罪を償うのは、罰ですね。
押し倒されそうな程の甘い雰囲気を漂わせるヴェルさんを何とか説き伏せて、足の治療のためにお店の中まで運んでもらいました。
どんな運び方だったのかは、御想像におまかせします。
……えっ? 気になる?
そうですか。
お姫様抱っこです。今回で何度目なんでしょうか。運ぶ格好もさることながら、私たちの姿は悶絶するほどに恥ずかしかったです。お店の従業員さん方が生温かい視線を送るくらいに。裏口の窓ガラスに映るその姿を見た時は、あまりの恥ずかしさにヴェルさんの腕の中で気絶したくなりました。
心なしか乱れた胸元、吸われすぎて真っ赤になった唇、潤んだ瞳。ヴェルさんの服には一点の乱れも無いですが、後の二点は私と同じです。
私達を見た従業員の皆さんが何を考えているのか、その温か過ぎる視線のお陰で手に取る様に解ります。
……たしかに押し倒されそうになりましたが。
―――でも、未遂ですからっ!
誰かにすれ違う度に漂う温い視線。私の羞恥心は限界です。頭から湯気が出てきそうです。
そもそも、ヴェルさんが私を運ぶ体勢がいけないのです。片足が痛いだけなので、何も運んでもらわなくても、肩さえ貸してもらえれば歩けるのです。
歩けなくても、ケンケンという素晴らしい方法があるのです!
ケンケンって知ってますか? ケンケンパッのケンケンです。片足で跳びながら移動するアレですよ!
廊下はもちろん、階段でさえも手すりと体力さえあれば移動できる万能移動方法ですよ!
手すり代わりに、ヴェルさんの肩を貸してもらえればこんなに恥ずかしい思いをしなくてもいいのです。
今さっき通りすがった従業員さんの温い視線が痛いです。痛すぎます。
ああっ。あそこにも見ている方がぁっ!
そここに生温かい視線を送ってくれる従業員さんがいることに気付いた私は、ヴェルさんの首に回す腕に力をこめて更に彼に密着すると、その首筋に真っ赤になった自分の顔を埋めながらお願いしてみる事にしました。
降ろしてください、と。
「……ヴェルさん、もう我慢できません」
―――この視線にっ。
明日からどんな顔をして皆さんに会えばいいのですかっ!
足の治療なら、自分でケンケンして行けますからっ!!
だから降ろしてくださいと口にしようと彼の目を見た瞬間、何故かヴェルさんがビクリと立ち止まり、一拍間を置くと、これまた何故かニッコリと笑いました。
「……ココットがそれでいいのなら、俺は構わないけれど。いや。寧ろその方が嬉しい」
……えっ?
何がいいのですか? 嬉しいって何が?
話が繋がってませんが……?
―――ちょっ! なぜ頬にキスをするんです?!
どうしてヴェルさんの頬が、ほんのり赤くなってるんですか?!
怪我の治療しに居間に向かうんじゃないんですかっ?! そっちは寝室ですよっ?!
今はまだお昼ですよっ。真昼間から何をするつもりなんですかっ?!
一言足りない私の言葉のせいで勘違いしたヴェルさんを留めるのに、随分と体力を消耗してしまいました。言葉って大切ですね。しみじみと実感しました。
本日、……とはいっても今はまだお昼ですが、この半日の運動量が凄まじかったせいか、とても疲れました。小高い山に登った時くらいに疲れました。心なしか眠いです。
居間の椅子に座って、足に湿布を当ててくれているヴェルさんのつむじを見ながら、はぁ、と小さな溜息ともとれる欠伸が止まりません。
「はぁ……。寝台に行きたいです」
「―――えっ?!」
何の気なしに呟いた一言に反応して、弾かれたように私を見上げるヴェルさんの顔は何故か期待に満ち満ちていて、そこで気付きました。またやってしまった、と。
「……ちっ、ちち違いますからっ! 疲れたので、眠くて寝台に横になりたいって意味ですからっ!!」
「なんだ。……残念」
苦笑いを浮かべたヴェルさんは、実に残念そうに私の足に包帯を巻いてくれました。
……背後に頭と耳を垂れた子犬の幻影を漂わせて。
何度その子犬に手を差し伸べようと思った事か。流されなかった私を褒めてくださいっ。
*****
怪我の治療も終わり、ひとしきり今までの事をヴェルさんに謝罪してお互いのわだかまりが取れた後、マルスさんが居間の扉を開けました。
居間の椅子で寛ぐ私の姿を見るなり、ホッとした顔を浮かべて「ここに居たのか」とこちらに歩み寄りました。
この寛ぎスタイルに何も言わないマルスさんには感服ですね。ですが、「それは寝室でやれ」と、一言突っ込んで欲しかったです。
何も突っ込まれないのは逆に恥ずかしいですね。
じわじわと恥ずかしさが込み上げてきますし、この体勢の止めどころを逃してしまった感じがします。
ああ、恥ずかしがっている場合ではないですね! マルスさんは忙しいのに私を探してくれていたのですから、巻き込んでしまった謝罪をしなくては。
「マルスさん、あの。その。……忙しいのに、山狩りさせてごめんなさい」
「山狩りはやってねぇけど、いいってことよっ! 気にすんな。……ところでよ、嬢ちゃん何やってんだ?」
「えっ?! いや、これは……あの、膝枕? です」
「眠いって言ってたから」
「…………普通は逆じゃねえか? 固くて寝られねぇだろ」
マルスさんの言いたい事はごもっともです。普通は女性が男性に膝を貸すのですよね。ぽかぽかと陽の入る縁側で、膝枕で耳かきは定番ですね。
男性の膝は固くて寝心地が悪いと聞きますが、そんな事はないです。適度に柔らかみがありますし、高すぎず低すぎない適度な高さなのです。
「……そんな事はないですよ。気持ちいい脚です。……ヴェルさん、もう少し寝ていたい気持ちはあるのですが、そろそろ離してもらえたら嬉しいのですが」
……そうなんです。
マルスさんが来ても私が膝枕をやめれない理由があるのです。こんな恥ずかしくても、マルスさんの前で膝枕をし続ける理由がっ!
少し恨みがましい視線をヴェルさんに送ると、彼は私の表情が面白いと言わんばかりに、その薄く整った口を弧に描きました。
「何で? 俺はまだ満足してないけど」
「……うっ! まだ続けるのですね」
「そう。そんなに簡単にやめたら罰じゃないよね?」
そうなのです。この膝枕は、眠いと言った私に課せられた罰なのです。
ヴェルさんと交わした『バレンさんと二人にならない』という約束を破ったので、ヴェルさんが満足するまで私が彼の膝枕で寝ると言う、恥ずかしすぎる罰なのです。
……せめて誰かに見られたら辞めるという特約をお願いしておけばよかったです。
……ヴェルさんがこんなに意地悪だったとは知りませんでした。
私は、マルスさんが退室した直ぐ後に来たアンナさんが止めてくれるまで、この羞恥に耐えたのでした。




