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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第二章 種を育てた末に
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恋の種は目に見えません 3

 三度目の出会いは、偶然の再会から三年後でした。

 ちょうど五年制の学習院を卒業した年でしたから。ええと、十八の時です。



 あの日は両親から、兄の筋肉特訓を止めて店に連れ来てと、家を追い出されたのです。

 河原で夕日に染まりながら車輪を曳いていた兄を発見して、声を掛けたのですが「もうちょい」の一言だけで、一向に帰る気配がありませんでした。

 仕方なく河川敷の草むらに座り込み、兄の特訓を目で追いながら、時間だけが過ぎるのを待っていました。

 どの位待っていたのでしょうか。夕日が月に変わった頃、不意に声を掛けられたのです。



「―――……あれ? 君は……。こんな場所で何をしているの? 」



 後方を振り向くと、黒い外套に身を包んだ女性が、私を見降ろしていました。男性の服を身につけている麗人です。

 月に照らされた金糸の髪が淡く光を反射し、月の女神のようでした。

 


 ……前にも、同じような事が……?

 …………。

 …………。

 ――――あっ!!



「あの時のお姉さん! 」



 教会前で綺麗な涙を流していたお姉さんでした。

 最後に会ったのは三年前だったでしょうか。偶然、町の福引大会の時にお会いしたのでした。

 お姉さんの隣には、あの時に宝飾店から彼女を呼んでいた大柄な男性が並んでいます。

 



 ―――美女と野獣ですね! しかも、歳の差カップルですか、素敵ですっ!!

 ……あれ? お二人の両腕に輝くお揃いのブレスレットは……。

 もしかしてあの時に宝飾店で購入された物でしょうか?!

 それではお二人は―――。



「おめでとうございます! お二人は結婚されたのですね。美女と野獣カップルなんてお芝居の様じゃないですか。素敵です! 」

「いやっ! 違うからっ!! コイツと結婚なんてとんでもない!! 」



 三年前と同様に、真っ赤になりながらお姉さんは全否定です。

 恥ずかしがり屋さんなのでしょうか?

 ……なんだか、傍らで口を押さえてそっぽを向く男性が、不憫に思えてきました。




 一瞬だけ、気まずい空気が私達の間を駆け抜けました。

 お姉さんは一度咳払いすると、私の隣にしゃがみ込み優しげに私の顔を覗きこみました。



「……そんなことより、君はこんな寂しい場所で、座りこんで何をしているの? 家出? 」



 ―――家出?!

 そ、そんな風に見えました?!

 確かにここに一人で座っていると、犬の散歩中のオジサンやオバサンが可哀そうな子を見る目で、私の事を見ていましたが……。



「とんでもないですよっ!! 兄を待っているのです!! 」

 


 ほら、と下でようやく片づけを始めた兄の方を指させば、お姉さんの恋人さんが何やら納得気に呟きました。

 


「ああ……成程。アレは『ラサジエ』の倅だな。俺も何度か行った事があるが、嬢ちゃんは初めて見るな」

「家をご存じだったのですね! 私は学生だったので、あまりお店には出ていなかったのです。でも今は卒業したので給仕をしているんですよ? ぜひ、お時間がある時にでも、お二人で食べに来てください! 」



 恋人さんの方と、たわいも無い話をしながらニッコリと営業スマイルを浮かべて居た時です。

 河原にいた兄が私の名を呼び、血相変えながら走り寄ってきました。

 手には何故か棍棒が握られています……。



「ココット!! 知らない人間とは親しげに話すなといつも言ってるだろうがっ!! 人攫いだったらどうすんだ! ―――あんた等コイツに何の用だ!! 」



 私の腕を引いて立たせると、座っていたお姉さんとの間に立ち、棍棒を恋人さんの方に突き出す格好をとりました。

 お姉さんはいきなりの兄の登場に、一瞬驚いた顔をしましたがその秀麗な顔に笑みを浮かべると立ちあがり、兄に向かって私とお姉さんとのちょっとした縁を説明してくれました。



「四年前に、このお嬢さんに助けてもらったんだ。それから顔見知りでね。……今日は、こんな寂しい場所に座り込んでたから家出かと思って声を掛けたんだよ。―――誤解させたね」




 兄は、女神様の様に美しいお姉さんから発せられた低音の声に驚いている様子です。

 私と同じ、大きくも無く小さくも無い翡翠の瞳を目一杯見開いています。

 あまりの衝撃だったのか、棍棒が手から滑り落ちてしまいました。

 ……それもそうでしょう。

 容姿は女神様の様な麗人なのに、声が男性の様に低いのですから……。




 兄はその巨体を屈めて地面に落とした棍棒を拾い上げると、私の腕を引いて歩きだしました。



「―――……そうだったのか。怒鳴って済まんかった。ココット、帰るぞ」



 柔らかな笑みを浮かべるお姉さんと、面白い物でも見た表情の恋人さんとの間を、不躾に通り抜け少し歩いた所でチラリと後ろを盗み見ました。

 お二人は私を見送ってくれているらしく、何かを話しながら私の方を見ていました。

 偶然が結んだお姉さんとの縁ですが、これっきりになると少し寂しく感じます。

 また、お姉さんに会いたいという想いをこめて、二人に手を振りながら大声を掛けました。



お姉さん(・・・・)達~~~!! 結婚祝いに奢りますので、お時間がある時に二人で来てくださいね~~!! 」




 私が言い終わった瞬間、隣を歩く兄がいきなり笑い始めました。同時に、後方でも大きな笑い声が聞こえてきます。




 ―――何か、変な事を言ったでしょうか……?

 



 お腹を押さえながら笑う兄に聞いても、笑うばかりで「お前気付かなかったのか? バカだな」としか言葉が返ってきませんでした。

 帰宅した後、私が居ない所で、兄が事の顛末を家族に話したらしく、何故か父と母から散々笑われました……。

 母に至っては「育てかたを間違えたかも」だなんて言う始末。



 ……なぜ?

 



 しかし、その理由は数年後、あのお姉さんだと思っていた方から知らされるのでした。




 






 

 




 

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