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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第二章 種を育てた末に
18/58

知りたい事ができました。 2

 上流階級の方々ばかりが集う、庶民憧れ高級料理店『うさぎ亭』。



 私達を起こしてくれた筋肉オジサン―――マルスさんが「食いもんを用意したから食いに来い!」と仰ったので、店舗へと行きました。そして、そこで案内された二人掛けのテーブルを前に、ヴェルさんと向かい合って座っています。

 今日は休日なのか、ダンスホールが一つ入る程の広い店内には、給仕の女性の方以外では私とヴェルさんの二人しかおらず、静まり返った広い店内は少し物悲しい感じがしています。

 ですが、庶民食堂育ちの私にとって、上流階級の方々が居なくて良かったのかもしれません。

 豪華絢爛な衣装に煌めく装飾とお化粧、頭の天辺から靴の先まで気合いを入れている上流階級の方々が傍に居たら、緊張して食事どころではないと思います。それに、そんな方々に囲まれていると、普段着しか持っていない私は、きっと自分を卑下してしまうに違いありません。



 いけませんねっ!

 朝から―――もう昼過ぎですが、こんなネガティブ思考ではっ!!

 ”自分は自分、他人は他人”です。

 やはり、極限にお腹が空いていると、考える事が暗くなりますね。さあ、早くお腹を満たさなくてはっ!


 

 自問自答し、頷きながら目の前の料理に視線を移しました。



 テーブルの上には、上質な食器に綺麗に飾り盛りしてあるパンと、黄色いクリーム状のスープ。近くの小鉢にはサラダがこれまた食べるのが惜しい程綺麗におさまっています。



 パンはただのパンじゃないんですっ!

 スープも、サラダも単なる一品料理ではないのですよっ!!



 程良く厚切りした平たいパンの上に、白いクリームが塗布してあり、クリームの上には赤いソースが花模様を飾っています。パンからは程良く湯気が出ており、そこから香ばしくとも甘い香りが漂い、焼き立てと言った感じがしています。

 スープには緑の香草がまたもや花の模様を描いていて、スプーンで崩すのが勿体ない出来です。

 小鉢には、ベビーリーフの様な幼い葉の上に、赤い果実の様な小さな野菜が等間隔で盛られていて、小さく花の形に切り取られたカラーピーマンが絶妙のバランスで配置されています。


 

 流石は『うさぎ亭』です。我が家で出る食事とは違って、芸術品です!

 コレはもう、食べるのが勿体ない”逸品”と言えるでしょうっ!!

 ぜひ、『世界料理博覧会』に推薦したいと思いますっ!!!

 


 鼻息を荒く吐き出しながら料理を食い入るように見つめる私に対し、ヴェルさんが頬を緩めて苦笑を洩らす気配がしました。その気配を受けヴェルさんに視線を移すと、なかなかスプーンを手に取らない私を誘導するかの様に、手元のスープ用のスプーンを手にとると、優しい口調で口を開きました。

 



 「さあ、早く食べよう。 見ているだけじゃ、満たされないだろう? さすがに二食も抜いただけあって、俺は限界だよ」

 「は、はいっ! 私も限界ですっ!!」



 慌ててスプーンを持ち、食べるのが勿体ない逸品に向かい、ゴクリと唾を飲み込むと意を決して手を伸ばしました。



 

 「―――ぬぅぉっ!!! 」




 スープを一掬い口に入れた途端、あまりの美味しさに脳天に衝撃を受け、変な悲鳴が出てしまいました。

 ヴェルさんが口をあんぐりと開けて奇怪な物を見たかの様な顔で、私を見ているではありませんかっ!

 よりにもよって、何故あんな叫びをあげてしまったのでしょう。

 もっと女の子らしい驚嘆の悲鳴があった筈なのに! 「あらっ!」とか「まあっ!」とか……。

 恥ずかしい。 ……恥ずかしすぎます。




 「あっ、あの……。 美味しゅうございます……」

 「そう……」




 羞恥心から顔を真っ赤に染め上げた私の視界に入ったのは、慌てて私から視線を逸らし、俯き加減に食事を進めだしたヴェルさんでした。

 



 「………。」




 沈黙がなんだか痛いです。

 俯いているヴェルさんの表情は見えませんが、何故か彼の肩が小刻みに揺れ始めました。

 スプーンを持つ手も震えています。

 ……もしかして、食事中に変な悲鳴を上げた事に対してご立腹なのでしょうか?

 それならば謝らなくてはっ!!

 



 「あのっ!! ごめ―――」

 「―――ヴッ……!」




 俯きながら小刻みに震えるヴェルさんを見ながら口を開くと、私の言葉をかき消すかのように、目の前に座る彼から何かに詰まった様な大きな咳が発せられました。

 咳こむヴェルさんに気付いた給仕の方がヴェルさんに手巾を手渡すと、彼は手巾を口元に当てながら、更に強く咳き込み始めました。咳の合間に聞こえてくる息は荒く乱れ、顔は苦しさから血が上ったのか真っ赤に染め上がり、翡翠の綺麗な瞳には涙が滲んでいて、とっても苦しそうです。

 背を擦ろうと手を伸ばして席を立とう腰を浮かせた時、先ほど手巾を渡した給仕の女性が苦笑いを浮かべて、声を掛けながら背を擦り始めました。



 「店主、無理に笑いを押し込めながら、食事をするからですよ。……大丈夫ですか? 」

 「……ああ。問、だい―――ゲホッ!!」

 「何が『問題ない』ですか。 ほら、……落ち着いたらお水を、ゆっくりと飲んでください」

 「ああ。助かる」



 そっと口元にグラスを用意する給仕と、それを当たり前の様に受け取るヴェルさん。お互いに気の合った行動と、目の前で繰り広げられる会話から、二人が親しい仲だと窺えます。店主であるヴェルさんと、給仕の女性は同じ職場なので、親しいのは当たり前なのですが、なぜだか私の心は青空に暗雲が立ち込めたかの様にモヤモヤとしています。

 ヴェルさんを介抱しようと伸ばした手の行き場が無くなり、寂しく空気を握りました。浮かせた腰をどうしたら良いのかと逡巡していると、瞳に涙を浮かべたヴェルさんと目が合いました。

 ヴェルさんは落ち着いたのか、目尻に浮かんだ涙を手巾で拭うと、何事も無かったように私に向かいニッコリと微笑みました。




 「みっともない所を見せて、悪かったね。 ……どうしたの? もう食事は要らないのかい?」



 

 ヴェルさんは、私が席を立ったのは満腹になったから、だとでも思ったのでしょうか。

 彼を介抱しようと席を立った事に気付いていない様子です。しかし、―――その言葉に、何故だか腹が立ちました。



 「―――はい。ご馳走様でした。とても美味しかったです」




 本当は全然お腹は満たされていないです。

 気持ち悪いほどに空腹です。

 ですが、どれだけ空腹でも、目の前で阿吽の呼吸を繰り広げる二人を見ていたくないのです。

 



 先ほどまでの楽しい気持ちは無くなり、今は暗雲立ち込める嵐が私の心の中で渦巻いています。

 自分のなけなしの矜持を使い、食堂で使う営業スマイルを顔に貼りつけると、その場を辞するべく歩を進めました。

 立ち去る私の後ろで、ヴェルさんが私に向かい何かを言っていたのですが、それを振り切るように、まるでその場から逃げるように、その場を辞しました。


 


 

 

 


 

 



 

 

 

 

 

 




 

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