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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第三章 百花繚乱、花の嵐は尽きることなく
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真実は闇に葬るべきですね。

 慌ただしくお父さんが来て、帰った頃にはかなり疲れてしまいました。

 色々と恥ずかしくて……精神的に。

 ……肉体的にもボロボロですが。全身筋肉痛にもかかわらず、お父さんに縋りつくという無茶をしてしまい、身体が悲鳴をあげています。筋肉痛を思い出した瞬間に襲ってきた痛みに、ノックダウンです。

 再びソファに逆戻りです。よろよろです。

 少し前に、お義母様とフィルス君を預かる約束をしたのですが、ヴェルさんの「ココットは今、全身筋肉痛で動けないから明日からで!」という意見を摂り入れて、明日からにしておいて良かったです。ただいまの体力値は限りなくゼロに近いですから。

 ……そんなに調子が悪いのなら、ベットに行ってはどうだろう、ですか?

 いえいえ! 勘弁願いたいです。断固拒否です! ソファで十分です!!

 ヴェルさんが仕事に戻って、身の安全が保障されていたとしても、ベッドで寝るなんて危険行為は出来ませんっ!

 今回ばかりは、お父さん直伝の疲労回復薬を飲むべきですね。でなければ、夜の実家のお手伝いが出来ません。

 ……後で飲む事にしましょう。貯蔵庫に入っていた筈ですから。

 その前に、ひと眠りですね。ご飯時には、起こしてもらえると思いますし。





 ****




 お酒を飲んでほろ酔い気分の皆さんが、お酒の追加をわれ先にと声を大にして叫びます。店内は麦酒の香りと、大皿料理の香りが立ち込め、相変わらずの素敵筋肉のお客様でごった返しています。店の片隅では、ヴェルさんが顔見知りになったという常連さん達とカードに興じ、私が終わるまでの時間をそこで過ごして待っていてくれます。

 いつも騒がしい店内は今日も変わらず騒がしく、昨日はどうして休んだのかと時折聞かれながら、私は給仕を続けました。

 ……たとえ、全身が筋肉痛でも!

 一度仮眠をとったといっても、筋肉痛は直ぐには治まりません。結局、直伝薬も何故か無くなっていて、飲む事が叶わなかったですし、身体中に鎮痛効果のある湿布薬を貼って痛みを誤魔化しての出勤でした。

 


「……ううっ。身体が重いです」



 食堂の営業が終わり、閑散とした店内に私の疲労困憊の声が響きます。

 やはり湿布薬ではあまり効果が見られませんでした。途中から、みかねたお父さんが「帰れ」と言った時に帰れば良かったです。今更後悔しても遅いですが。

 机に突っ伏した私の背を、カイト兄は優しくマッサージしてくれています。よくがんばりましたね、と微笑みながら。

 私の向かいでは、なぜかふてくされているヴェルさんが、頬杖を付きながら悲しそうにこちらを見ています。



「……やっぱり、納得がいかない。ココットのマッサージなら俺がするのに」

「素人が適当にやると、逆に揉み返しで苦しむ事になるのですよ。ココットの為を思うのならば、余計な口出しをせずに控えていなさい。それとも、あなたは妹をまた苦しめたいのですか? 困った亭主様ですねぇ」

「……それは」



 カイト兄は、お父さんから真実を聞いたにもかかわらず、冷たい視線をヴェルさんに向け続けています。あまりに冷たすぎて、お父さんからも一度「妙な疑惑を持たれた挙句に、窓から逃げられるほど避けられてた不憫な奴なんだ。可哀そうだろう」と涙ながらに注意されていた程です。一体、お父さんの頭の中では、ヴェルさんはどうなっているのでしょうか。私の説明が足りなかったのでしょうか。

 カイト兄に、ヴェルさんに冷たいのはどうしてなのかと理由を聞いても「さあ? 姑の気分を味わっているからでしょうか」としか返してくれません。カイト兄は男ですし、普通は小舅と言うべきではないでしょうか。……不思議です。

 ……不思議と言えば、これから寒くなる季節なのに、二人が近寄ると気温が低くなる現象は尚も続いています。単体だと何も変化は無いのに。本当に不思議です。……でも、被害が出る前に何か対策を練るべきですね。




「……ココット、もう少しでバレンが軍に戻るそうです。私もあと少ししかお前の傍に居られません。次に帰って来れるのは何時かもわかりません」



 カイト兄は、私の背を揉む手を止めると、憂いを含んだ長い息を吐きました。

 


