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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第二章 種を育てた末に
17/58

知りたい事ができました。 1

 絹糸で編んだ様な肌触りの良いリネンが指先に触り、寝慣れている筈の少し硬くて軋む寝台は、何故かとても柔らかく私を包みこんでいます。そのあまりの気持ちよさに、覚めようとしていた意識が再度夢の世界へと旅立とうとしていました。

 しかし、あと一歩で旅立てた筈の私を邪魔するかのように、近くで何かが破壊された様な突然の大音が、部屋に響き渡りました。

 突然の出来事に意識が一気に覚醒へと導かれてしまいました。

 

 


 ――― 一体何が起きたのでしょうかっ?!

 この世に生を受けて二十年。『庶民歓迎!』の看板を掲げる食堂を営んでいる我が家がこんな朝を迎えるなんて生まれて初めての事ですっ!!

 平和な筈の我が家に、一体何がっ??



 重い瞼を気合いで持ち上げ、上体を起こしながら音が発生した方向を見た私の視界に、普段見慣れている自室とは違う家具が置かれた部屋が映りました。

 家具から扉の方へと瞳を向けると、そこには何故か我が家の常連さんである筋肉オジサンが、爽やかな笑顔を浮かべて、剥きたてのゆで卵の白身の様に輝く歯を見せながら、腰に手を当てて立っているではありませんか。そして、目が合った私に向かい「耳を塞げ」とジェスチャーで示した後、おもむろに口を開きました。

 筋肉オジサンの存在を疑問に思いながらも、耳を塞ぎながら首を傾け瞬きをした瞬間、部屋に太くて野性味溢れる大音声が響き渡りました。



 「――― リウヴェルッ!! い~っっまで寝てる気だっ!! 起きろぉぉぉぉ~~っ!!!! 」



 あまりの大音声に驚いて、耳を塞ぐどころか、目まで閉じてしまいました。

 ああ、耳を塞いでいても耳鳴りがしてきました。

 ……それにしても、『リウヴェル』さん?

 つい最近その名前を聞いた様な……?



 脳裏に一瞬子犬がチラつきましたが、家に犬は居ないので、それを頭の片隅に追いやり、再び筋肉オジサンに視線を移しました。

 筋肉オジサンは私ではなく、私の後方を見ている様です。 ……ナニかが居るのでしょうかっ?

 先ほどの言葉を聞けば、ソレは『リウヴェル』さんに他ならないのですが……。

 そういえば、先ほどから隣にはナニかが居る様な気配がしていました。時折動くので、生き物の様です。でも、見るのが怖くて、態と見ていないのですが……。

 喉を鳴らしながら唾を一つ飲みこむと、未知なる恐怖に速く鼓動を刻む心臓がある胸を押さえながら、ゆっくりと視線を私の隣に移しました。 



 「―――っ!!」



 恐る恐る見た私の視界に入ったのは、枕に顔を埋めながらも、やや横に顔を向けながらうつ伏せに眠っている金の髪が眩しい男性でした。

 彼の姿を認識した瞬間、一気に私の脳裏に昨日の出来事が蘇りました。 ―――衝撃的でありながらも、人生を動かす程の濃い出来事が……。



 そうでしたっ!! 

 昨日、私は彼と挙式をしたんでした。

 彼『リウヴェルさん』こと、ヴェルさんは私の旦那様になった方で、時折子犬の幻影を背後に纏わせますが、庶民が憧れてやまない高級料理店『うさぎ亭』の立派な亭主様です。

 お互いに勘違いをした事によって、結婚という人生の一大イベントを訳も分からず終えてしまいましたが、ヴェルさんは間違いなく私の旦那様になった方でした。




 ―――ヴェルさん、忘れていてすみませんっ!!





 熟睡しているヴェルさんの顔を凝視しながらも、”旦那様を忘れる”と言う失態を犯して反省の色を顔に浮かべている私に向かい、筋肉オジサンが怪訝な顔をしながら口を開きました。

 


 「起きねぇな……。 いつ寝たんだ?」

 「いつ、……と言われても……。昨晩はいきなり倒れるようにヴェルさんが寝てしまって、……その後起きた彼と色々あって、気付いたら朝になってました」



 私は、起き抜けであまり働いていない頭をフル回転させました。必死に思い返しながらも簡潔に説明した私を見て、筋肉オジサンは逞しい腕を組むと、どこか居心地の悪そうな表情を浮かべて私と眠り続けるヴェルさんを交互に見ました。



 「……昨日の今日で新婚ホヤホヤの、嬢ちゃん達の邪魔かなとは思ったんだけどよ? さすがに昼過ぎても起きてこねぇのは心配でなぁ? ……いやぁ~、朝まで耽ってたのかっ! はっはっはっ!! 結構な事じゃねえかっ!!」

 「―――えっ?? ふっ、耽る……?」

 「はっはっはっ!! こりゃ跡取りの顔も、早いうちに拝めるかもしれねぇなっ!!」

 「―――えええっ??」



 筋肉オジサンはニヤリと含みのある笑いを浮かべた後、私の背中を極太の腕でバンバン叩きながら、部屋中に響き渡るほどの大笑いを繰り広げています。……現在進行形で。

 さすがに騒がしかったのか、隣で静かに寝入っていたヴェルさんが身じろぎながら、機嫌の悪そうな表情で薄く翡翠色の瞳を開きました。 



 「……うるさい」 



 ヴェルさんは小さく掠れた声で呟くと、眉間に皺を寄せ、睨んでいるともとれる表情をこちらに向けました。今まで一度も人から睨まれた事が無かった私は、その顔を見た瞬間、驚きで肩をビクリと震わせました。



 ―――『人から睨まれる』というのは、人生初体験ですっ!!

 しかし、あまり気持ちの良い事ではないですね。

 ……何と言いますか、背中にいきなり氷の塊を入れられた気分です。背中に悪寒が走り、驚きで心臓が跳ね上がって頭が真っ白になりました。



 

 私は衝撃を受けて固まりながら、どの位の間ヴェルさんを見ていたのでしょうか。

 ヴェルさんは同じ寝台に女性が居る事に気付き、あまりの衝撃で目が覚めたのか、隣の私を見ると寝ぼけ眼の双眸を見開いて青ざめました。口をパクパクさせて、まるで水中の金魚の様です。何故か叫び声を上げると、寝台から掛け布を投げ飛ばす勢いで跳ね起き、自身の服を確認してから、深い安堵の息を吐きました。



 「ああ、そうだった。どちらが寝台で寝るかで揉めて、結局……。 ―――って、さっきのはココット嬢に言ったんじゃなくて、マルスに言ったんだ。」


 ヴェルさんは、固まる私に向かい眉尻を下げると、寝台に座り直して、何度も謝罪を繰り返しました。

 正座をしながらこちらを覗く、その謝罪の仕方が何とも可愛く感じて、昨日に引き続き今日もヴェルさんに子犬の幻影が重なって見えました。


 

 ……今の私の目には、尻尾を垂れ下げ鼻を鳴らす、金色の毛色をした子犬に見えてしょうがないです。



 結局、ヴェルさんの子犬幻影は、私が苦笑しながら「もういいですよ?」と伝えるまで延々と寝台の上で繰り広げられました。

 

 




 


 



 

 



 

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