……。つーか本物の大食いっていう人間を初めて生で見た気がする。

「それじゃあ、俺らはお邪魔なようだから、お暇するよ」

「おいちょっと待て」

「……何だ?」

「何だ? じゃねぇよ!」

 藤原親子に揃って解せぬ、という顔をされる。数時間前の前言撤回、この親子やっぱり似てやがる、嫌な感じっていうか面倒臭い絡み方が!

「こっちの会話聞いてなかったわけじゃないよな?」

「何か話してましたか?」早恵ちゃんがとぼけた顔で聞き返す。

「聞いてないのかよ!」

 はぁ……と溜め息をつくと、流石に弄ぶのも可哀相だと思われたのか、そう思われる自分が一番不憫な気がするが、叔父さんは少し表情を正した。

「千里ちゃん、だっけ? 君は、この町の人間じゃないよな」と叔父さんは言う。

「うん」今更だけど敬語使わねぇなコイツ。

「家族は?」

「言えないよ」

「……誰かと一緒に来たわけじゃないのか」

「うーん、今は1人」今は、ってことはその前は誰かと一緒だったのか。

 叔父さんはふと、何か考え込むように黙ってしまったので

「今晩はどうするつもりだったんだ? ここらに泊まれる場所なんてあったか……?」と質問を俺が引き継ぐ。

「考えてなかった」

 ……計画性無さ過ぎだろ、どんなその日暮らしだよ。

 俺が質問をやめたことで会話が途切れる。しばらく沈黙が続いたあと、千里と名乗った少女は突然立ち上がった。

「……お願いします。明日には出て行くので、一晩だけでいいので泊めさせて下さい」そう、90度に綺麗なお辞儀をした。

 俺はふうっと溜め息をつき、静かに立ち上がる。

「いや、今さら畏まるなよ……。身の上は、話せないんだよな……」念のため、いや何の念だよ、って感じだけどもう一度確認する。そして、

「まぁそれでも、別に一晩や二晩くらい、問題無いよな?」と叔父さんの方を向く。

 叔父さんは何か考えているのか、答えなかった。

「ここがダメってんならうちに泊めるけど」

「……それは保護者として見過ごせないな」と叔父さんが答える。

「そんな台詞を叔父さんから聞くと思わなかったけど」

「分かった分かった、いいよ。……ただ、お前も今晩はうちに泊まっていけ」

 不意の言葉だったが、尤もな言葉だったので頷いた。明日は土曜だし。


 それ以後は、なぜかパーティーもどき、騒がしい夜だった。

 さきのさっきまでシリアスムードだったのがどうしてこうも簡単に切り替えられるのか、というのはしかし俺も例外ではなかったので人のことは言えない感じだったが。

 とにかく色々喋って、飲み食いして、ちなみに千里はその後まだ食った、ゲームをして、小学生と高校生2人とおっさん(と言うが実際はまだ二十代である)という組み合わせでこんな盛り上がれるものなのか、という感じに騒いだ。

 そして全員最後は気を失うようにリビングに雑魚寝することになった。


              §


 我が家笹原家の母、笹原華恵は、俺が小学校3年生の夏に死んだ。

 両親は共働きで、俺と7歳年上の姉は、死語かもしれないがいわゆる鍵っ子、というやつだった。それでも母は夕方頃には帰宅し、疲れているところ一つ見せず家の一切の家事をこなす、そういう人だった。

 死因は事故だったという。というのも、それは仕事中のことで、会社の工場の視察だったか何だかに行った際に、運悪くその場で事故が起き、石油化学を扱っていたというその工場は爆発、それに巻き込まれたということだった。

 アンラッキーというにはあまりにも、むしろ母は最初から死ぬ運命だったかのような、そんな風に思わざるを得ない事故だ。子供ながらに俺は、その事故に疑問を持った。

 その事故は、誰かがうちの母を殺そうと策謀したもので、それを知った母はその事故で死んだふりをして身を隠した、なんてそんな突拍子もないことばかりだったけれど。確かに、といえば確かに母の仕事は詳細が不明なところがあり、大手スーパーの本社社員という肩書きの割には不自然な気は今でもする。

 でもそれは、結局は母親の死が受け入れられなかっただけの話なのだろう。

 この世にはもしかしたらそんな壮大な悪がいるのかもしれないけど、それはこことは違うどこか離れたところの話。俺の母親は、事故で死んだのだ。


              §


 喉が渇いた……。

 不快な感触を味わいながら、俺はふと目を覚ました。カーテンの隙間から見えた空は、薄い藍色をしていた。時刻は、明朝といったところだろうか?

