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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第三章 百花繚乱、花の嵐は尽きることなく
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初めての出会いと再会ですっ。

 ヴェルさんとケンカをして、悔恨の念に苛まれ謝りに帰ろうとした時に、仕事上の関係者を連れた懐かしい人に会いました。

 その懐かしい人は軍医をしていて、めったにこの町に帰ってくる事は無く、ばったり会えたのは奇跡に等しいのかもしれません。 

 そんな懐かしい人と話をしていた時です。いきなり背後から腕を引かれました。

 何年かぶりに会った懐かしい人は、後ろに引かれる私を見て零れ落ちんばかりに目を見開き、私を助けるように腕を伸ばしました。

 後ろから羽交い絞めされるように抱きしめられ、嗅ぎ慣れた香りが私の鼻腔をくすぐると同時に、先ほどまで話していた懐かしい人が、向かいから私の腕を引っ張ります。


「―――不審者、その手を離しなさい。私の可愛いココットが穢れます」

「誘拐犯。お前こそ、その手を離せ。公衆の面前で誘拐なんていい度胸じゃないか」


 私の前と後ろから『不審者』や『誘拐犯』と、物騒な音が耳に響きます。 

 なにやら頭上で熱い火花が散っているのが見える気がします。バチバチと。そのうち、その火花が私の髪に燃え移るのではないかと心配です。

 ヴェルさんと懐かしい人は、私を使っての綱引きならぬ、人引きを始めました。



 ヴェルさん、正直に言ってもいいでしょうか。口に出すのはさすがに憚れるので、心の中でですが。

 ―――暑苦しいですっ!

 あなたに抱きしめられるのは好きなんですが、とても心地よいのですが……。

 この真夏の炎天下で、音が出そうな程ぎゅうぎゅうに抱きつくのは暑いです。それに何より、しめすぎて苦しいです!華奢に見えて実は腕力のある腕が、私の喉に当たっているのです!

 巨大蛇に捕食される獲物の心境を、直に味わっている気分です。

 もう少しで落ちそうです。ダウンです。ダウン。

 


「不審者、可愛いココットが落ちそうになっているじゃないですか。即刻その手を離しなさい。さもなくば、その手を切り落としますよ。―――バレン、短剣を街中で使う事を許可します。構えなさい」

 

 懐かしい人は私がダウンしそうなのを察知して、空いているもう片方の手を挙げて後方にいる男性を呼びました。

 それを受けた男性が、一歩前に進み出て私の後方を見た瞬間、私を絞めていたヴェルさんの腕が緩みました。ヴェルさんは何かに動揺した様子です。

 そんなヴェルさんと相対するバレンと呼ばれた男性は、人懐っこい笑みを浮かべながらこちらを見ていますが、ヴェルさんは動揺を抑えきれない様子でわなわなといった感じで震えています。


「―――んなっ!? バレン? お前とうとう軍隊から逃げ出してきたのか! 挙句の果てには誘拐犯の一味とは……。いくら行くあてが無かったとはいえ、犯罪者に成り下がるとは」

「……おや? バレンのお知り合いでしたか。知り合いに引導を渡してもらえて良かったですね? 不審者さん。ですがね、即刻ココットに触れているその手を離すのならば、引導を渡すのを止めてあげます」

「犯罪者に成り下がった弟を警吏に突き出すのも兄の役目だな」


 震えるヴェルさんの声と腕で、彼がとても衝撃を受けている事が解ります。

 おそらく、私の背後で青ざめている事でしょう。

 ですが、話が噛み合っていないのは気のせいでしょうか?

 目の前の敬語で話す懐かしい人は、誘拐犯なんかではありません。 

 そういえば、まだ各々に紹介をしていなかったですね。 

 

 

「あ……あのヴェルさん。こちらの方は誘拐犯ではなくてですね……ずっと城仕えで帰ってこなかった上の兄なんです。カイト兄も、彼は不審者なんかじゃないです! 私の亭主様なんです!! だからヴェルさんの腕を切り落とすなんて物騒な事は絶対にダメです! ヴェルさんも、弟さんを警吏に突き出す必要はありません」


 後半は妙に力が入って旦那様と紹介すべきところを亭主様と言い間違えてしまったのですが、兄とヴェルさんの腕が離れて綱引きならぬ人引きが終わったので、よしとしましょう。

 心の中で亭主様と呼んでいると、とっさの時に口に出てしまうものなんですね。

 皆さんがその部分を聞き流してくれているのなら、あえて訂正はしないでおきましょう。妙なツッコミをされると困りますからね。


 

