家族計画は計画的にっ?!
間章では溺愛モードで……(笑)
「ああっ! 可愛いですっ! ヴェルさん見てください、この小さなてのひら。それに、この髪の色はパパそっくりだと思いませんか?」
腕の中にすっぽりと収まっている生まれたばかりの命の重みに、私の口元は緩まってしょうがないです。
小枝の様な手足に、逆立った柔らかな産毛。
今現在閉じたままの瞳は時折開くと翡翠の美しい輝きを放ち、生まれて間もない肌は少し赤茶けていて、少し黄味がかっています。
椅子に座り幸福感に浸りながら小さな身体をそっと抱きしめ、その小さな口にミルクを含ませている私を、ヴェルさんは柔らかな視線で見つめています。
「……どうかな? ああでも、この鼻の形は君にそっくりだと思うよ」
「そうですか? じゃあ、この子のおじいちゃんかおばあちゃんに似たんですね! ふふっ」
ヴェルさんと私と、生まれたばかりの赤ちゃんの周りには、小春日和の様な温かな雰囲気が流れています。
しかし、そんな雰囲気の中、申し訳なさそうな声が私達にかけられました。
「……あのぉ。……その子、私が産んだんだけど? 誰も私に似てるって言ってくれないのは、何でかなぁ?」
「ア、アマレットちゃん。そんな、ごめんなさい! この健康的な肌色と、爪の形なんてそっくりじゃないですか? ねっ? ヴェルさん!!」
「え? ああ!! 爪の形はどうかわからないけど、確かに肌色は似てるね。男らしい健康的な色だと思う」
慌てる私達を胡乱な瞳で見つめた後、「まあいいわ」と腰を擦りながら寝台に横になるアマレットちゃん。
三日ほど前に出産した事もあり、立ったり座ったりすると、腰が割れるほどに痛いのだそうです。
夜泣きが激しいらしく、夜はあまり眠っていない様子のアマレットちゃんを気遣い、父と兄が私に「昼間だけ彼女の手伝いをしてくれ」と頼んできたのです。
三日も新生児のお世話を手伝うと、オシメの替え方やミルクの飲ませ方も身についてきた感じです。最初は失敗ばかりでしたが、今はオシメの替え方はマスターしたと言っても過言ではありません!
ザ・オシメマスターとでも呼んでください!
ミルクを飲み終わり、私の背で大きなげっぷも出した可愛い甥は、アマレットちゃんの隣でウトウトとし始めました。
甥の瞼がゆっくりと落ちていくその様は、見ている私が身悶えするほどに可愛いのです。
片手はアマレットちゃんの指を掴み、それに安心した様子で瞳を閉じるその顔は、まさに天使と言えるでしょう。
夢の世界へと旅立った甥を見たアマレットちゃんは、妙に意地悪な顔をして私達の方へと視線をずらしました。
「そんなに子供が欲しいなら、早く作ったら? 自分の子供なら、きっと一層可愛いわよ」
「―――なっ! ななな何を言って……っ!!」
「……? 恥ずかしがる事無いんじゃないの? 結婚してるんだし問題ないでしょうが。……それとも、もう出来てたりして。そこんとこどうなのかしらね、リウヴェルさん? ムフフッ!」
「どうだろう。その可能性は無きにしも非ず、かな」
子供。赤ちゃん。
確かに憧れています。
いつか、ヴェルさん似の可愛い子を、この腕に抱きたいです。
ひよ子みたいな金の髪に、優しさを浮かべる翡翠の瞳。……是非ともミニチュアなヴェルさん希望です。
……でも、ですね。
赤ちゃんを授かると言う事は、あんな事やこんな事をしているという前提であって。……いえ、否定はできませんが。
―――人から言われると、無性に恥ずかしいと感じるのは気のせいでしょうか?
実家から『うさぎ亭』への帰り道、いつもはヴェルさんと手を繋いで談笑しながら帰るのですが、今日は無言です。
さっきのアマレットちゃんの言葉が原因でケンカをした訳ではないですよ?
