第23話:I, said the ——
コンコン。
「?はぁ~い。」
マリナが自室で見回りの準備をしていると、扉がノックされた。
時計の針は11時58分を指している。見回りの交代は日付が変わってからのはずだが、シズカがわざわざ交代を告げに来たのだろうか。
「…………って、おチビ達じゃん。」
扉を開けると、コナツとヒナコが両手を後ろに回してにこにことこちらを見上げていた。
「どした~?寝れなくなったか~?」
二人の話を聞こうと膝を折り、目線を合わせる。
ボーン!ボーン!
その時、廊下の奥から鐘の音が聞こえた。それと同時に、少女達が一歩踏み出す。
「………………えっ?」
瞬間、胸のあたりに衝撃と鋭い痛みが走る。視線を下げると、果物ナイフが二本、少女達の手によって突き立てられていた。
「ぐぅ…………ぅ…………ゴホッ……。」
あまりの痛みに後ろへ倒れこむ。呼吸をしようと息を吸うが、喉奥から流れ出てくる血がそれを阻み、うまく酸素を取り込むことができない。
「うまくいったね、ヒナコちゃん!」
「うまくいったですよ、コナツちゃん!」
足元から二人の声が聞こえてくる。
「あ、あんた、達……ゴフッ……なにを…………。」
「お二人さ~ん。うまくいった?」
いつもと変わらない笑顔でこちらを見下ろす二人、そこに新たな声が加わった。
「おっ、バッチリできたね二人共!えらいぞ~。」
「「えへへ~!」」
声の主—アヤは部屋に倒れ伏すマリナを見ると、二人の頭を撫でる。
「アヤちゃん……なんで…………?」
もはや声を出すことも苦痛だが、思わず疑問が口から漏れた。するとその声が聞こえたのか、アヤが近くにやって来てしゃがみこんだ。
「ん~、まぁなんというか、あたし達にとって大事な犠牲っていうか……。ごめんね?」
それだけ言ってアヤは離れていく。
「さてお二人さん。とりあえず君達のお仕事はこれでおしまいだから、あとは好きに遊んでて。」
「お手伝いに行かなくていいの?」
「いいですか?」
アヤは純粋な目で見上げてくるコナツとヒナコを撫でながら考える。
「え~っと……ミドリ先生はあたしがヤったし、残った先生は院長先生だけ。そっちはアスカちゃんが何とかするでしょ?ルリちゃんはお楽しみ中だし……。」
「ルリちゃんも遊んでるですか?」
「コナツ、行きたい!」
「ヒナコも!」
元気に手を上げる二人に、アヤは溜息をつく。
「あ~……たぶん今行ったら邪魔するな~って怒られちゃうからやめようね。あたしは他を見てくるから、二人はここにいて。……マリナ先生のことは好きに壊していいからさ。」
「……こわ……す…………?」
部屋の奥へと這っていたマリナだが、不穏な言葉が聞こえて振り返る。そこには爛々と輝く四つの目が、マリナを見下ろしていた。
「…………ほんとに、いいの?」
「あぁ、いいとも。」
「ルリちゃんに怒られないですか?」
「きっと褒めてくれるよ。」
アヤが促すと二人は笑い、まるで獲物を見つけた獣のようにじりじりと近づいてくる。二人の手の中で果物ナイフが怪しく光った。
「それじゃあ先生?……さようなら。」
アヤがゆっくりと扉を閉める。嘲るような薄ら笑いが、扉の向こうへと消えていく。
「待って……。たすけ——。」
扉が完全に閉まった時、小さな獣達は牙をむいて目の前の獲物に飛びかかった。
「……ア、スカさん…………。なんで…………?」
シズカが背中の痛みに耐えながら少女を見上げる。
「……私達が自由になるためには、あなた達が邪魔なんです。」
アスカはその姿を冷酷に見下ろすと、手に持った斧を振り上げた。
グシャッ!
