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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第一章 種は勘違いの末に
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勘違いは恐ろしいですっ。 4

 穴が有ったら入りたいという気分を、今痛いほどに感じています。


 私が、青ざめつつもヴェルさんに掴みかかりながら言った言葉に、表情を硬直させたヴェルさんが捨てられた子犬の様な幻覚を纏い、私を見つめています。

 それだけで、私が勘違いしていたと肯定していると窺えます。

 何かを言う気力も無い様な、そんな気配です。



 告白から一週間ほどで結婚を決めてしまえる程、私の事を想ってくれていたというのに、何て事をしてしまったのでしょうか。

 もう、本当に穴に入ってしまいたいです。

 いいえ。いっその事、今この床板を引っぺがして穴を掘って、地中深くに私を埋めて欲しいです。

 

 

 そもそもこの結婚は、勘違いした私が招いたと言ってもいいのではないのでしょうか。

 ヴェルさんから私への愛の告白を、ココット料理が好きの「好き」と勘違いしたのは私ですし、結婚誓約書もきっと勘違いして私が署名したのでは……。

 何だかそんな気がします。

 この際、結婚誓約書を書いた日の事も、聞いてみましょうか。

 

 

 ヴェルさんを掴んでいる腕をそのままに、魂が此処に有らずという感じで呆けながら、硬直しているヴェルさんを見上げ口を開きました。

 


 「……あの、告白の所は今のリウヴェルさんの表情で、……私が勘違いしていたと理解できました。 ええと……、言いにくいのですが、結婚誓約書に私が署名したのは、いつでしょうか……? 」

 

 

 私の声が聞こえるや否や、ビクリと身体を反応させ、我に返った様子で私に視線を移しました。

 ジッと私を見た後、その時の様子を思いだしているのか、固い表情を少し緩め淡い微笑みを私に向けました。

 


 「―――告白から、約一週間後に接客中の君に書類を見せて『サインを書いてくれないか?』と頼んだんだ」

 


 告白から一週間後と言う事は、誕生日から一週間……。

 ヴェルさんは毎日通っていてくれていたのは、覚えています。

 でも、何か彼に書いて渡したでしょうか……?

 


 「…………覚えていません。すみません……。 その時に、何か特別な事でもあれば覚えているのですが……」



 私の言葉を聞いたヴェルさんは、掴まれてない方の手を細身の顎に当てると、翡翠色の瞳を伏せ考える仕草をしました。数秒の後、彼が妙案を思いついた様な表情をしながら、私に向かい口を開きました。



 「そういえば、その日に店主に追いかけられたよ。 凄い剣幕で追いかけてきて、撒くのに手間取った覚えがある」

 「―――え……? 」

 「珍しく昼に食堂に行った時のことなんだけど、営業時間中なのに店を放って俺を追いかけてきて―――……。 まあ、追いかけられた俺にも原因は有るんだけど」 



 ヴェルさんの話を聞き、その日の事を瞬間的に思いだしました。



 確かに、昼過ぎにお父さんが厨房からいきなり居なくなって、大混乱した日がありました。

 大混乱と言っても、料理が出来ない混乱では無く、何故か厨房に居た人たちは、皆一様にお腹を抱えて笑っていたのです。

 料理は、笑いながら厨房の人たちが作っていたので、店の営業に影響は無かったのですが、数時間後に帰ってきたお父さんが怒鳴るまで、厨房の皆は食べたら笑いが止まらなくなる『ワライトマランタケ』でも食べたかの様に笑い続けていました。


 ああ、そういえばその現象は、ヴェルさんが帰った後でした。


 ヴェルさんが帰る少し前――――……。



***



 その日は何時も夕方に来店するヴェルさんが、珍しくお昼の時間に店の扉を開けました。

 夕方に来店するヴェルさんの髪は西日でいつも赤く染まり、店内でも西日の当る席に好んで座っているので、ずっと赤っぽい頭髪かと思っていました。でも、真昼間に見るヴェルさんの髪の色は金に輝いていて、服装も普段来店する時とは違いラフな格好をしていたので、最初は彼が常連さんだとは気付きませんでした。

 気付いたのは、彼の声を聞いた時でした。 



 「昼間でも、大皿料理ってやってるの? 」

 「はい。………えっ? あの、いつも夕方に素敵筋肉の皆さんと来店されてる方ですか? 」

 「素敵……? ああ、いつも巨大なのを引き連れて、騒がしくしてしまって済まないね。 今日はたまたま休日で、可愛い君に会いに来たんだ」


 

