亭主様への初めてのプレゼントと、特別な呼び方。
文字数がとても少なかったので、後半に後書き用に書きあげた亭主様視点をいれてかさ増しをしてあります(*^_^*)
『****』で区切ってあります☆
ジョニーさんとヴェルさんとの戦いから、三週間経過しました。
……ヴェルさんはあの日、私が実家に家出をしたと勘違いしたようで「『うさぎ亭』から出る時は俺に一言伝えてからにして欲しい」と私に懇願しました。
耳を垂れた子犬の幻影をまとわれては、私も首を縦に振るしかありません。
あの日から毎日この食堂に来る時はヴェルさんに「いってきます」と伝えるのですが、前回の事がトラウマなのか夕方になるとヴェルさんが食堂まで送ってくれるようになりました。
そして、そのまま私の仕事が終わるまでテーブルで待っていてくれます。
毎日待っている間に、どうやらジョニーさんとも親しくなった様子です。最初の内はピリピリした雰囲気だったのですが、ここ最近は同じテーブルで笑いながらお酒を飲む仲になった模様。
「……そいやぁお前はいくつなんだ? 俺はこのあいだ二十六になったぞ」
忙しい店内を給仕で駆けまわりながら、聞こえてきたジョニーさんの声にそういえば、と立ち止まりました。
声のした方に顔を向けると、ピクピクと動く胸を突き出しながらジョニーさんが杯を持つヴェルさんに向かい、お前はもう少し下かと聞いていました。
ヴェルさんはいくつなのでしょう?
気にならなかったといえば、嘘になりますが……面と向かって聞いたことは無かったです。
雰囲気では私よりも上だと思いますが、時折現れる子犬の幻影からは私よりも年下であると言われても納得できそうです。
いきなり立ち止った私に、常連さん達の「ココットちゃん追加頼むよ! 」といった声が聞こえますが、今はスルーです。
注文よりも大切な事を聞けるチャンスなのです!
オジサン達、今いい所なので、もう少し待っててくださいね!
なんなら水性塗料を持ってきますので、恒例の腹踊りでもして待っていてください!
お盆を握りしめて、小さな事でも聞き洩らさない様に待ち構える私の耳に、ヴェルさんの程良いテノール音が聞こえてきました。
「……残念だったね。俺はココット嬢の生まれた次の日に二十八になったよ」
「はぁっ?! 」
「誕生日が一日違いだなんて、俺と彼女が出逢ったのは運命だとしか思えないだろう? 」
後ろ姿しか見えないヴェルさんの表情は判りませんが、声の様子からして機嫌が良いと思われます。
手に持った杯を持ち上げながら動かして、注がれた赤い液体が揺れ動く様に酔いしれているのか、鼻歌まで聞こえてきそうです。
いえいえ、鼻歌なんてどうでもいいです。
……聞いてみたいとは思いますが。
いま、この耳はとても重要な音を拾いました。
ヴェルさんの歳が二十八だった! ……も驚きましたが、それよりももっと重要な!!
―――ヴェルさんのお誕生日が、もう過ぎていると言う事を!!
私ったら奥さん失格じゃないですかっ?!
一月近くも一緒に住んでいて全く知らなかったなんて……。
なんだかショックでお盆を落としそうになりました。
落としたら痛いどころじゃ無いので、実際は落としませんけれど。
「何か贈り物を……」
お盆を握る手に力を入れて、私がヴェルさんに渡せる物を考えました。
何かヴェルさんの役に立つものを……。
……そういえば最近のヴェルさんは、あまり眠れていないみたいです。
『勘違い結婚』とは周囲に隠しているので、未だに一つの寝台で寝ているのですが、夜が明ける前に必ず寝台を後にしているのが振動で伝わってきます。
夜明け前に起きた事による反動か、いつも昼過ぎになると寝台で倒れるように眠りに落ちているのです。
そうだっ!!
アレを贈る事にしましょう!
どんな屈強な男でも、飲んだら一分と起きていられない代物。頑張って起きていようとしても、瞳を開いたまま夢の国へと旅立つと言われている、
お父さん直伝の『究極! 即効爆眠薬』を!!
―――こうなったら給仕はしていられません! お母さんに変わってもらいましょう!
