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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第三章 百花繚乱、花の嵐は尽きることなく
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女神様は魚好きっ?!

 鍵がかかっていたはずの扉が静かに開いて、そこから現れた方の姿に驚くと同時に、魅入ってしまいました。

 自分が今、どのような体勢だったかを忘れる程に。 

 自分の目の前に、誰がいるかを忘れる程に。

 それほどに衝撃的だったのです。


 まず、はじめに目が行ったのは、長い金の髪を一つに纏め上げて大小の豪華な飾りを付けた頭。たくさんある中でもひときわ目が行くのが、側頭部にある、シャラシャラと涼しげな音を出す装飾。揺れる度に響く音と反射する光は、見ている者の耳と目を楽しませます。

 次に目が行ったのは、その豪華な頭が気にならなくなるほどの美貌。印象的なのは、やはり顔の中心に位置する、やや切れ長の目と高すぎない形のよい鼻梁。個々のパーツが絶妙なバランスで組み合わさって、パーツが映えるように施された化粧もあってか、人間とは思えないような神々しささえ感じます。


 ……女神様です。

 ……女神様の降臨ですかっ?!

 でも、この顔はよく見ると、どことなくヴェルさんに似ている様な……?

 髪が長かった頃のヴェルさんに、お化粧と髪を整えれば、こんな感じになるのではないでしょうか。

 今でもつけ毛を付けて女装させてみれば、このような感じになるかもしれませんね。

 ……やってみたい気がしないでもないです。

 


 あまりに見つめすぎて目があった瞬間、こちらの脳髄に電気が走るような笑みを返されました。

 翡翠の瞳を縁取る金の睫をふるりと揺らせ、赤く紅を引いた唇は妖艶に弧を描き、その方はヒールの音を鳴らせてこちらに近づくと、寝ころぶソファの前に来てジッと私を見降ろしました。

 目の前で見る女神様は壮観です。

 豊かな胸は、女神様が動くと己を主張するかのように揺れ動き、女の私でさえ、見ていると顔が熱くなってきます。 ……同性さえも魅了するなんて、さすが女神様ですね!

 身体の線も細く、その腰なんて私でも折れそうなほど細いです。内臓はどこにあるのですか? と聞きたいほどです。正直羨ましいです。


 女神様は、穴があくほど見つめ続ける私に呆れたのでしょうか。私を見降ろしながら整った柳眉を顰めると、妖艶な口元をヘの字に歪ませました。

 ―――なんて事でしょう、美しい女神様の顔が崩れてしまいました……っ!

 見惚れすぎて、女神様から不興を買ってしまったようです。

 しかし、私のそんな考えは杞憂だったようで、女神様はヴェルさんの頭を白魚の様な細い指で叩くと、再び腰に手を当てて胸をぼよんと突き出しました。



「……バカ息子筆頭。扉に鍵を掛けて、自分の嫁と乳繰り合ってるなんて随分なお出迎えじゃない? 忙しい私を呼びだしたのはアンタでしょうに」

「…………別に呼んでないけど? バレンにフィルスを返してこいって頼んだだけだよ。第一、忙しいって言ってても、大したことじゃないだろう。市場に入荷した新種の食材を見たいだけだろうし」

「呼び出したも同然でしょう。市場は幼児の出入りが禁止なのよ! ……今日こそは新種の大型魚が入荷するって聞いてから楽しみにしてたのに! タコの顔をした大型魚よ? 珍しいでしょう?! これを見ずして何を見るというのかしら」


 

 女神様は秀麗な神々しさを纏いながらも、呆れるヴェルさんを見ながら両手を握りしめ、新種のタコ顔大型魚について熱弁を奮いました。

 その魚がいかに珍しく入手が困難なものなのかを、女神様が身ぶり手ぶりで説明する姿は、どこか私の父が筋肉について語る姿を彷彿とさせます。 

 ……女神様は、魚がお好きなのでしょうか。

 話を聞いている限り、ゲテモノ魚な気がしてならないのですが……。

 あまりの剣幕と、女神様の美貌に呆けていた私ですが、私の耳元にヴェルさんの大きな溜息が触れた事で、自分が今どのような体勢で女神様の前に居るのかを思い出しました。

 ここはソファで、しかもヴェルさんは私に圧し掛かってて―――……。

 傍から見たら、これは宜しい状態ではありません。あまりの恥ずかしさに、瞬間沸騰させたかのように私の顔に熱が集まります。



「―――ヴェルさんっ。め、女神様の前ですっ! 退いてくださいっ!!」

「え……っ?!」



 筋肉痛でぎちぎちの身体ですが、渾身の力を出してヴェルさんを突き飛ばすと、彼はソファから滑り落ちて女神様の足元に尻もちをついてしまいました。

 痛い、とヴェルさんが腰を擦りながらソファに手をついて立ち上がると、私に潤んだ目を向けてきました。くぅん、と犬の鳴き声が聞こえてきそうです。

 そんな顔をされては、流石に罪悪感が込み上げてきますね。私は乱れた胸元を掴みながら、ヴェルさんに謝ろうと口を開きました。



「ごめ……」

「ふっ、ふふふ。うふふふ……っ! ヴェル、アンタのお嫁さんって正直者なのね? 私の事、女神様ですって。……正直な子って大好きなの。気に入ったわ! この子を頂戴?」

「―――母さんっ!」


 女神様は私の声を遮る様に高らかに笑うと、慌てるヴェルさんの制止を振り切って私の腕を掴みました。

 目を細めて私に近付く女神様の神々しいお顔に、女神様の様に豊かでない私の胸が、どこどこと太鼓を叩いています。まるで、少しお歳を召したヴェルさんに見つめられているようで、目が逸らせません。

 ですが、先ほどヴェルさんが女神様を呼んだ呼称が、私に顔を近づけて間近で微笑む女神様に、少しの疑問を抱かせました。

 ……ヴェルさんは先ほど、女神様に対して何と言っていたでしょうか。

 確か、……『母さん』と聞こえた気がするのですが。

 


「母さんっ。ココットは物じゃないんだ。渡すわけないだろう! ……大体、何しに帰ってきたんだよ」



 ……『母さん』と言いましたね?!

