勘違いは恐ろしいですっ。 3
開始のゴングが私の心の中で鳴り響いたのはいいのですが、一つ疑問が湧きました。
―――話し合いって隣に座ってするものなのでしょうか? 普通は向かい合ってするものでは……?
「あの。話をするのなら、私あっちに行った方が……」
「なんで? 近い方がいいと思うよ? 」
「―――そう、ですか? 」
「そうだよ。 ……ココット嬢が嫌なら離れるけど? 」
三人掛けソファに隣り合って座るには、距離が少し近いと思いますが、ヴェルさんが寂しそうに子犬の様な表情を浮かべているのを見た私は、つい口から「じゃあ、ここで。」と言ってしまいました。
私の返事を聞いたヴェルさんは、満足気に笑むと、私よりも長い脚を組み口を開きました。
「―――まず、何から聞きたい? 」
全部ですっ!
ヴェルさんとお付き合いを始めた時から、今日までの子細を聞きたいですっ!!
でも、そんな長い期間の話を短時間で終える事は不可能なので、告白の後の事……まずは私とヴェルさんがどんな風にお付き合いをしていたのか、聞いてみましょう!
「ええと、私はヴェ……リウヴェルさんと、どんな風にお付き合いを? 」
ヴェルさんは「ヴェルと呼んでくれないんだね」と苦笑しながら、眉尻を下げました。
その様子が寂しがる金色の子犬の様で、髪がくしゃくしゃになるまで撫でまわしたくなりました。……可愛い物好きの私にはとても辛い誘惑です。撫でれる距離居る子犬に触れれないだなんて。
頭の中では子犬に変換してますが、現実では青年ですし、今は真面目に話をしている最中です。
―――我慢っ!
でも、私が彼を「ヴェルさん」と呼んだら、そんな寂しい顔をさせることも無いのですよね?
きっと呼んだら、式場で見せてくれた時の様に照れた表情を浮かべて喜んでくれる事でしょう。
心の中では彼の事を「ヴェルさん」と愛称で呼んでいるのですが、実は男の人の名前を愛称で呼ぶのは初めてで、恥ずかしくて呼べないのです。
ヴェルさんが私の心の葛藤を払拭するように、私を空想の世界から現実に戻すかのように、一つ咳払いをしました。
「……お付き合いは、時間が無くて……してないと思う。 俺は午前中と深夜帯に仕事をしてて、君は朝から夜まで食堂に居たし、夕方に店で一言二言会話するのが精一杯で……」
「……そうですね。確かに、挨拶程度しか会話した事が無かったと思います」
「さっきも言ったけど、君の誕生日に告白をして、その一週間後位に食堂で『結婚誓約書』に君にサインをして貰った。……俺が休みの日は君が仕事で、君が休みの日は俺が仕事で、見事にすれ違って今日のこの日を迎えたんだ」
……可哀そうな程悲痛な表情を浮かべているヴェルさんには本当に申し訳ないですが、誕生日の件からサインまでが理解不能です。
でも、誕生日はヴェルさんに料理を運んだ記憶は有ります。
私の誕生日という事でココット料理が食べ放題の日で、何度も彼の元に料理を運びましたし、ヴェルさんと、同じ常連さんのジョニーさんと競うように食べていたので印象が残っています。
私の誕生日の記憶は、朝から晩までしっかりあります。
朝ご飯を食べてからお父さんの仕込みを手伝って、昼に家族からプレゼントを貰い、夕方から食堂を手伝って、食べ放題の日と言う事もあり、とても忙しくてその日は疲れて早い時間に就寝したのまで覚えています。
でも、その日に告白されたのは覚えていません。なぜでしょうか。
「ごめんなさい。誕生日の告白の時からすでに判りません……」
「えっっ?? 」
「いえ、でも、お店に来てくれたのは覚えていますよ? ジョニーさんと競うように食べていて、そんなにこの料理が好きなのかなと思ったので」
「……アレは男のプライドの問題で引くに引けないから食べてただけで……。 いや、美味かったよ? 店主の料理は味は良いからたくさん食べれるんだ」
「ええ。おと……父の作る料理は味が良いんですよっ! ……量が問題ですけどね」
「同感だよ。 ―――で、その食べてる時に、君に告白をしたんだけど……? 」
「――――ええええっっ!!!??? 」
全く覚えていませんが?!
ヴェルさんとどんな会話をしたんでしたっけ?
私はソファに座りながら、腿に肘を立てて両手で頭を覆い、誕生日にヴェルさんと会話した事を思い出すべく、考え込む仕草をとりました。
隣に座るヴェルさんから、やや痛い視線が降り注いでいるのを肌で感じます。
……思い出してみましょう。
ええと―――……
この間の誕生日は、私が二十歳になったお祝いと言う事で、ココットと言う名前に因み、お店ではココット料理食べ放題の日でした。
普段出す料理は、てんこ盛りに乗った大皿ばかりで、腕がかなり痛くなりますが、その日ばかりは「小さいココット皿なら軽いので楽」と鼻歌交じりで給仕をしていました。
ですが、私の考えは甘く愚かだったと、日が沈みきる頃に思い知らされることになりました……。
普段の大皿料理は一度の往復で済むのに対し、ココット料理は何度も往復をする破目になったのです。
数多の常連さんは、大皿料理を一人で平らげる方たちばかりです。そんな方々がココット料理一つ二つでは足りないに決まっています。
一人に対し、ココット皿を大盆に乗せて何往復した事でしょう。開店二時間ほどで、私はダウン寸前になりました。
あまり愚痴を言わない私でさえ「誕生日くらいはゆっくりさせて!」と文句の一つも言いたくなりました。
「もうダメ。……あと一人で、私の今日の接客は終わりにしよう」そう心に決め、扉を開けた方に営業スマイルを向けました。
入ってきたのは、筋肉に埋もれてしまうと心配していた常連の青年さん―――ヴェルさんでした。
大抵は素敵筋肉の皆さんと一緒に来店するのですが、その日は彼一人でした。疲労困憊状態の私には、痩身で単体にて来店の彼は救いの神の様な存在に感じ、いつもよりサービス精神旺盛に接客をする事にしました。
―――彼はきっとそんなに食べない。 早く帰って、お風呂に入って寝よう!