「―――亭主様……なんですかその卑猥な響きは。まるで楼閣亭主と遊女のよう」

「ココット。……『私の亭主様』じゃなくて、そこは『私のヴェル』と言ってもらえると尚嬉しいんだけど」

「兄さん、嫁に亭主様なんて言わせてんの? うっわー、恥ずかしい奴」


 私が痛いほどに握られていた腕を見ながら、人引きから解放された安堵の息を吐くと同時に、三人の声が頭上から降ってきました。

 声と同時にヴェルさんは柔らかく抱きついてきて、それに驚いて首をひねって見上げるとヴェルさんの蕩けそうな笑顔が視界いっぱいに広がりました。今までに何度も見た幸せ全開の笑顔です。

 何度見ても身惚れる程綺麗な笑顔だと思います。

 ……人前で無ければ。

 今この場には、私たち二人だけじゃなくて、周囲を通り過ぎる街の人たちや、不安げに私のスカートの裾を握っているフィルス君とカイト兄とバレンと呼ばれたヴェルさんの弟さんが……。

 おとうとさんが……。

 弟……?

 ―――弟さんっ!!

 まあ、なんて事でしょうっ!!

 私とした事が、義理の弟さんにご挨拶をしておりませんでした!

 なんて失態っ!


「バ、バババ、バレンさんっ!」

「は、はいっ!」



 あまりの剣幕だったのでしょう。バレンさんはこの辺りでは珍しい薄茶の瞳を見開き、点呼の返事をするように声をあげると背筋を伸ばしました。ピシと音が出そうな程の姿勢で私を見降ろしています。

 なんだか軍曹になった気分ですね。

 ヴェルさんに抱きしめられながら、兄の斜め後ろにいるバレンさんを見上げます。

 バレンさんの容姿は、ヴェルさんを子犬に例えるのならば、バレンさんはリスでしょうか。茶色の可愛い目が印象的な動物。

 ヴェルさんが美人系ならば、バレンさんは可愛系。

 フリルがふんだんに使われたドレスがよく似合いそうですね。ああでも、年齢的にフリルは不味いですね。どう見積もっても成人はとっくに超えてそうですし。

 ……思考が脱線してしましましたね。

 ご挨拶をするんでした。



「御挨拶が遅くなり申し訳ないです。私はココットといいます。少し前にヴェルさんと結婚しました」

「うん、その話は聞いてる。あなたがあまりに可愛いから、兄さんが全部すっ飛ばして結婚に持って行ったってマルスの手紙に書いてあった。あり得ない話だと思ってたけど、あなたを目にしたらそれが本当の事だって解ったよ」

 

 バレンさんは私の手を取ると、何気ないしぐさの一つの様に私の手の甲に口づけました。

 そして、上目遣いで私を見上げて口を開きました。


「―――よろしくね?」



 なんだか以前にも同じような事をヴェルさんにされた記憶があるのですが……。

 その時は、手の甲ではなくて手の平だったのですが。 

 さすが兄弟ですね。やる事が同じだなんて。

 そんな私の思考を破る様に、兄とヴェルさんが声を揃えました。


「「断るっ!!」」

「ええーっ?! なんでだよ」

「バレン? それ以上ココットに触れているのならば、あなたに新薬を飲ませますよ? 男の矜持を踏みにじって不能にする薬を」

「何でそんなものを作ってるんだよ! ちゃんと仕事しろよ軍医だろあんたは。それに、兄さん! なんだよその長い枝は。そんなに距離を取らなくてもいいじゃんか」

「これ以上、彼女に近づくな! 触れるな!」

「ひでぇ! 人を病原菌か何かみたいに……。ココットも兄さんを止めてくれよー」

「「お前が呼び捨てをするなっ!!」」



 その賑やかな会話は、フィルス君が空腹を訴えるまで続きました。





 


 

 

いつもの事ですが、サブタイトルと内容が全くあっていませんね^_^;



今回は新キャラの名前について。

書いとかないと忘れてしまうものですから……(>_<)

そろそろ登場人物紹介を書かないと、私自身がキャラの名前を忘れてヤバくなりそうです。


亭主様の弟。バレンは、ballen『蹠球(しゃっきゅう)』の意味を持ちます。肉球のイメージでこの名前に(笑)


ココットの兄。カイトは、Gemütlichkeit 家庭的な意味をもつこの単語を略して最後だけ使いました。


※二つともドイツ語だったかなと記憶してます。



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