「子供だったお前がいつの間にか大人になって、……もしかしたら次に帰って来る時は、新しい甥か姪がごろごろ増えてるかもしれない。……なんて最悪なんでしょう。考えるだけで恐ろしい。お前にそっくりならまだしも、そこのボンクラに似てしまったらと考えると、おちおち軍に帰れません。……いっそのこと軍を辞めてこの街で開業でもしてしまいましょうか」

「カイト兄……?」

「……その方が、いきなり増えている子供を見るよりも、心の準備が出来ていいのかもしれません。あわよくばココットの子供を取り上げる事だって可能ですし。―――そうしましょう! そうすればあの女性を探す時間もとれる。一石二鳥ではないですか。早速、退役辞職願を書かなくては!」



 カイト兄は手を叩くと、名案だと喜びながら店の奥の扉をくぐって、家の方に行ってしまいました。

 後に取り残された私とヴェルさんは、カイト兄の頭に付いていけなくてポカンとするばかり。

 お店の片づけを終えたお父さんに追い出されるまで、私とヴェルさんはあまりの展開に付いていけず、固まっていたようです。


「……歩ける? 背負おうか? 昨日捻った所は大丈夫?」

「大丈夫ですよ軽くひねっただけだったので、治りました。でも、限界が来たらお願いしますね」



 いつもより遅くなったために、誰も歩いてない夜道を二人でゆっくり歩き始めました。

 月明かりに照らされるヴェルさんの顔を見て、そういえば、と不意に思いだした事がありました。


「どうしてお父さんが手を出そうとした時に、何もしなかったのですか?」


 普通は避けようとするなりすると思いますが。

 あの時、ヴェルさんは抵抗もせずに、ただ立ってお父さんの拳を受け入れようとしていたように見えました。


「……勘違いしてるのを気付かなかったとはいえ、君を悲しませて泣かせたから。一回くらいは殴られてもいいかなと思って」

「そんな、こと」

「そんなことじゃない。君が俺のせいで泣くのは、俺の人生にとって重大な事なんだ。涙一つでって言われるかもしれないけど、……それだけココットを想ってるんだ」


 

 足を止めて振り返ったヴェルさんは、月明かりでも判るほどに真っ赤な顔になっていて、聞いているこちらまで恥ずかしくなるほどでした。

 二人して街頭で真っ赤になっている様子は、たまに通る人たちから生温かい視線を受けたのでした。

 それから私たちは、カイト兄について話しました。初めはカイト兄の人となりを話していたのですが、いつしか話題は先ほどのカイト兄の言葉に移っていました。


「……ところで、カイトさんが探してる女性って、あの人とどんな関係なのかな?」



 ヴェルさんのその言葉に、ざりっと石を踏んで私の足が止まりました。

 怪訝に思ったのか、前を歩いていたヴェルさんが立ち止まり、振り返ると私の顔を窺うようにのぞき込みました。


 ……探してる女性って、女装したヴェルさんですよね。

 ……正直に言っては不味いですよね?!


 胸の前で両手を握り、下を向いて考えます。

 頭上からは、ヴェルさんが不安げに私の名を呼んでいます。


 ……どう言えばいいのでしょう。

 ……マイルドに言えば、気付かれないでしょうか……?



「カイト兄の想い人だそうです。とても綺麗な方で、一目ぼれしてしまったと聞いています。でも、一度見たっきり行方がわからなくて、長い事探しているみたいですよ」

「……ふぅん? 俺が探してあげようか? 多分見つかると思うし」

「―――いえいえいえっ! けっ、結構です!! 滅相も無いですっ」



 ……探し人なら、当人が知らないだけで、もう見つかってますからっ!

 ……それに、ヴェルさんが探したら、私が黙ってる意味がないですからっ!

 ……真実が見つかった途端、カイト兄もヴェルさんも、両者が不幸になりますからっ!!

 ―――この秘密は、墓場まで持って行く所存ですからっ!!



 全力を以て拒否する私に不満げな顔を見せながら、ヴェルさんは私の手を引いて再び歩き出しました。

 

「……なんだか、今日の君は俺を拒否してばかりだ。寂しいな」

「えっ? ……たしかに。思い返せばそうですね」

「じゃあ、次は拒否しないでくれるね?」

「……? はい」


 振り返ったヴェルさんは、とても意地悪な顔をしていました。

 何かを企むような、それでいて楽しいという、そんな表情をしています。

 ……昨日も見たような表情ですね。

 私の考えが当たったのか、その直ぐ後にヴェルさんが私の耳元にキスをして囁いたのは、やぱりヴェルさんは少し意地悪だと思える言葉でした。

 私が拒否しないと言った為に、断れないと知って告げた言葉です。



『―――じゃあ、今日こそは癒してよ。ずっと、君に触れたかった。思う存分、抱きしめたかったんだ』

 



 

 

次回、ラストです!

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