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谷中町物語  作者: 狐六
2/3

001

 夏の暑さは、何年経験しようが慣れられるものじゃない。

 節電、という貼り紙がなされたクーラーはコンセントが抜かれ、リモコンのピッピッという音にはうんともすんとも言わない。頑固者のようだ。

 仕方なく目の前の扇風機の風圧を上げて、そして今にも溶けだしそうなガリガリ君をかじる。梨味だ。このマンガが読むの何回目だっけ、と急にさっきまで自分のしていた行動が馬鹿らしくなり、全てを投げ出すかのようにソファーにぐでー、と寝そべる。

「孝祐ーいるかー?」玄関口の方から声がする。

「あーいるよー、おじさん」

「また人ん家勝手に上がってくつろぎやがって」と言って啓二叔父さんはリビングに入ってきた。

「お邪魔させてもらってます」

「今更気にするかよ」と言い放つ。

「じゃあ言うなよ……」まあ確かに、叔父さんの家は小学生の頃から利用させてもらっているが。

「ほれ、ガリガリ君いるか、って食ってんじゃねーか」叔父さんは左手の小さなコンビニ袋からぶどう味を取り出した。

「あーいるいるいるー食う食うー」

「食い気だけはあるんだな、いやガリガリ君だけども」

「面白くねぇよっ」と、ぶどう味を掠め取る。

 ため息混じりに叔父さんは袋からもう一本取り出し、俺も食うか、と呟く。


「孝祐よ、お前さぁ」

「何?」さっきテーブルに投げ捨てたマンガを再び読みはじめる俺。

「毎日毎日、学校終わって俺んち来てるけど、他にすることねぇんか?」

「……」無い、と答えてもしょうがないか。

「昔はそりゃあ裕人とか雫とか、アイツらとつるんで――」

「大輝もだ」一人だけ言わないと何か意味深になるだろ。

「いやまぁ……そう、それで、わーきゃーやってた頃はまあいいと思う」

「わーきゃーって……」叫び声だろそれは……。

「けど今は、違うだろ? アイツらだって今頃部活とか何かやってるんだろ?」

 裕人は違うけどな、というのは揚げ足ばっか取ってるようなので黙っておいた。

「それが今の有意義な時間の過ごし方ってもんなんじゃないのか? お前は、どうなんだ、こうして毎日ぐーたらしてて」

 その言い方だと一日中怠けてるみたいだけど、学校終わった後だからな、ぐーたらしてるのは。

「ここらで一度、考え直してみたらどうだ? 何でもいいんだ、やることは。ああ、ここで時間潰すのは無しだぞ。この感じだとお前多分、夏休み入ったら毎日一日中こんな感じになるだろ」

 確かにそれは否めないが……。

「高2の夏なんて一度きりだぜ? コイツは俺からの宿題だ、夏休み入るまでに決めろ、お前は夏、何をするか。決めてこなきゃ夏休みの間うちは出禁にすっからな」

「マジっすか……」

「マジだ」叔父さんの顔はマジだった。

 ふぅ、と溜め息をつく。

「……そういうの」

「ん?」

「叔父さんには言われたくないけどね」

「……何だと、失礼だなてめぇ」言葉遣いほど、叔父さんはマジギレしてない。

「それに……」これは、自分に言われたくないことだが

「そんなことは、分かってるから」

 

「今日はもう帰るよ」

「そうか、気つけてな、あと宿題忘れんなよ」

「はいはい」

 笹原孝祐、16歳。高校2年生の夏、彼女も居ず、全くもって情けない話ではあるが。もちろん、その危うさには気付いている。その上でこのていたらくなのだから、なおもって情けない。真面目に考えたほうがいいのかもな、叔父さんの宿題。

 一昨年の、そのまた一昨年の夏ぐらいまでは、こんなんじゃなかった気がするんだがなあ。過去に浸っても仕方ないか。

「あれ、早恵ちゃん」叔父さんの家から我が家へ帰宅する最中、前方から赤いランドセルの小学生が見えた。

「コウ兄、こんばんは」

「こんばんは」早恵ちゃんがランドセル以外に大きな買物袋を持っているのが見えた。

「買い物、晩御飯の?」

「うん」

「親がダメだと子がしっかりするって本当なんだな」

「人の親に対して失礼じゃないですか、それ」まぁそうかもしれないですケド、と呟く。お前は新妻エイジか。

「お父さんによろしく言っといて、って言ってもほんの十数分前まで会ってたんだけどね」

「またぐーたらしてたんですか?」

「親子揃って同じ言い方しないで」これでわーきゃーとかいう表現を使われたら卒倒しそうだ、っていや、それは極端な冗談だけど。

「まぁいいや、じゃあ頑張ってね」

「はい、コウ兄も」何をだよ、ってのは多分お互いに思った、けど言わない。


 藤原家、啓二叔父さんと早恵ちゃんの家から徒歩25分って所に我が家はある。毎日放課後にあの家に寄って、そして1時間ぐらい時間を潰してから帰るってのが日課である。たまに晩飯を一緒させてもらうこともしばしばだ。

