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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第二章 種を育てた末に
22/58

腰がぬけてしまいましたっ!

 ドキドキとひたすらに早い鼓動を刻む胸の音が、私を抱きしめているヴェルさんから聞こえてきます。

 こんなきつく抱きしめられていては、私の速い鼓動も聞こえているのかもしれません。

 顔に熱が集中してくるのは、密度の高い店内に充満するアルコールを含む熱気の所為でしょうか。それとも、ヴェルさんに抱きしめられているからなのでしょうか―――……。

 

 


 で、す、がっ!!


 ここは食堂なのですっ!

 皆さんが口笛を吹きながら、見ているじゃないですかっ!

 あっ! そこの赤ら顔のオジサンッ!! 手で顔を覆って見ていないフリなんてしないでくださいっ!

 指の隙間から見てるのは判っているのですよっ!

 鼻の下なんて伸ばしてないで、助けてください~~っ!

 


 「―――他の(やつ)なんか見ないでくれ」


 

 胸の中で別の方を見ている私に気付いたヴェルさんが、耳朶に触れている唇でそっと囁きました。

 そして、腰に回していた片方の手を、ス、と背中の線をなぞる様に上へと滑らせます。

 身体の奥が熱くなる感覚と、ぞくり、とする感覚を併せ持つ撫で方です。ヴェルさんの手は背中を過ぎても止まる事は無く、私の首の細さを堪能するかの様に撫であげると、今度は顔を彼の方へ向くように促します。

 されるがままにヴェルさんの顔に視線をやります。



 「―――っ!! 」



 目の前に、本当に目と鼻の先にヴェルさんの顔が有りました。

 ヴェルさんの瞳は、獣じみた野生を感じさせつつも甘い色を湛えて私を映していました。

 その翡翠色の瞳に映る私の瞳も彼を映していて、それが近づくにつれて目の前の翡翠色の瞳が閉じていきます。

 逃げようにも、先ほどのヴェルさんの囁きによって、腰が抜けた様子です。……逃げれません。

 ヴェルさんの吐息が私の唇に触れて、その距離の近さに、思わず瞳を閉じてしまいました。

 


 固く瞳を閉じた所為で、ヴェルさんの唇がどの位置にあるのか判りません。

 頬にサラリと触れる髪は、私の髪でしょうか。それとも、ヴェルさんの眩い金糸の髪でしょうか。

 視界が無い分、逆に感覚が敏感になった気がします。

 ヴェルさんの吐息が近づいて「止めなければ」と思っていても、腰が抜けた状態では何もできません。



 ―――覚悟を決めるしかないのでしょうか。



 衆人環視の中、口笛が飛び交う密度超過の店内で、ヴェルさんの口づけを受ける覚悟を決めようとしたその時―――。



 「やめぃっ! 傷心の俺の前で堂々とナニをしてんだよっ!! 第一、ココットちゃんがビビってんだろうがよっ! クソッ―――羨ましいじゃねえかこの野郎っ!! 」



 突如聞こえたジョニーさんの怒鳴り声(後半は不可解な事を言っていましたが)。それと同時に水が降り注ぐ音が聞こえてきて、羞恥心から固く閉じていた瞳を見開きました。

 目の前には、水も滴るいい男―――そう形容しても許されそうな―――ヴェルさんが顔を俯かせて髪から水を滴らせていました。その頭上にはジョニーさんの腕があり、その手には逆さまになったグラス……。

 



 「……あ、あの」


 

 ジョニーさんがヴェルさんに水を掛ける理由が判らない私は、ただ青ざめるだけでした。

 そんな私を近くの椅子に座らせると、ヴェルさんは俯きながら隣のテーブルにあるジョッキに手を付け、ジョッキに並々と注がれた麦酒を盗られたオジサンに目もくれず、ジョニーさん目掛けて中身をぶちまけました。

 

 「あっ!! 」

 「てっ―――てめぇっ! 」

 「”目には目を” って言うだろう? やられた事は倍以上にして返す主義なんだ」

 


 何でも無い風に言い捨てたヴェルさんの顔は、爽やかだけれどもどこか黒い笑みを浮かべています。麦酒を掛けられて憤怒の表情を浮かべるジョニーさんと対比するかのようです。

 ジョニーさんは艶然と笑むヴェルさんを目に入れると、怒りながらも口元を上に歪めて隣のテーブルのもう一つのジョッキを手に取りました。それは、ヴェルさんの頭に泡を立てて注ぐようにゆっくりとかけられました……。

 


 「そうかい。……さっきのとは違って、コレはココットちゃんとお前への結婚祝いだ。―――ああ、礼はいらんぞ? 」

 「そうはいかないな。結婚祝いなら、祝い返しが必要だろう? 遠慮は不要だ」



 二人とも笑みを浮かべているのに、全然爽やかではありません。

 むしろ黒いです!

 お互いに向きあいながらテーブルを移動して麦酒をかけ合うその姿は、遊んでいるようにも見えますが私の目から見ると ”某神獣と某大型肉食獣の戦い” を彷彿とさせます。

 ―――止めた方がいいのでしょうか?

 そう考えた瞬間、麦酒にまみれた店舗の惨状をみかねて、調理場から駆けてくるお父さんの怒声が響き渡りました。



 「―――手前らぁっ! 食いもんを粗末にするんじゃねぇ!! 男同士の揉め事に片を付けてぇんなら、コレで勝負しろぉぉっ!! 」



 ドン、と大きな音を立ててテーブルに置かれたのは、世界一アルコール度数が高いとこの町の酒屋が自負する琥珀色の瓶に入った蒸留酒でした。80回程蒸留させて造られ、そのアルコール度数は100度近く。あまりの度数の強さに火が付く代物です。

 ……因みに、飲んだ瞬間喉から火が出そうな程熱くなります。水は必需品です。



 「おやっさんっ! これって『スパルック』じゃねぇっすか!? どんな酒豪でも潰れると噂の……」

 「ああ? ジョニー、怖気づいてんじゃねぇよ! コレはココットでも飲んだ酒だ。―――軟弱野郎、言葉もでねぇ程、怖気づいてんのか? 」

 「――――冗談を言わないでくれ。 ココット嬢が飲んだのなら、俺は彼女を上回る量を飲もうじゃないか」



 バチバチと三人の視線が絡んだ後、ヴェルさんとジョニーさんの熱すぎる視線が、町の酒屋自慢『スパルック』に集まります。

 なんだか火花の幻影が見ているのは、気のせいでしょうか……?

更新が遅くなり、申し訳ありませんっ!


作中に出てくる、100度近いアルコール度数の蒸留酒『スパルック』は、私の妄想の産物です。実際には存在しません。

……モデルにしたお酒は有りますが(^_^;)

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