実家から出る時にも、ヴェルさんは微笑みながら手を差し出してくれましたし。
……それを拒んでしまったのは、私です。
しかし、今のヴェルさんの顔を見ると凄く後悔の念が押し寄せてきます。
差し出された手を拒んだ時のヴェルさんは、とても悲しそうで、今にも泣き出しそうな顔をしていました。
今も微妙な距離を開けながら隣を歩くヴェルさんは、泣きだしそうでもあるのですが、ぼんやりとしていて、実は何度も街路樹にぶつかっているのです。
服にはいたるところに木くずが付き、髪には葉っぱが付いていますが、全く気付いていない様子。
……魂ここに在らず、な状態ですね。
そんな状態にしたのはもちろん私自身。
罪悪感に押しつぶされそうです。
ここは勇気を出して、『アマレットちゃんの言葉が恥ずかしかった』と謝る事にしましょう!
「……ごめん」
口を開きかけた途端、ヴェルさんの耳に心地よい低音が響きました。
「―――ごめん。俺が、君の気に障る事をしたんだよね? 何をしたのか記憶に無いんだけど、触れられるのが嫌な程の事を……っ!」
「えっ? そんな事……」
―――無いです。むしろ逆です。そう言おうと思ったのですが、悲壮感を漂わせたヴェルさんの口は止まりません。
「謝るから嫌わないで欲しいんだ。君に嫌われたら、俺は……、俺は―――っ」
拳を握り、肩を震わせて今にも泣きそうな表情を浮かべています。
普段の大人の余裕を持つヴェルさんも好きですが、時折、彼が勘違いした時に見せる、この寂しがる子犬の様な表情は別格です。
母性本能を思いっきりくすぐってくれます。
無性に抱きしめたくなり、手がワキワキしてしまいます。
ヴェルさんはどうやら、実家を出る時に手を払ったのは、私が怒っていると勘違いしている様子です。
恥ずかしかっただけ、と早く訂正しなければと思うのですが、なかなかヴェルさんの言葉は止まりません。
頬を真っ赤に染め変えるほどの言葉の羅列が、耳を通り過ぎていきます。
街ゆく皆さんも、何故か立ち止まり事の成り行きを見守っている様子。
「……君がいなかったら、俺は生きていけない! ―――ココット、俺を捨てないでくれ!」
最後の一言を伝えるヴェルさんは私の手を握りしめ、綺麗な翡翠に涙を浮かべていました。
街ゆく人たちの視線が、私に移ったのがわかります。
遠巻きに「ゆるしてやれ」と言った声まで聞こえてくる程に、ヴェルさんの言葉は皆さんの心を捕えた様です。
ヴェルさんの、捨てられそうな子犬みたいな表情はとても危険です。
真っ直ぐに見つめる彼が愛おしくて、母性本能が爆発してしまうじゃないですか!
街ゆく皆さんの前なのに―――、
必死に止めていた手が、温かく包みこむヴェルさんの手を振り払い、彼の背に回ってしまったじゃないですかっ!!
街ゆく皆さんが、抱き合う私達を見て、指笛口笛拍手喝采してるじゃないですかっ!!
「―――誤解です……っ! ヴェルさんの事が大好きです。ただ、恥ずかしかっただけなんです」
「はぁっ?」
素っ頓狂な声を出して、驚くヴェルさん。
「赤ちゃんの事を話すアマレットちゃんの言葉が、恥ずかしくってヴェルさんの顔を見れなかったんです! ごめんなさいっ!」
「……なんだ」
「いつか、ヴェルさんによく似た赤ちゃんが欲しいです! たくさん欲しいです!」
「―――え?」
「まずは男の子で、次は女の子で……」
止まらない家族計画に、ヴェルさんの顔がみるみる間に赤くなっていきました。
終わりを見せない私の言葉に、珍しくも茹でダコの顔色を浮かべています。
ヴェルさんが現在の状況を把握し、私を『うさぎ亭』に連れ帰るまでの間、白熱した私の家族計画は衆人環視の見守る中繰り広げられる事となりました。
そして、暫くの間、街中で生温かい視線を向けられる事となったのは余談です。