 すぐ左側の車道をバスが通過する。日はようやく傾きだした頃、だろうか。

 我が家と藤原家は路線バスの運行路上にある、といっても過言ではないのだが、俺は徒歩派である。何故バスを使わないのかというと、それはバス代をケチったのと、あとはバスの本数の心許なさだろう。ちなみに自転車はトラウマと階段があるので使わない。

 意識せずに足元の小石を蹴った、それは当初思ったより大きく飛び、ゆるやかな放物線を描いて車道に転がった。車は、ほとんど通らない。歩みを止めることなく、危険地帯にほうり出された小石を眺めていた。そんなときふと、反対側の歩道が目に入る。

 人が、倒れていた。

 そう認識するまでに3秒かかり、体が動くまで5秒かかった。言うまでもなく車は走っておらず、俺は躊いなく車線を横切り、反対側の歩道まで歩いていった。夕方に酔い潰れている呑んだくれ、という珍種を想像したが、どうやらそれは違ったようだ。

 倒れていたのは、俺と同じくらいだろうか、少女だった。服装は、制服などではなく、麦わら帽子にワンピースだった。いや、某人気マンガを連想させる組み合わせ、流石です。じゃなくて、

「元気、じゃなくて、大丈夫ですかー?」言っておくが別に猪木好きじゃないからな。

 返事がない。ただのしかばね……だったら困るな。

 その時、わずかにピクリと手が動いた。見間違いではないと思う、ちゃんと生きてる。しかし参ったな、こういう場合どうするんだったか。

 見たところ外傷はなさそうだ。この町の119番は正直当てにならない、ということを俺は3年前身をもって知ったが、そんな話は今どうでもいい。

「おい、大丈夫か!?」今度はしっかりと、それこそ猪木ばりに元気な声で耳元に問い掛けた。

「う……」反応があった。

「大丈夫か!?」再度問いかける。

「……す」

「す?」何だ“す”って? それとも最初のと合わせてうっすか? 随分男らしい挨拶だな。

「すいた……」

「空いた……?」どこがだ? 駐車場か、レストランか、ていうか今伝えることなのかそれ?

「お腹すいた」

「……」

 理解した。


「早恵ちゃん、今日晩御飯そっちで頂いてもいいかな?」

「……いいですけど、今日の今日で凄いメンタルですね」

 くっ、小学生が言う皮肉にしては毒が強すぎるよ!

「う、うん……あとそれと、もう一人連れていきたいというか、むしろそっちがメインというか……」

「お客さんですか? それは……あ、お父さんに替わります」

「あ、はい」正直、今日の今日で気まずいのだが。

「おう、どうした孝祐。やること決まったか?」

「いや、残念ながらそうじゃなくて、晩飯、今日いい?」

「うちでか? いや、いいけど、何でそう急に」

「俺もよくわかんないだけど……あと、もう一人、えっと連れていってもいい?」

「誰だ、裕人か?」そうだったら普通に言う。

「いや違うよ」

「……まさか、女か?」

「いや、うん、そうだけど、別にそういう意味じゃないから、合ってるけど多分違う意味にとらえられてるよね」

「そうかそうか、女か、お前も隅におけねぇな。よし来い、早恵と絶品料理作って待ってるから」

「はい……もう何でもいいです、ありがとうございます」

 通話を切る。

「……で、あんた、歩けるか……?」

「……無理」多少喋れるようにはなったものの、ぐったりしてらっしゃる。どうやら空腹で倒れてたらしい、そんなのこの国でアリかよ、って感じだけど。

「悪いな、俺ん家帰ってもすぐ出せるものなさそうだし、かといって田舎町だけコンビニもここらに無いから、ちょっと歩くが俺の叔父さん家まで行くぞ」

 と腕を引っ張ってみるがまるで動かない。死んでるんじゃないのか?

「おぶって」

「は?」

「……」

 ……黙るなよ。

「……おぶさりてぇ」

「うわっ、怖ぇ!」こんなところでまさか妖怪と出くわすとは!

「はぁ、しょうがねぇな」って俺は何をしているんだか。

 さっき出会ったばかりの見知らぬ少女を背負い、そして俺は道を引き返していった。

 しかしこう文句ばかり並べてはいるが、かつての日々を思い出させるような、そんな非日常を漂わせた今の状況に、少なからず俺は心躍っていた。



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