第24話:天の声
「ハァ……ハァ……。クソッ……!」
荒くなった息を整えながら、アスカは毒づいた。
「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ!あぁぁぁイライラする!」
苛立ち紛れに、頭が潰れて動かなくなったスバルに蹴りを入れる。
「………………アスカちゃん?」
そうして苛立ちを発散していると、後ろから声をかけられた。
「…………あぁ、スミレさん。」
ランタンを持って立っているスミレは、驚きに目を見開いたまま動かなくなる。
「…………えっと、目が覚めたらコナツちゃんがベッドにいなくて……。捜してたの……それで…………。」
やがてそれだけ呟くと、少しずつ後退っていく。
「だから……私…………。」
「スミレさん。」
「っ!」
スミレは呼びかけられて一瞬肩を震わせたが、怯えた目で見つめるだけで動かない。
「……私は、自由になるために行動することにしました。そのためにあなたも、あなたの居場所も、全て壊します。」
「…………………………そっか。」
アスカの言葉にスミレはじっくりと間を空けると、やがて全てを悟ったように笑った。
「応援、してるね?……私が言ったこと、忘れないでね。」
そう言って膝をつき、祈るように手を組んで頭を下げるスミレ。その体はわずかに震えている。
「…………絶対、忘れません。約束もちゃんと果たしますから。」
「……ありがとう、アスカちゃん。私の分まで生きてね。」
アスカはその声に頷くと、斧を振り下ろした。
アスカから逃れたカリンとサヤカは、階段を駆け下りて厨房へと飛び込んだ。
「なんで厨房なのよ?」
「武器を探すの。それに、ここにはミドリ先生がいる。」
扉に鍵をかけ、厨房の奥へと急ぐ。ミドリは食事を作る関係で厨房の隣に部屋があり、奥の扉から直接出入りできるようになっている。
「ミドリ先生!…………っ!」
カリンは勢い良く扉を開けた。しかし、目に飛び込んできたのはベッドに横たわり絶命しているミドリの姿であった。胸には包丁が突き立てられている。
「…………武器を探そう。いつここに来るかわからない。」
膝から崩れるカリンとは対照的に、サヤカは動き出した。
「……アンタ、なんでそんなに冷静なの?」
そんな後ろ姿に尋ねる。
「…………冷静じゃない。こんなところで死にたくないだけ。カリンも長い棒と紐を探して。」
「…………わかった。」
ポタ、ポタ……。
水滴が床を叩く音が微かに響く中、二人で厨房を探し回る。
「…………まずは武器が必要。攻撃できる範囲が広ければ、こっちがケガする可能性は低くなる……。」
ぶつぶつと呟きながら、引き出しをひっくり返すサヤカ。
その姿には確かに冷静さは感じられないが、奇妙な頼もしさがあった。
「……ありがとう、サヤカ。アンタの事、ちょっと誤解してたかも。」
「……わたしもカリンの事、もっと怖い人だと思ってた。…………ユキナの言う通り、もっと早く話してみればよかった……。」
「アタシ、そんなに怖い?」
「いっつも怒ってたから……。」
「そんなにいつもは怒ってない!…………と、思う。たぶん……。」
「ほら、怒った。」
「怒ってないわよ!」
「……フフッ。」
「……アハハッ。」
笑いあったことで心に少しの余裕が生まれた。二人は頷きあい、武器の材料探しに戻る。
「とにかく、隠れるにしろ戦うにしろ武器は必要。」
「そうね、アイツ等に一泡吹かせてやりましょう。」
「……戦うつもりなら、わたしの部屋にいろいろと準備してある。まずはそっちに——。」
グシャッ!
聞き覚えのある嫌な音と共に、サヤカの言葉が途切れる。
「……サヤカ?」
呼びかけても返事は無い。恐る恐るランタンを持ち上げ、サヤカがいた辺りを照らす。
「…………やっぱり来ると思ったよ?」
「——っ!……メグ…………?」
そこにいたのはサヤカではなく、大きな鉈を持ったメグであった。
その足元には、先ほどまで話していたはずのサヤカが頭から血を流して倒れている。
「カリンもサヤカも賢いから、どっちかはここに来ると思ってたけど、まさか二人一緒に来るとはね。……もう少し考えればわかってたかな。」
メグは肩に掛けた布袋を撫でながら、カリンに向かって歩いてくる。
「……アンタもアスカ達の仲間、なのね?」
カリンは後退りしながら、自分たちが入ってきた扉へと向かう。
「違うよ。選んだ手段は同じだけど、メグの目的は、メグが自由になることじゃない。」
そう言って持っていた鉈を机に置くと、メグは布袋から金色の毛玉を取り出した。
「ひっ——!」
否、それは毛玉などではない——イノリの頭だ。
長かった髪は首ごと切り取ったのか短くなっており、その表情は安らかにも見える。首の切断部には布が巻いてあるものの、すでに血を吸い取りきれなくなっているのか、赤い雫が床に落ちる。
ポタ、ポタ……。
「メグからイノリを開放する。それがメグの目的だよ。」
「だったら……。だったら、アンタが死ねばいいでしょ?!殺して開放?ふざけんじゃないわよ!」
メグの勝手な言い分に怒りが湧いてきて叫ぶ。メグはふるふると首を振った。
「それじゃあ意味がないの。メグが先に死んだら、イノリは余計にメグに囚われるから……。」
「なんで、そんなこと……。」
確信を持っているかのように語るメグに思わず問うと、メグは机に置いた鉈をもって再び歩き出した。
「カリン、天声教って覚えてる?」
「天声教……?」
カリンは記憶を探るように反芻する。どこかで聞いた名前だ。でもどこで——?
