亭主様は、色々考えているようです。 1
亭主様のターンです(>_<)
俺の腕の中には、恥ずかしそうに頬を染めながら、きょろきょろと視線を動かし続けるココット嬢が居る。
「二人きりで話をしたい」と言われた俺は、はやる気持ちを抑え彼女を抱き上げたのだ。
今日は二人が結婚して初めての夜を迎える。
そう、『初夜』だ!
そんな日に新妻となった彼女から、潤んだ瞳で「二人きりになりたい」と言われたのだ。
店内の広場に従業員達がいなければ、その場でココット嬢を組み敷いたに違いない。
俺の理性を総動員して、その衝動を彼女を抱き上げる事で、何とか落ち着かせる事ができた。
本当は走って自室まで行きたい。
こんなにゆっくりと歩くのではなく……。
だが、ここで焦って彼女に嫌われたくは無い。
『がっつく男』だと思われたくないのだ!
女性は繊細で雰囲気が大切だと、これまで生きてきた中で学んだ。
だから俺は一つの言葉を心の中で繰り返す。
―――平常心っ!!
自室へ着くまでの間に、頭の中で良い雰囲気を作るシュミレーションをしつつ、その先の事を想い緩む頬をそのままに、歩を進めた。
だが、自室の扉を開けた瞬間、視界に入った見慣れた寝台に目が行った。
俺のシュミレーションでは、まずココット嬢をソファにおろし、そこで雰囲気を作る予定だ。
しかし、だ。
なぜか俺は彼女をソファでは無く、寝台におろしていた。
そしてなぜか、俺の指は彼女の靴紐を必死に解きだした。
寝台の上でココット嬢が戸惑っているのが伝わってくる。俺の頭を押す様に、その行為を止めて欲しいと彼女の口が音を紡ぐ。「ソファがいい」と言った彼女に驚き、彼女を見上げると、その頬は赤く染まり瞳は俺を誘うように潤みを増している。
だが、これから彼女とめくるめく夜を過ごすのだ。
靴も服と同じ様な物だ。脱がせていく過程も雰囲気を作り出す大切な要素の一つだ。
俺を誘うような表情をしているココット嬢から視線を再び、靴紐に戻し解くのに専念する。
この俺を焦らしてやまない、妙に編みこまれているロング丈のブーツも、これから過ごす甘い時間の過程だと考えると靴紐にさえ愛おしさが感じられる。
靴紐に愛情を感じるなんて変態みたいだ、そう自嘲しながら指は必死に紐を緩める。そんな俺の指を止めるかの様に、彼女の声が頭上に降ってきた。
「あのっ! じ、自分で脱げるので……。 それに汚れては申し訳ないし、やっぱりソファがいいですっ!! ―――ソファで、じっくりとお話をしませんかっ? 」
頬を真っ赤に染めながら、俺を見つめるその表情は、必死で押さえていた俺の理性を焼き切るのに充分なものだった。
俺は汚れなんて気にしない。
彼女からもたらされたものなら、喜んで受け入れる。
だが、彼女が寝台ではなく、ソファがいいと言うのなら……。
本当は狭いソファよりも、「じっくり」なら広い寝台の方がいいとは思うのだが……?
まあいい、彼女が望んでいるのならソファの上で、俺の目の前で服を脱いで貰い、じっくり愛し合おうではないか―――。
押さえていた衝動が笑みとなって彼女を捕える。ソファへと再び抱き上げ、俺の膝の上に彼女を座らせると、何やら驚いている彼女に耳打ちする。
「さあ、脱いで? 」
彼女の耳朶からは、彼女独特の香りがして、俺はそれに吸い寄せられるかの様に彼女の首筋に唇を付けた。彼女の柔らかさと、その香りに酔ったかのように俺の不埒な手は、彼女の豊かな双丘を目指す。
頭では、「彼女が服を脱ぐまで我慢だ、俺っ!!」と自身の手を叱咤している。
自分の不埒な手と格闘していると、膝の上の温かさと彼女の香りが突然失われた。
気付けば彼女は「脱ぐのは靴だけですぅ~~~っっ!!」とよく判らない事を叫びながら、ソファ前に置いてあるテーブルを跳び越え、反対側のソファ裏へと行ってしまった。
ソファ裏へ逃げてしまった彼女が、今にも泣きそうな顔をしながら、俺と会話をしたいんだと訴えてくる。なぜだか彼女の身体の事しか見て無かった自分に気付き、少し後悔をした。
―――確かに、今日はまだ彼女と碌に話をしていない。今日だけじゃなくてずっとな気もするが……。
俺と彼女の間に僅かな沈黙が流れた時、どこからか聞き覚えのある音が聞こえてきた。
腹の中が空になり、空腹を訴えている音―――。
かなり小さな音だが、コレは確かに腹の音で間違いない。
向かいで隠れるように俺を見ているココット嬢の顔が、湯気が出てきそうなほど真っ赤になり、その音が彼女から出た物だと納得する。同時に、彼女の恥じらう姿に愛しさも感じる。
……そうか。 もしかしたら、幸福感に酔って何も食べていないのかもしれない。
彼女が話をしたいと言うなら、軽食をつまみながら雰囲気を作りがてら話せばいい。
俺の母もよく「女の子は甘いものを食べれば、幸せな気分になれるのよ?」と言って、甘味を食べていた。
そうだ、今朝彼女の為に作った新作菓子を食べてもらおう。
彼女をイメージして作った、甘く香り高い菓子を―――――。
俺は頷くと、彼女に同意を示した。
「―――そうだね。 今日はまだ、ココット嬢と話をしてないね? 何だか急いてしまって、大人げない……」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!(^^)!
そして、お詫びが……。
一話で終わらせるつもりだったのですが、続いてしまいました(-_-;)
前話のココットの話しの続きが書けませんでした……(T_T)
さて、今回も小話です。何気に続きものですね。
今回も亭主様と筋肉親父の話を読んでみようと思ってくださった寛容な方は、どうぞっ!!
↓↓↓↓
『筋肉親父、亭主様を捜索する。』
クソッ!! あの軟弱野郎がっ!!
思いっきり、膝裏を蹴りやがって!!
―――お陰で厨房にいる野郎共に、『膝かっくん』を見られちまったじゃねぇか!!
今まで生きてきた50年の人生で、あんな大勢の前で見事に膝が落ちたのは初めてだった。皆の驚きと、笑いたいのを堪えている表情が脳裏から離れやしねぇ。
明日からどんな面して皆の前に行けっつうんだよっ!!
……全く、あの軟弱野郎の親の顔が見てみてぇぜ。
***
……畜生がっ!!
軟弱野郎が見つからねぇじゃねぇかよ!
……もしかしたら、アイツ、今日の今日で誓約書を役所に出したんじゃねぇだろうなぁ?!
俺はそう思うと、急きたてられるように力の限り走った。
自分よりも遥かに年下で、自分よりも体格が明らかに細く、軟弱野郎と罵っている男に膝をつかされた悔しさと、愛娘を盗られた悔しさで、おそらく自分の人生で最速の早さで足が動いた。
……火事場の馬鹿脚力ってやつだな。
俺の読みは当たったようで、役所前で上機嫌の軟弱野郎を見つけた。
アイツは俺を見つけると、何だか気味の悪い笑顔で俺の事を呼んだ。
「お義父さん」
その瞬間、俺の中で何かが終わった気がした……。
ただ、俺は役所前だと言うのも忘れて叫んだ。
「――――俺はお前の『お義父さん』じゃねぇぇっっ!! 」