私の思惑は見事に外れ、私はまたもや後悔する事になりました。
ヴェルさんは何故か、隣のテーブルに座るジョニーさんと、競うように食べ始めました。
大盆にたくさんココット皿を乗せて何往復しても、一向に食べやむ気配は有りません。二人が食べている間に休憩をと思い座っても、直ぐに「ココットちゃ~ん!! 追加!!」というジョニーさんの声が飛んできます。ヴェルさんも、ジョニーさんの元へ料理を届けるとついでとばかりに追加を申し出ていました。
もうヘロヘロ状態で、泣きそうになった頃でした。
ジョニーさんがテーブルに突っ伏しながら「ぅっっぷ! リバース寸前!!」と口元を押さえたのは。
そのジョニーさんの敗北宣言は、私の底なし疲労地獄に垂らされた一本の命綱の様にさえ感じた程でした。
厨房からその光景を覗き見ていた私の身体は歓喜に震え、底なし地獄からの脱却にガッツポーズをとったのは言うまでもありません。
敗者のジョニーさんは机から立つと、呻きながら化粧室へと走って行きました。その後ろ姿を見送った私は、人の居なくなったテーブルを片づけるべく、大盆を持ってヴェルさんの前を通りました。
ヴェルさんはついでとばかりに私を止め、最後のひと皿を頼み、小さくガッツポーズした後、歓喜の美酒を飲む如くテーブルに置いてある麦酒に手を伸ばし、一気に飲み干しました。
―――嬉しいのですね。私も”底なし給仕疲労地獄”から脱却できて、嬉しいです……。 やっぱり嬉しい時はガッツポーズですよねっ!!
ルンルン気分で厨房に行き、最後のココット皿を手に彼の元へ戻り、料理を机に置くと、珍しく彼が私に話しかけてきました。
「今日は小さい器ばかりなんだね? 大皿じゃなかったから驚いたよ」
ああ、知らなかったのですね?
毎年私の誕生日は、ココット皿を使った料理の食べ放題という事を。
彼の顔をこのお店で見るようになってから、まだ一年もたっていない事に気付き、説明するべく私は口を開きました。
「―――今日は、私の誕生日なんですよ。 だから、今日は大皿料理じゃなくて、ココット皿を使った料理なんです……」
「へぇ? ……今日が誕生日……。 プレゼントも何もないけど、祝わせて欲しい。 ―――おめでとう。ココット嬢の未来が、幸福に包まれている事を願っているよ」
「ありがとうございます! ……それでは、失礼しますね」
やっと仕事が終わったと、スキップしたい気分で厨房に向けて足を向けた時、私に向けて後方から声がかかりました。
「好きなんだっ! 」
辺りには麦酒を片手に笑いあっている方々が大勢居て、騒然としている店内でも聞き取れるほどの、はっきりとした口調でした。
後ろを振り向いた私の視界に入ったのは、彼が真っ赤な顔になりながらも、真剣にココット皿を見つめて居る姿でした。
そんなに真剣に見て……、この料理がそんなに好きなのでしょうか?
私もこのココット皿料理は好きです。
小さな器に入った小さな食材達。色取り取りのお皿の中にはそれぞれ違う料理が入っていて、見ていて楽しいです。
「……私も(この料理が)好きです」
同意の言葉を返すと、弾かれたように彼は顔を上げ、真っ赤な表情と潤んだ瞳を私に向けました。
そんなにこの料理を好きだと言う事が、恥ずかしかったのでしょうか?
確かに、男性が小さい器の料理を好きだと言うのは、恥ずかしいかもしれないですね。
でも、大丈夫ですっ!
私の兄も、巨漢の図体に似合わず、このココット皿料理が好きなんです!!
私と同じ理由で好きみたいですよ? だから、そんな恥ずかしがる事はないですよ?
私は、彼が恥入る必要がないとばかりに縦に首を振り、ラストの仕事の嬉しさと、ココット皿料理好きの同士を見つけた嬉しさで、緩みきった表情を彼に向けて言いました。
「私も、大好きです。(だから胸を張って公言しましょう?)」
私の言葉が嬉しかったのか、彼は「ありがとう」と眉を下げながら笑顔を浮かべ、テーブルの上にある最後の料理を食べ始めました。
私は厨房に戻り、両親に私の本日の業務終了を告げ、疲れ切った体を休めるべく家の扉を開けたのでした……。
―――アレッ?
告白って有りました?
『好き』という単語は出ましたが、それは「料理が好き」の『好き』ですよねっ?!
いや、でも他には告白に結び付く言葉は無いですし……。
ヴェルさんは、食べてる時に告白したと言っていた気が……。
あああああっ、どうしましょうっ!!
回想が終わった私は、ソファに足を組みながら隣に座るヴェルさんの腕を掴み、自分の犯してしまった『勘違い』という失態に青ざめながら、叫ぶように口を開きました。
「アレって、料理のことじゃなかったんですかぁ~~~~~っ???!!! 」
ご覧いただき、ありがとうございます!(^^)!
皆さんの『告白時の勘違い予想』は当たったでしょうかっ?!