精神科で起きた、止められなかった事故
そのときは、
ただの口論だと思った。
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男性患者のみの閉鎖病棟。
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外に出るには制限があり、
必ずスタッフが同伴する。
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逃げ場は、なかった。
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病室は多床室。
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二人、もしくはそれ以上。
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プライバシーは、ほとんどない。
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以前から、
患者同士のトラブルは続いていた。
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相性の問題だった。
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どうしようもないほど、
近すぎる距離。
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ある日。
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古株の患者がいる部屋に、
新しい患者が入ってきた。
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スタッフが同伴し、
簡単な挨拶を交わす。
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形式的なやり取りだった。
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その後、
スタッフは部屋を離れた。
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いつも通りの流れ。
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問題は、ないはずだった。
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——一時間も経たないうちに、
それは起きた。
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突然の怒鳴り声。
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激しい口論。
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そして、
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不自然な静寂。
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看護師が駆けつける。
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一人は、
その場に立ち尽くしていた。
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動かない。
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視線だけが、宙を見ている。
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もう一人は、
床に横たわっていた。
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動かない。
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呼吸もない。
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首の後ろに、
わずかな出血。
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それだけだった。
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主治医を呼ぶ。
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その場で、死亡が確認された。
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結論は、簡単だった。
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患者同士の争いによる事故。
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加害者となった患者は、
普段は穏やかだった。
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低姿勢で、
よく笑う人だった。
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危険な印象はなかった。
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理由を聞いた。
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「話をしていて、腹が立った」
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「突き飛ばしただけ」
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「自分は悪くない」
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そう言った。
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あのとき、
止めることはできたのか。
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考えることがある。
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だが、
答えは出ない。
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壊れる瞬間は、
予測できない。
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そして、
取り返しもつかない。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
この出来事を通して強く感じたのは、
「壊れる瞬間は予測できない」ということでした。
ほんの小さなきっかけでも、
取り返しのつかない結果につながることがある。
その積み重ねの中に、
人間関係の難しさがあるのだと思います。
こうした出来事の背景や考え方については、
X「こころの余白」で発信しています。
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