勘違いは恐ろしいですっ。 5
第一章終了ですヽ(^o^)丿
本当の事を言いたいのですが、儚げな笑みを浮かべているヴェルさんの顔を見ると、何も言えません。
言い方次第で、彼が儚い人になってしまいそうで……。
口を閉じたまま何度も床とヴェルさんに視線を行き来させていると、さすがに気まずい雰囲気が漂ってきました。
ヴェルさんも、私が言いたい事を察し始めたのか、顔色が悪くなってきました。でも、私を心配させまいとしてか、顔には若干ひくついた微笑が張り付いています。
まるで、「どんな事でも聞くから言ってごらん?」と伝えるかの様に……。
言ってもいいのでしょうかっ?!
……言っちゃいますよっ?
「ごめんなさいっ!! 告白も結婚誓約書へのサインも、全部わたしの勘違いだったんですっ!!」
「―――さっきも、料理の事じゃなかったんですか? とか言ってたけど。 ……あまり聞きたくないけど、どういった事か聞いてもいいかな? 」
私の言葉によって、ヴェルさんの顔に張り付いていた微笑が消え去ってしまいました。
悲しげな色を浮かべながら私を見つめる双眸に、私の心が針で縫われているかのように痛みます……。
「あの……あまりに熱心にココット皿を見ながら『好きなんだ』と仰ったので、料理の『好き』だと勘違いしたんです。私も父の作るココット料理が好きなので、それで私も『好き』と言ったんです……」
「……確かに。真っ直ぐに君を見れなくて、視線は皿にあったかもしれない……。 それじゃあ、誓約書へのサインは? 」
「それも、私が勘違いを……。 父のファンの方が父にサインを求めに来店する時があって、リウヴェルさんが私のファンと仰ったので、そのサインかと思って名前を書いたのです……」
ヴェルさんは、私が話し終わると真っ青になりながら、ソファの前に置かれたテーブルに両肘を付け、手の平で顔を覆う格好をしました。
「……ああ、俺は何て事をっ! 浮かれて早合点した挙句『結婚』という取り返しのつかない事を君にしてしまった。 ―――すまない。 結婚は破棄になるように役所にかけあって……ああダメだ。誓約書を提出して日が経ちすぎている。今破棄すると君の戸籍に離婚歴がつくじゃないか。 ……いくら謝罪しようとも足りないが、本当に―――っ! 」
大きく深い溜息を吐きながら、泣いているのかと錯覚する程の震える声でヴェルさんは謝罪を繰り返しています。謝罪するべきなのはヴェルさんではなく、勘違いをして彼を深く傷つけた私なのに。
……それなのに、ヴェルさんは私を責めるどころか、私の戸籍が傷つくと心配してくれるのですね。
私の戸籍が傷つくと言うのなら、ヴェルさんも同じです。
何て優しい人なんでしょう。自分の事よりも、人の心配を優先するなんて……。
彼の温かな優しさが、私の心に広く深く染みていきます……。
「そんなに謝らないでください……。 元々は勘違いした私がいけないんですから」
気付けば微笑みながら、ヴェルさんに向かって口が開いていました。
ヴェルさんは、私の声に反応して弾かれたように顔を上げ「違う、俺が悪いんだ」と震える声で私に告げると、潤んだ翡翠の瞳を私に向けました。
このままでは埒が明かないと思った私は、彼に提案しました。
「では二人とも悪い事にしましょう? 喧嘩両成敗ですっ! 」
「―――喧嘩……両成敗? でも君の戸籍が……」
「…………そのままでいいです」
「―――えっ? 」
よく考えてみれば、この国の女性の婚期は十代半ばなのです。
私は二十歳を過ぎていて、やや婚期を逃した『やや嫁き遅れ』に分類されます。今まで出会いがなく、ヴェルさんが現われなかったら、お父さんが薦める方とお見合いして結婚をしていた事でしょう。
どんな人か判らないのに結婚するよりも、私の事が好きだと言って、私の事を見てくれているヴェルさんと結婚出来て良かったと思います。
彼となら、温かな家庭を気付けると思うのです。
私が戸籍はそのままでいいと言った意味を、噛みしめるようにゆっくりと理解したヴェルさんは、瞳を見開いた後に頬を薄く紅色に染め上げ、私が結婚誓約書に署名した時に浮かべた屈託の無い笑みを浮かべています。
とても喜んでいるのが伝わってきて、何だか私まで嬉しくなってきました。
「実は、私自身が蒔いた種とはいえ、いきなりの結婚で正直言うと、心の整理がついていません。 ……今はまだ、リウヴェルさんと同じ想いを抱く事は出来ませんが、一緒に住んでいれば、いつか私も同じ想いを返せると思います。 そんな予感がしています。 ―――だから、まずはお友達から始めるというのはダメでしょうか? 」
「えっ? ……おともだち……」
「……嫌でしょうか? 」
先ほどまで歓喜の表情を浮かべていたヴェルさんが、再び顎に手を当てながら視線を私から逸らして困惑顔になっています。
……迷惑な提案だったでしょうか?