 私が差し出したお水を片手で受け取り、曇りの無い瞳を細めて屈託の無い笑みを浮かべながら、私を真っ直ぐ褒める彼に、私は少し照れてしまいました。

 『可愛い』だなんて男の人から言われたのなんて初めてで、正面からヴェルさんの顔が見れなくなり、持っているお盆で赤くなった顔を隠しました。


 

 「かっ、可愛いいだなんて光栄ですっ! 」

 「光栄って、本当の事だよ? きっとこの店には、君のファンがたくさん居るんだろうね。 俺もその内の一人だよ? 君に会いたくて、この店に来てる」

 


 お盆の縁から盗み見た彼は机に片肘で頬杖を付き、私を見上げるその仕草がとても綺麗で、そんな綺麗な人が私の事を可愛いと褒め、ファンと言ってくれたのが嬉しくて、お世辞だと判っていても舞い上がってしまいました。


 

 ファンって、私のファンって事ですよねっ!!?

 お父さんの筋肉のファンなら、何度かサインを頼まれたので居るのは知っていましたが、私のファンなんですよねっ!!?

 もしそうなら、私もサインの練習をしておかなければいけないでしょうかっ?!



 きっとお盆で隠していても、緩む頬と気配は抑えきれなかったのでしょう。

 頬を真っ赤に染めながらニマニマと変態じみた笑みを浮かべる私を前に、彼が苦笑する気配がし、彼が机に紙を置きました。


 「――――もし良かったら、コレにサインをして欲しいんだ。 そんなに急いでるわけじゃないけど、俺はココット嬢にサインをして欲しい。 ……一生、大切にするから」



 ええええっ~~!!?? 

 そんな、サインを一生大切にしてくれるだなんて……!

 家宝にするつもりって事ですよねっ?!

 本格的にサインの練習をするべきでしょうかっ?!

 一度もサインって書いた事無いんですよね。 お父さんはサラサラ~と模様みたいなサインを書くのですが……。

 ここは一度断って、今日仕事が終わったらサインの練習をして後日仕切りなおす事にしましょう。

 一つ頷くと、お盆を胸まで下げヴェルさんに声をかけました。



 「……あの。私、字が下手で……」

 「下手でもいいよ? 君が書いてくれるのなら、どんな字でも歓迎だ」



 ココに書いてくれる?と指で指定すると、懐から出したペンを私へと差し出しました。

 期待に満ちた二つの翡翠が、ウルウルと私を見つめています。 ……何やら彼の背後に、ユラユラ揺れる犬の尻尾の幻覚が見えます。

 


 こ、コレは断れませんね。

 そこまで期待されているのなら、書きましょう!

 ええっ! サインなんて、どんと来いですよっ!!



 「じゃあ、ココに名前で良いですか? 」

 「そう。 フルネームで書いてね」



 彼の指が指定する箇所に向かい、私はペンを走らせました。

 人生で初のサインです。 お父さんの様に模様の様なサインは作っていないので、丁寧に、未だかつてない程慎重に自分のフルネームを書きました。



 ”ココット=トレンチャー”と―――――……。



***



 あああああああ~~ッ!!!!!


 思いだしましたっ!!

 書きましたっ!! 書いているじゃないですかぁ!!

 またまた勘違いして、サインしちゃってるじゃないですかっ!!

 家族からは常に「何かにサインする時は、紙面をよく読んでから」と言われていたのに、私ったら!!

 ああ、もう、……誰か本当に私を埋めてくださいっ!!



 


 自分の愚かさに、何だか涙が出てきそうです。自分の勘違いと不注意で、ヴェルさんを巻き込んで結婚までしちゃってるなんて……。

 とりあえず、隣で私に淡い微笑みを向けてくれているヴェルさんに何と言ったらよいのでしょうか?

 少し前に、私が「何も覚えてません」と謝罪した際、卒倒した彼です。もしかしたら、身体が弱いのかもしれません。あまり酷い事を言ったら、卒倒するだけじゃなくて、もしかしたら心臓が止まってしまうかもしれないですよね。

 


 


 

 


 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

ご覧いただき、ありがとうございます。



さて、今回の後書きは、主人公のフルネームが出たのでその意味を……。


ココットは以前書いたように、お腹が空いていた私が、ココット皿を見て思い浮かんだ名前です。ココット皿を使ったミニ料理が食べたいな~と思って^_^;

トレンチャーは、実はフランス語で『皿』を意味します。

合わせて『ココット皿』(ー_ー)!! ……そのまんまですね。

 


ちなみに、筋肉親父の名前も考えてあるのです(~_~;)

”ヴェセル=トレンチャー” 名前だけ見ると、何だかカッコイイですね。

しかし、意味は……。

ヴェセルはフランス語で『食器』。

食器に皿。……筋肉親父の店が食堂なので、思いつきましたっ(>_<)

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