 ガタッという音がリビングの方からした。そちらを見ると、ちょうど千里が片手にコップ、片手に天然水を持ってリビングに来るところだった。彼女は俺が起きているのに気付くと、少し驚いたような素振りをしてから

「おはよう、早いね」と言った。

「お前ほどじゃないよ」気持ちわりーとぼやきながら上体を起こした。

 そういえばこの相手のことを何と呼んでいたのか、お前、という言葉がどうも違和感があったが、というかそもそもよく考えたら昨日会ったばかりの相手なんだよな……。

「俺にも水、いいか?」

「あ、うん、ちょっと待って」と千里は水を持ってキッチンの方に戻った。

 叔父さんは少し離れた床に、早恵ちゃんはソファーの上に、二人ともまだ眠っている。壁にかけられた電波時計を見ると、時刻は4時10分を指していた。

 しばらくして戻ってきた千里は、水の注がれた別のコップを一緒に持っていた。はい、とそれを渡され、俺は軽く礼を言って一気に飲み干した。気持ち悪さはそれでだいぶ薄まった気がした。

「……あんなに騒いだのは、久しぶりだったよ」

「私も、久しぶりに、楽しかった」

 静かに二人とも笑う。何がおかしいのか、いや、けど、その空間は心地が良かった。

「俺、今一人暮らしでさ……、母さんは子供の頃死んじまって、親父は一年のほとんどを出張で家にいない、で、姉ちゃんはちょうどぐらい一年前、結婚して嫁にいった、そんな感じでさ」何となく、俺は話し出す。千里は静かに頷いた。

「まぁそれでも、何年か前までは友達と一緒に、その時もここだったな。よく集まって騒いでたよ、今じゃあ皆付き合い悪くてめっきりだけどな」

「楽しそうだね」

「ん? ああ、楽しかった。母さんが死んで、それから俺が何とかやってこれたのは、そこでだらし無く寝てるおっさんと姉ちゃんと、仲間達のお陰だよ。……なあ?」

「何?」

「千里は、どうだった? ちょっとお前の話も聞かせてくれよ」

「……そうだね」

 そう頷く千里の姿が、段々ピントが合わなくなってきた。喉の渇きが潤ったことで、また、睡魔が襲ってきたようだ。

「私も、仲間と、お世話になった人がいたから、やってこれたかな」

「そうか……」

「お世話になった人は、もういないんだ。だけど、いつか何かで恩返しできればいいな、と思って……けど、私にはできることは無いのかもしれない」

「……どういう、ことだ?」ヤバイ、急に、本当に眠くなってきた。

「私は、結局周りを不幸にするだけだから」

「……そんなことは、無いだろ……俺は昨日、久しぶりに、楽しかったぜ。叔父さんも、早恵ちゃんも、きっと、そうだ。それは、千里が、いたから……」

 段々と思考が回らなくなり、口調も覚束なくなる。

「……孝祐は、優しいね」千里が微笑む。

「やっぱり君のお母さんに、そっくりだ」そう、彼女は言った。

 母さん……?

 どういうことだ?

 何が、何だか、言葉を発そうとしたがその時既に、俺の意識は肉体から離れようとしていた。

「だから、ゴメン。孝祐を巻き込むわけにはいかないね」そう言って、千里は立ち上がる。

「……どこ、へ……?」遠ざかり行く意識の中、何とか声を発するが、

「ありがとう」千里はそう言い、微笑んだ。どこかで見たことがあるような、深い寂しさの漂う笑みだった。

 彼女はその礼を最後に、そして部屋を出て行った。

 玄関の扉が閉じられる音がどこかでして、そして、俺の意識はどこかへ遠退いていった。



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