振り下ろした斧がシズカの頭を直撃し、不快な音が響く。
アスカは痙攣しているシズカから斧を引き抜くと、目の前の惨劇に戦慄く三人に目を向けた。
「こんな時間に、どこに行ってたんですか?」
「……講堂に行ってたのよ。ユキナを捜しにね。」
カリンの言葉に、アスカは溜息をつく。
「で、見つかりました?」
「えぇ、見つけたわ。……アンタ、あの隠し部屋の事知っていたわね?だからあの時、真っ先に舞台の上を捜すって言い出した……!」
「正解です!やっぱりカリンさんは賢いですね。なんかなんとか教?の研究室だそうですよ。」
アスカが心底可笑しそうに手を叩いた。
カリンはこの場を切り抜ける方法を考えながら口を開く。
「ユキナを殺したのはアンタ?それともルリ?」
「そこまでわかったんですか。……ルリさんですよ。私も何も聞かされてなかったので驚きました。まぁ、あそこにはサクラさんの骨を保管してますから、知られるわけにはいかなかったんですよ。」
シズカが落としたランタンがアミナを照らした。その顔には薄ら笑いが張り付いている。
「!やっぱり、サクラはお前が……!」
しかし、サヤカが睨みつけるとアスカの顔から笑みが剥がれた。
「……仕方がなかったんです。私のやりたいことが見つかるまで一緒にいるって言ってくれて……。でもそれって、やりたいことが見つかったらサクラさんは私から離れてしまうかもしれないってことでしょう?……ふと目が覚めて、隣にサクラさんが眠ってて、そんなこと考えてたら寂しくて、憎くなってきて……。」
アスカはがしがしと頭を掻きながら続ける。
「気が付いたらサクラさんの首を絞めてて、サクラさんは動かなくなってて……。……その時にわかったんです。私が求めていたものが……。」
「「「っ!」」」
その目が瞬く間に狂気を帯び、カリン達は息をのんだ。
いつもの背伸びして大人ぶっていた少女の姿はもうそこにはない。
「私は……自由が欲しい!居場所とか、規則とか、私を縛り付けるものすべてを壊してっ!!…………自由になりたいんです。だから——。」
狂気が、三人に焦点を合わせた。
「あなた達は、ここで死んでください。」
「——ふざけんなっ!」
アスカが一歩踏み出した瞬間、スバルが飛び出して斧を持つ右手を掴み、体ごと壁に押し付ける。
「お前の勝手な都合でっ!殺されてたまるかよっ!」
「スバル!」
カリンが叫ぶ。スバルは振り返ることなくアスカと組み合っている。
「逃げろカリン!どっかに隠れるんだっ!」
「だったらアンタも——!」
「誰かがコイツを押さえとかなきゃいけねぇだろ!?だからお前は逃げろ!」
後ろを振り返ることなく、スバルは叫ぶ。
「……サヤカ!固まってねぇで、カリンを連れて逃げろっ!」
「っ!カリン、行こうっ!」
サヤカに手を引かれ、カリンも走り出した。
「死ぬんじゃないわよ!スバル!」
「……当たり前だっつの。」
二人が逃げたのを気配で感じ、スバルは呟く。
「しばらくは大人しくしててもらうぜ、アスカ?」
「……ふざけるなは、こっちのセリフだ!」
アスカの膝蹴りが横腹をとらえ、スバルは思わず手を放す。すかさず距離を取ろうと後退するが、それよりも早くアスカの蹴りが鳩尾に入り、その衝撃と痛みで倒れてしまった。
「がぁっ!ぐっ……ゲホッゲホッ……!」
「ハァ……ハァ……。」
アスカは肩で息をしながら、スバルを見下ろす。
「ハァ……ハァ……そういえばスバルさん、ボール遊びが好きでしたよ、ねぇっ?!」
あまりの痛みに悶えていると、再びアスカに蹴りを入れられた。
「ぐぁっ!」
「あなたのっ!せいでっ!余計な手間がっ!増えたじゃっ!ないですっ!かぁ!」
何度も蹴りを入れられ、意識が遠のいていく。
「はぁ……。だから嫌いなんですよ。ガサツで、馬鹿で、鬱陶しくて。……あなたを見てるとイライラする。」
「…………へっ、悪ぃな。男所帯で生まれたから、こんなんになっちまってよ……。」
最後の力を振り絞り、アミナの足を掴む。
「…………だからかなぁ……?アイツを守りたいって思っちまった……。お前には、ぜってぇ殺させねぇ…………!」
薄れていく意識の中で、カリンの顔が脳裏に浮かんだ。喧嘩も絶えなかったが、強さと女性らしさを兼ね備えた彼女に密かに憧れを抱いたりもした。短い人生の中で過ごした彼女との時間には、家族としての絆を確かに感じられる。
「……愛してるぜ……きょうだい…………。」
力尽きて目が閉じていく。振り上げられた斧が最後に見えたが、スバルはまったく怖くなかった。