困惑顔のまま何も言わずに思案に耽っているヴェルさんを前に、少し不安になってきました。
なんだか居た堪れなくなって、俯きかけたその時、不意にヴェルさんに手を引かれ、手の平に柔らかいものを感じました。
視線を手の平に巡らせると、ヴェルさんが頬を染めながら、挙式でしたように手の平にキスをしていました。
「改めて今日この時から、ココット嬢と俺の出会いを始めよう。 誤解がない様に、今度こそ君の顔を見て告げるよ。 ―――俺は、ココット嬢が好きだ。 君が俺を好きになるまで、一切手を出さない事を誓うよ。だから、ずっとこの家に居てくれるかい? 」
一つの決意を瞳に宿らせながら真っ直ぐに私を見る熱い視線と、手の平に感じた温もりがじわじわと顔に集まってくるを感じました。
きっと今私の顔は、目の前のヴェルさんと同じように真っ赤な顔になっている事でしょう……。
「……はい」
面と向かって初めての異性からの愛の告白に、心臓が早鐘を打っています。
もっとたくさんの言葉でヴェルさんに応えたかったのですが、あまりに恥ずかしくてたったの一言しか返事が出来ませんでした。
その一言の返事で、ヴェルさんは満足した様子です。
納得したように一つ頷くと、握っている手に力がこめられ、蕩ける様な笑みを浮かべつつ、熱い眼差を私に注いでいます。
じりじりと、距離が縮まってきているのは気のせいでしょうか?
あの、さっき私がヴェルさんを好きになるまで手を出さないと言ったのは嘘だったのでしょうか?!
なぜ掴んでいる腕を引いて、ヴェルさんの方に行くようにしているのですかっ!!
身の危険を感じた私は、ヴェルさんの手を笑顔でやんわりと振り払うと、飛び上がるように窓辺まで逃げました。逃げられたヴェルさんは「ごめん、つい……」と苦笑し、もう何もしないとばかりに両手を上に上げました。
窓辺に引かれたカーテンの隙間から明るい光が漏れているのに気付き、その時に初めて、一晩中話していたという事実に二人揃って気付きました。
……通りで眠いはずです。
眠いのを自覚すると、急に睡魔が襲ってきました。それはヴェルさんも同様だったようで、二人揃って顔を見合わせると、同時に口を開きました。
「「……眠い」ですね」
ご覧いただき、ありがとうございました!
何とか第一章『種は勘違いの末に編』終了です!←題が『恋の種』なので……(-_-;)
……本編で二人の勘違いに、笑っていただけたでしょうかっ?!
後半のリウヴェル視点も書こうか考えたのですが、今回は無くてもいいかなと思って、あえて書きませんでした^_^;
読みたいと思った方は、是非ご一報ください!
それでは、第二章も読んでいただけると嬉しいです(^_-)-☆