「『天からの声を御子より賜る教団』だから天声教。6年前まで活動してたんだけど、いろいろあって解散したの。……メグの父さまはそこの教祖だった。」
6年前と言えば、カリンは6歳、メグは5歳だ。覚えているわけがない。
いや、メグは覚えているのだ。一度見たものを忘れないメグは覚えている。
「イノリとサヨも一緒に暮らしてた。カリンにも一回だけ会ったことあるよ?カリンのお母さん——時子が連れてきたことがあったの。」
「……は…………?なんで…………?」
カリンは母の名前など、ここにいる少女達に話したことは無い。メグの言葉が真実味を帯びていく。
「時子の料理はすごくおいしくて、いっぱいおかわりしたっけ。……人を殺したって聞いたときは、すごく残念だったよ。」
「……やめて…………。」
カリンの脳裏に、忘れたい記憶が蘇る。警察に連れていかれる母。近隣の住民達の蔑むような目。次第に追い詰められていく父。
「助けてあげたかったけど、その前の日に父さまも死んじゃってどうすることもできなかったの。」
「……助けるって……どうやって…………?」
嫌な記憶を思い出して頭がくらくらした。メグが一歩近づいたことに気付き、慌てて後ろに下がる。
「メグは御子だったから、みんな何でも言うことを聞いてくれたの。」
「御子……?」
もう一歩メグが近づいた。カリンも同じように一歩下がる。
「そう、『天からの声を御子より賜る教団』の御子っていうのがメグ。イノリは天に捧げる歌を歌う役。サヨは祈りを捧げて御子を補助する祈祷師の役を持ってたの。メグのお世話をするのも二人の役目だった。」
これまでの生活から、三人の様子は簡単に想像できる。
「イノリはメグのお世話をすごく頑張ってくれて、ここに来てからもそれは変わらなかった。サヨは自由に過ごしてたけど、前から一人で行動することが多かったからあんまり気にならなかったかな。」
「……それが、イノリの解放とどう関係するわけ?」
「……イノリは父さまから、メグとずっと一緒にいなさいって言われてたみたい。だから、イノリはメグのそばを離れられない。メグがここにいる限りどこにも行けないし、メグが先に死んだら、イノリはメグから解放される機会を永遠に失ってしまうの。」
メグはわかったかとでも言う様にじっとこちらを見つめてくる。しかし、彼女の言い分には納得できない。
「そんなの、アンタが一言『自由に生きろ』って命令すればいいでしょ?」
「そんなことして、イノリに何が残ると思う?人間の悪意も、失敗の辛さも知らない……。何も知らないのに、いきなり『あなたは自由だよ』って手を離されて生きていけると思う?」
ここでの生活において、イノリはずっとメグの世話を焼いていた。長年一緒に生活してきたカリンでさえ、イノリが一人で行動しているところをほとんど見たことが無かったし、していたとしても大抵はメグのためであった。
「だからって殺さなくてもいいでしょ?知らないことは、これから知っていけばいいんだから……。」
「外の世界は、そんなの待ってくれないよ。大人達は勉強を教えてはくれるけど、社会での生き方までは教えてくれない……。無責任だよね?」
「一緒に暮らしてたクセに、殺して開放するなんて言ってるヤツの方がよっぽど無責任よ!」
その言葉に、歩いていたメグが動きを止めた。カリンはもっと距離を取ろうと後ろへ下がる。扉まであと少しだ。
「……責任は、取るよ。これはメグの行動の結果だから、メグはイノリの命を背負って生きていく。」
「…………勝手にすれば。」
それだけ吐き捨て、扉へ走る。鍵を開ける必要はあるが、この距離ならメグが追い付く前に扉を開けられる——!
ガシャン!
「がぁ——!」
扉まであと少しというところで左足に鋭い痛みが走り、足がもつれて転んでしまった。
見ると、狩猟用のトラバサミが左足に噛みついている。
「痛っ——!ぐっ…………うぅ…………!」
なんとか開こうと力を込めるが、トラバサミはしっかりと左足に食い込んでいてカリンの力では外すことができない。
「……カリンは賢いけど、一つのことを考えると他が疎かになるよね。」
痛みに耐えながら四苦八苦していると、近くから声が降りかかる。思わず見上げると、メグと目が合った。左手に持たれたイノリの首から血が滴る。
ポタ、ポタ……。
「サクラがいなくなった時、どうしてアスカが焦っていないことに疑問を持たなかったの?ユキナを捜しに行った時、どうして舞台の上を自分で確かめようとしなかったの?……そういう疎かにしてきた思考の積み重ねが、今の状況を作ってるんだよ?」
メグの瞳からは何の感情も読み取れない。きっとここで死ぬのだと考えた時恐怖が限界を越え、カリンは意識を失った——。




