第21話:暗闇の底で
「…………やっぱり納得できない。」
真っ暗な部屋でカリンは呟いた。
時刻は夜の11時を回っており、いつもならとうに寝ている時間であったが、あれこれ考えてしまって眠れない。
「ユキナは絶対に講堂に行ったはず。何も見つからないなんておかしいわ。」
思考の中心にあるのは朝の捜索について。……何か見落としがあるのだ。そうでなければ、人が消えるなんてありえないのだから。
「………………だったら——。」
「ひゃっ!……アンタ起きてたの?」
「確かめに行こうぜ。じゃなきゃ、納得できないんだろ?」
いつから起きていたのか、スバルが声をかけてくる。
「……一緒に来る気?」
「あぁ……。オレもなーんかモヤモヤして寝れないしな。それにお前一人で行かせて、もし帰って来なかったら寝覚め悪いし。」
体を起こしたスバルは、ヤレヤレと頭を振った。
カリンはそんな姿に頼もしさを覚えたが、それを表に出さずに起き上がる。
「だったら、さっさと行くわよ!」
「おうっ!」
そうして二人は部屋を抜け出した。
見回りの大人に見つからないようにランタンに火を点けずに廊下を歩く。
西側の階段近くまで来た時、暗闇の中に動く影があった。
「だ、誰…………?」
「……その声、サヤカか?」
「!…………スバル。と、カリン?」
スバルが声をかけると、影—サヤカは警戒したような声を上げる。
「今度は誰を襲うの?……わたし?」
どうやらサヤカはこちらを疑っているようで、一歩後ろへ下がった。
「……講堂に行くの。もう一度ユキナを捜すために。」
「……自分たちの犯行の証拠を消すため、の間違いじゃないの?」
「っ!てめぇ——!」
スバルがサヤカへ掴みかかる—前に、カリンは二人の間に割って入る。
「どう思われたって仕方ない。……先にアンタを裏切ったのはこっちだもの。だからサヤカ、アタシ達を見張ってみない?もしアタシ達がユキナを襲った証拠が見つかったら、アンタは全力で走って先生達に言いつければいい。どう?」
「………………。」
そう提案すると、サヤカは黙り込む。
「——おい、やばいぞ!」
しばらく返答を待っていると、突然スバルが小さく声を上げた。
振り返ると、廊下の向こうで明かりが揺れている。どうやら見回りがやってきたようだ。
「……どうするの、サヤカ?」
「………………わかった、行こう。」
暗闇で互いの表情は見えなかったが、三人は頷きあって階段を降りる。
音を立てないように館を抜け出し講堂へと入ると、静寂が三人を迎えた。
「…………すごい血の臭い。」
カリンがランタンに火を点けると、鼻をつまんだサヤカの姿が照らし出される。
「……そうか?なんの臭いもしねぇけど。」
「その臭い、どこからするの?」
サヤカが人並外れた嗅覚を持っているのは何となく気づいていた。
普段ならこんな話は信じないのだが、サヤカが常人より嗅覚が鋭いというなら何か見つけられるかもしれない。
「……わからない。でも、ここには何かある。」
サヤカの答えは期待していたものとは違っていたが、気を取り直して辺りを照らしてみる。すると、時間が止まったかのように制止した講堂がぼんやりと映し出された。
サヤカもランタンに火を点け、三人で客席を回る。
「…………やっぱり何もない。」
「舞台の裏に行ってみようぜ。」
舞台に上がって下手側の袖に入ってみるが、人が隠れられるような場所はどこにもない。
そのまま壁伝いに幕の裏を歩いて上手側へと向かう。
「……うっ!」
舞台の中心辺りまで歩いた時、突如サヤカがうずくまった。
「どうしたの?!」
「大丈夫か?!」
「……ここ、血の臭いが強い。」
サヤカが涙目になりながら答える。
「……っても、何も無いぞ?」
スバルの言う通り、通路には何も置かれていない。
カリンは壁に触れながら近くを歩いてみる。木材をつなぎ合わせたことでギザギザと波打った壁に、横方向に滑るカリンの爪がひっかかって音を出す。
カタカタカタカタ——。
「…………うん?」
そうしてサヤカの前を通った時、その音がくぐもって響いた。
音が変わった所を軽く叩いてみる。
コンコン。
次に一歩下がって同じように叩く。
カッカッ。
すると音は響かず、叩くと同時に消えていった。
「……空洞がある。隠し部屋があるのかも!スバル!」
「あぁ!」
二人で壁を動かせないか調べてみる。
「……くそっ、開けよ!このっ!」
しばらくして変化のない壁に苛立ちを覚えたのか、スバルが壁に蹴りを入れた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
すると、カリンの近くの壁が浮き上がり、スバルが蹴りつけた壁が沈む。
回転するように開いた扉の奥には階段があり、暗闇へと続いていた。
「本当に、あった………うぇっ。」
扉が開くと同時に向こうからの空気が流れ込み、三人の背後の幕を揺らす。暗闇の奥からは、カリンとスバルでも感じることができるほどの強い異臭がした。
「……サヤカ、無理そうなら先生を呼んできて。見回りをやってるから、館に戻ればすぐに会えるはずよ。」
「……行く。わたしも自分の目で確かめたい。」
カリンが心配して声をかけると、サヤカはそれを振り払うように首を振り立ち上がった。
「……わかった。行きましょう。」
「うん。」
三人は階段を降りる。階段はそれほど長くないようで、一段降りるごとにすぐそこに見える床が照らされていく。あと数段といったところまで降りると、その床に変化が現れた。
「……あれ、足か?」
スバルの呟きは、誰にも返答されることなく暗闇に消えていく。
微かに照らされた床には子供の靴があり、それは三人に靴底を見せるように転がっていた。
階段を降りるにつれて靴の先が見えてくる。細い脚、自分たちと同じ制服。
――そして、頭頂部が赤く染まった金色の髪。床に広がる赤黒い染み。
「ユキナ!——っ!」
サヤカが駆け寄り、うつ伏せに横たわるユキナに触れる。しかし、その体はすでに熱を宿してはいなかった……。