私は厨房にいる母にエプロンを渡すと、食堂と繋がる実家への扉を潜り台所に急ぎました。
棚に所狭しと並べられた干肉や薬草、野菜や瓶に入った妖しげな蛇などを眺めながら、直伝薬に必要な材料を探しました。
必要な材料は……ある!
「待っててくださいね、ヴェルさん! たぶん美味しくは無いけれど、確実に眠れる薬をプレゼントしますから! 」
****
「あれっ? ココット嬢が居ない……」
さっきまで直ぐ傍に居たと思ったのに、どこへ行ったのだろう?
席を立った俺は、店内をぐるりと見回したが見当たらない。
どうやら店内には居ないようだ。
……ヒラヒラのエプロンを付けた彼女が微笑んでいないと落ち着かない。
探しに行こうか……。
「おいっ、お前よぉ……、結婚したってのに何でまだ ”嬢”なんだよ? 他人行儀すぎんだろ」
足先を厨房の筋肉親父の方へ向けた時、向かいに座るジョニーが怪訝な顔をしながら俺に問いかけてきた。
その問いは、俺達の結婚の過程を知らない他人だからこそ言える当然の問いだった。「彼女が俺の事を好きじゃないから呼び捨ては気が引ける」と理由を話すのは簡単だが、コイツにそれを話すのははばかられる。
……まだ、本当の意味で夫婦ではないと知ったコイツに、彼女を盗られたくはないからな。
しかし、俺が彼女に敬称を付けるには、本当の夫婦になっていない以外に別の理由が存在している。
―――彼女を呼び捨てで呼ぼうとした事は今までに何度もある。
いや、何十回何百回かもしれない。ただ単に名前だけで彼女を呼ぶだけという単純明快な行為が、俺にとっては難しいのだ。
鏡の前で練習したり、彼女に似せた人形を用意して練習しても、彼女の前では未だに敬称なしでは呼べない……。練習では呼べるのに、だ。
昨日もマルスからはその事で散々からかわれた。更にはこの間の『家出勘違い事件』まで面白半分に言われ面白がった店員達にまでからかわれ、客からも好奇の視線に晒され店に居づらくなった。
……ああ、ジョニーのせいで嫌な事を思い出したじゃないか。
俺は立ったままテーブルに乗っている杯を手に取ると、波打つ赤い液体を揺らして乾いた唇を湿らせるようにそれを口に含んだ。
「他人行儀じゃなくて、特別な呼び方だと解釈してほしいね」
―――そうだ、特別な呼び方だったのだ。
口に出して初めて気が付いた。
”嬢” と付けているのは彼女だけだという事に。
「……意味が判らん。特別なら名前で呼ぶだろう?! 愛称も別格でいいと思うが……”ダーリン♡”とかな。おっ! 良いじゃねえかそれで! 俺も呼ばれてみてぇなぁ、ココットちゃんに!! 」
自分で言った事に納得したのかジョニーは大きく頷くと、厚い胸板の前で組んだ腕を外して大皿に乗った骨付き肉を手で掴み、野性味あふれる仕草でそれを食いちぎっている。
緩みきったコイツの口から、どのような情景が頭の中に描かれているのか想像できるが、あまりにムカつくので考えるのは止めておこう。
だが、考えるなと思うと人間はそれを頭に想像してしまうものだ。
―――嫌な事に、ココット嬢がひらひらエプロンでジョニーに向かって腕を伸ばし「ダーリン♡」と言っているのを想像してしまったでではないか……! クッ! 俺だって呼ばれた想像したことも無かったのに!!
ちらりと目にとまったフォークで、目の前にあるコイツ自慢の筋肉に覆われた腕を、机に縫いとめてやろうと思った。―――だが、彼女が困ると思ったからやめておこう。警備兵に世話になりたくはないしな。
波だった心を鎮める為に浅い息を吐き出した。手に持った空の杯をテーブルに戻すと、ひたすら肉をかじっているジョニーを尻目に厨房へと歩を進めた。
だが、悔しいから言っておこう。
「俺はいつか、お前の想像する『ダーリン♡』を超えてやる」
そう遠くない未来に――――。
後半を読んで、亭主様のイメージが崩れてしまいました……?
亭主様視点を書くと、彼の頭の中はココットの事しか考えていなくて、バカっぽくなってしまいますね^_^;
もっと格好良いイケメンな筈なのにっ(>_<)