 と、言う事は……、女神様は、私にとってのお義母さまっ?! 

 お義母さまの前で私とした事が、なんて恥ずかしい行為を……っ!

 あまりの恥ずかしさにソファに突っ伏したくなりました。

 女神様―――もとい、お義母さま―――は、そんな私の状況に気付かずに、ヴェルさんの鼻先に指を突き出しています。もちろん、片方の手を細い腰に当てて、豊かな胸をぼよんとたゆたせて。



「冗談に決まってるじゃないの。物わかりの悪い子ねぇ。誰に似たのかしら。……フィルスをここに返しにきたのよ。市場の期間が終わるまで、預かりなさいね?」

「―――嫌だ! 断るっ!!」


 ヴェルさんの言葉に、お義母さまの眉がピクリと動きました。同時に目を細めると、彼の鼻先に突きつけていた指を、今度は二本に増やしてヴェルさんの形のよい鼻を抓み上げました。

 白魚の様な細い指には力があるようには見えないのですが、かなり痛いのか、ヴェルさんの潤んだ目が、涙目になってしまいました。

 

「―――いたたたたっ! 痛いっ!」

「……聞き分けの悪い子ねぇ。……ね、ココットちゃん? あなたはフィルスを預かってくれるかしら? フィルスの事を随分可愛がってくれたのよね。もう暫くだけ預かって欲しいのよ。市場の巨大魚展が終わるまででいいから」



 ヴェルさんの鼻を抓みながら、ニコニコと笑うお義母さま。

 ……断ったら、私もその指の餌食になるのでしょうか?!

 フィルス君とは、また会いたいと思っていたので断る気は毛頭ないですが。


「……ぜひ預からせてください。フィルス君を見ていると幸せな気分になりますから」

「まあっ! いいの?! いいのね?! 前言撤回は認めないわよっ!」


 私の言葉が嬉しかったのか、お義母さまはヴェルさんの鼻を離して、今度は腰をかがめてソファに座る私の手を、やんわりと包みこみました。

 そのあまりの嬉しそうな表情に、私の心がほっこりと温かくなります。


「撤回しませんから、安心して市場に行ってきてください。……でも、終わったら一つだけお願い事をしてもいいですか?」

「――――――願い事なら俺が……」



 赤くなった鼻を押さえたヴェルさんが、床に座りながら私に向き直りましたが、私は首を振りました。

 ヴェルさんにお願いしたら意味がないのです。 

 こればかりは、お義母さまに聞くのが一番だと思うのです。

 ヴェルさんを見てきたお母様にだから、聞いてみたいのです。

 


「いいわよ。何でも言ってちょうだい。今までフィルスを預かってくれたのだから、今からだって聞いてあげるわよ。希少動物の捕獲だって、山ほどの宝石だって集めてあげるから! 私に不可能なんてないのだから。おほほほほっ!!」

「……いいえ。希少動物も、山ほどの宝石も要りません。私は――――……」



 近づいたお義母さまの形のよい耳に、そっと囁きました。

 耳飾りに付く鈴の音に混ざった私の願い事を聞き届けたお義母さまは、私に柔らかい微笑みを見せると、神々しい美貌に興奮して赤くなった私の頬にキスを一つ落としました。



「―――あっ! 母さんっ」

「なんて可愛い子かしらっ! ヴェルには勿体ないわっ!! ……ココットちゃん。一つだけじゃなくて、たくさん教えてあげるわ! あなたが知りたい事全部ね」

「はいっ。ありがとうございますっ! 楽しみにしてます!」



 その後、フィルス君を私に預けたお義母さまは、上機嫌で『うさぎ亭』を後にしました。

 それはもう神々しい程の笑顔を振りまきながら。

 そして、私はヴェルさんに、お義母さんにお願いした事を散々聞かれたのでした。



「……何を頼んだのかな? 俺にだって、お願い事なんて可愛い事してくれた事無いのに」

「ふふっ。……言えません」


 ヴェルさんには聞けない事だからですよ。

 だって、私が聞きたいのは、ヴェルさんの小さなころの事ですから。

 フィルス君が私の前に現れてから、ずっと気になっていたのです。

 ヴェルさんは、どんな子供だったのか。

 ヴェルさんは、どんな風に育ったのか。


 『―――好きだからこそ、その人の事が貪欲にも知りたくなる』


 昔、『恋の種』の話をしていた友達が、そんな事を言っていたのを不意に思いだしました。その通りですね。

 好きだからこそ、生まれた時から私と出会うまでのヴェルさんを知りたいのです。


 



 



 

次回、筋肉親父が久々に登場っ! (笑)

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