第5話:臆病な猫と天使と人形
「大丈夫ですか~?」
炭焼き小屋を離れ、黙ったままのアスカを心配するようにサクラが声をかけてくる。
「……大丈夫です。不思議な人ですね、ルリさんって。」
一緒にいるはずなのにまるでいないようで、しかしひとたび口を開けばその所作にくぎ付けになる不思議な魅力があった。
「ルリちゃんはとっても優しくてぇ、とってもしっかり屋さんなんです~。み~んなルリちゃんのことが大好きなんですよ~。」
鼻歌を歌いながらサクラが言う。
「疲れたら言ってくださいね~。一緒に休憩しましょ~。」
「大丈夫です。次はどこですか?」
サクラが心配しないようにと気持ちを切り替えて歩く。
次の目的地は講堂らしい。なぜ孤児院に講堂があるのかと問うが、サクラもわからないようだ。
講堂は炭焼き小屋から館を挟んで反対側にあるため、一度中に戻り西口から出ることになった。なぜかサクラに手を引かれて館に入る。
「ひっ!」
その時、小さな悲鳴が聞こえた。声のした方を見ると、一人の少女が立っている。
腰まで伸びた黒髪を揺らし、おびえるように本を抱く少女。それを見たサクラが声をかける。
「サヤカちゃん。この子はアスカちゃんって言って~。今日から一緒に暮らす子なんです~。」
「あっ、そ、そう……。」
サヤカと呼ばれた少女はか細い声でそう返しながらも、まるで警戒するかのようにアスカを見つめている。
「……アスカです。よろしくお願いします。」
「っ……!うぅ……。」
アスカがあいさつすると、サヤカは小さく悲鳴を上げて走り去ってしまった。
「……あっ、あの~、サヤカちゃんはちょっぴり怖がりさんなんです~。だから、怒らないであげてくださいね~?」
「………こんなことで怒ったりしませんよ。さ、行きましょう。」
怖がられたことに思うところはあったが、考えても仕方ないと無理やり気持ちを切り替え、講堂へと歩を進めるのであった。
館から出ると、鬱蒼とした雑木林が広がっていた。先程までいた東側と違い、西側はあまり手入れがされているようには見えない。
枯れた蔦が絡みつくアーチを抜けると、そこに講堂はあった。
孤児院の外壁と同じように蔦に覆われた講堂は、アスカの想像していたものよりも随分と小さいものであったが、その外観はまるで教会のような荘厳な雰囲気を漂わせており、神聖な場所であるかのように錯覚させた。
「……本当にここに人が?」
あまりに人の手が入っていなさそうな場所に尻込みしながら、サクラに声をかける。
サクラはそれに答えず「しーっ」と人差し指を立てると、ゆっくりと講堂に近づいていく。
「……………♪~♪~」
「………………歌?」
恐る恐るサクラの後を追うと、静寂の中にかすかな歌声が聞こえた。どうやら本当に誰かがいるようだ。
「イノリちゃんはよくここでお歌を歌っているんです~。歌うのが大好きな子なんですよ~。」
小さな声でサクラが教えてくれる。
ゆっくりと講堂の扉を開くと、そこには金色の長い髪をした少女がいた。
「―♪~♪♪~」
舞台の端に腰かけた少女は、目を閉じて歌う。天窓から差した光が、まるでスポットライトのように少女を照らしている。
その光景は、天使が舞い降りたのかと錯覚するほどに美しかった。
「♪~………あれ?」
やがて歌い終わったのか、少女が目を開く。
燃えるような赤い瞳が二人を捉えた。
「こんにちは、サクラちゃん。と……?」
「今日からここで暮らすアスカちゃんです~。」
サクラの簡潔な説明に、少女は微笑む。
「そう、なんだ。私はイノリって言います。で、こっちがメグちゃん。」
「えっ?」
あまりに神秘的な雰囲気に気圧され気が付かなかったが、イノリの膝には一人の少女が眠っていた。
真っ白なふわふわとした髪に、透き通るような白い肌。ピクリとも動かず眠る様は人形と見紛う程であったが、かすかに上下する体が生きた人間であることを証明している。
「……アスカです。あの、とても綺麗な歌声でした。」
あまりに神秘的な雰囲気に飲まれながら、何とか言葉を絞り出す。
「ありがとう。嬉しい、な。私の歌、いつでも聞きに来てね。」
「…………………………ハイ。」
あまりにも美しい天使の微笑みに、アスカは頷くのが精いっぱいであった。
「大丈夫ですか~?」
講堂を出て再び炭焼き小屋へと歩く。
メグにも挨拶をしようと思ったのだが、イノリ曰くしばらくは起きないとのことで、夕飯時に挨拶をすることにしてルリ達の方へ戻ることにした。
「………………大丈夫です。」
ゆっくりと深呼吸して返事をするアスカ。あのまま講堂にいれば、あの神秘の渦に飲み込まれていたかもしれない。
「ルリちゃん達、終わってるかな~。」
再びアスカの手を取って歩くサクラ。
「なんだか上機嫌ですね?」
あまりの浮かれように理由を聞いてみる。
「サクラの大好きな人たちをアスカちゃんに知ってもらうのが嬉しいんです~。」
「……そうですか。」
ウフフフと上機嫌に笑うサクラに手を引かれながら、アスカの心も軽くなるのだった。




