婚約破棄された悪役令嬢は、静かに微笑む
王立学園の卒業記念舞踏会。
煌びやかなシャンデリアの下で、公爵令嬢レティシア・ヴァレンシュタインは静かにワイングラスを傾けていた。
そして次の瞬間。
「レティシア・ヴァレンシュタイン! 私はここに、お前との婚約を破棄する!」
第一王子アルフォンスの高らかな声が会場に響いた。
周囲がざわつく。
レティシアは驚くどころか、心の中でため息をついた。
(ようやくですのね)
王子の隣には、男爵令嬢ミリア。
清楚で可憐な少女は、まるで自分が被害者であるかのように王子に寄り添っていた。
「レティシア様は私をいじめていました!」
「証拠もある!」
王子が書類を掲げる。
学園内での嫌がらせ。
教科書への落書き。
階段から突き落とそうとした未遂。
数々の罪状が読み上げられた。
しかし。
「そうですか」
レティシアは落ち着いて答えた。
「認めるのか!」
「いいえ。すべて事実ではありません」
あまりにも冷静な態度に王子は苛立つ。
「まだ言い逃れをするのか!」
「言い逃れではなく事実確認ですわ」
レティシアはゆっくり会場を見回した。
「では王子殿下。証言者の方々をお呼びになってくださいませ」
「当然だ!」
呼ばれた生徒たちは次々と証言した。
「レティシア様がやったと聞きました」
「皆そう言っていました」
「噂になっていました」
それを聞いたレティシアは小さく笑う。
「なるほど」
「何がおかしい!」
「誰一人として実際に見ていませんのね」
「なっ……」
会場が静まり返った。
証言はすべて伝聞だったのだ。
だが王子は引き下がらない。
「しかし被害者本人がいる!」
「ではミリア様」
レティシアは少女へ視線を向けた。
「私が階段であなたを突き落とそうとした日はいつですか?」
「え……」
「日時をどうぞ」
「その……去年の春頃で……」
「その日は私は隣国訪問に同行しておりましたが」
ざわりと空気が揺れる。
「記録もございますわ」
レティシアの従者が書類を差し出した。
完全なアリバイだった。
ミリアの顔が青くなる。
さらに。
「教科書への落書きについてですが、その教科書を提出してください」
「もう捨てました……」
「それは残念ですわね」
次々と証拠が崩れていく。
やがて王子の額に汗が浮かび始めた。
「そ、そんなはずはない!」
その時だった。
「私からも発言をよろしいかな」
低い声が響く。
現れたのは宰相だった。
王国でもっとも権力を持つ人物の一人である。
「父上?」
王子が困惑する。
宰相は冷たい視線を息子へ向けた。
「実は以前から気になって調べていた」
宰相が机に大量の書類を置く。
「嫌がらせの手紙を書いていたのはミリア嬢だ」
「え?」
「自作自演……だと?」
会場が凍りつく。
さらに証人が現れた。
元使用人だった。
「ミリア様に命じられました」
「全部レティシア様のせいにしろと」
王子の顔から血の気が引いた。
ミリアは震えながら叫ぶ。
「ち、違います!」
「あの部屋から発見された指示書に君の筆跡鑑定結果も添付してある」
完全な証拠だった。
逃げ道はない。
ミリアは泣き崩れた。
「どうして……どうしてうまくいかなかったのよ!」
自白である。
王子は呆然と立ち尽くした。
「そんな……ミリア……」
その姿を見てレティシアは静かに頭を下げた。
「これで私への疑いは晴れましたでしょうか」
「……ああ」
王も苦々しくうなずく。
そして王子を睨んだ。
「アルフォンス」
「は、はい……」
「お前は証拠もなく未来の王妃を断罪した」
「申し訳ありません!」
王子は必死にレティシアへ向き直る。
「レティシア! 私は騙されていたんだ!」
「そうですか」
「許してくれ!」
だが。
レティシアは微笑んだ。
「お断りいたします」
「え?」
「殿下は一度たりとも私を信じませんでした」
王子は言葉を失う。
「幼い頃から共に過ごした私よりも、出会って数か月の女性を信じた」
「それは……」
「婚約は破棄で結構ですわ」
静かな言葉だった。
だが何よりも重かった。
「私は殿下の妃になるつもりはありません」
「待ってくれ!」
「失礼いたします」
レティシアは優雅に礼をした。
そのまま会場を後にする。
誰も引き止められなかった。
◇
一年後。
レティシアは隣国で活躍していた。
外交官としての才能を見出され、多くの国との交渉を成功させている。
「今日も大成功だったね」
そう声をかけてきたのは隣国の第二王子エドワルド。
穏やかで誠実な青年だった。
「ありがとうございます」
「本当に君はすごいな」
彼は笑う。
「だからこそ、改めて聞きたい」
レティシアは目を瞬かせた。
王子は片膝をつく。
「私と結婚してほしい」
「……え?」
「君と人生を歩みたい」
真っ直ぐな瞳。
そこには疑いも打算もなかった。
レティシアは思わず笑ってしまう。
「返事は決まっています」
「それは?」
「喜んで」
王子の顔が輝いた。
◇
その頃。
元王子アルフォンスは王位継承権を失っていた。
軽率な判断と責任能力の欠如を問題視された結果だった。
そして。
レティシアが隣国の王太子妃となるという知らせを聞く。
「もしあの時……」
後悔しても遅い。
失った信頼は二度と戻らないのだから。
一方レティシアは、愛する人と共に新たな未来へ歩き出していた。
かつて悪役令嬢と呼ばれた少女は、誰よりも幸せな笑顔を浮かべながら。




