第19話:青いガラスに映るもの
昼食の時間になり食堂へ行くと、サヤカとカリン以外の全員が集まることとなった。
大人達も食堂に集まっており、シズカから午後の行動について注意が入る。
一つ。トイレに行く時を除いて、談話室と自室以外に行かないこと。
二つ。一人で行動しないこと。
そして今後しばらくの間、午前の勉強の時間は中止とし、これらの注意事項を守ること。
それだけ伝えると、ミドリ以外の大人達は出ていき、少女達はミドリに従って各々昼食を食べ始める。
アスカが温かいスープを味わっていると、ルリが隣に座った。
「このあと私の部屋に来ない?」
部屋に一人でいるわけにもいかず、かといって談話室にいても少し気まずいと感じていたアスカにとって、この誘いは願ってもないことであり二つ返事で了承する。
手早く昼食を済ませ、二人でルリの部屋へと向かった。
ルリの部屋は自室と同じ間取りであったが、初めて入る他者の部屋に目新しさを感じ、ついキョロキョロと部屋を見回してしまう。
「今お茶を淹れるからね。」
ルリはオイルランプに火を点け、お湯を沸かしていた。
「……火を扱う時は二人以上で、じゃなかったんですか?」
いつかと同じ質問をする。
「えっと……。ケンイチさんに借りてるの。みんなには内緒だよ?」
テキパキと手を動かしながら、器用に目を泳がせるルリ。
「……ケンイチ先生、ルリさんに甘くないですか?」
「……うん。」
「……?」。
いつもと違うルリの様子に首をかしげていると、視界の端に見慣れないものが映った。
「…………ひっ!」
先程部屋を見回した時にはいなかったそれが何かを認識した時、思わず悲鳴が漏れる。
金色の髪で右目を隠し俯く小柄な少女。
あの日見た姿そのままに、サヨが部屋の片隅に佇んでいた。
「……アスカちゃん?」
「ひゃいっ!」
サヨから目を離せずにいると突然声をかけられ飛び上がる。
振り返ると、ルリがティーカップを持って立っていた。
「どうしたの?」
「あ、えっと……。」
「………………もしかして。」
どう誤魔化そうか悩んでいると、ルリも部屋の隅を見る。
「アスカちゃんにも、あの子が見えるの!?」
「え……?」
嬉しそうなルリの表情に、アスカの困惑は深まるばかりであった。
「サヨちゃんがいなくなってしばらく経ってからかな。時々あんな風に部屋の隅に立ってるサヨちゃんが見えるようになったの……。」
いつかの出来事を話すと、ルリも部屋の隅に佇む彼女について話してくれた。
「最初は帰って来たんだと思ったんだけど、話しかけても返事してくれないし、触れることもできないし。じゃあやっぱり幽霊なんだ、って……。」
ルリは話終えるとティーカップを口元に運ぶ。
「怖くないんですか?一応、幽霊なんですよ?」
アスカの質問に、ルリは首を振った。
「サヨちゃん、私の事心配してくれてるのかなって。そう思ったらなんだか嬉しくなっちゃって……。」
「……そうですか。」
俯いているサヨの表情は、アスカからは見えない。
とはいえルリの考えを否定する理由もないので、そんなものかと納得することにした。
「……でも、嬉しい。アスカちゃんにも、サヨちゃんが見えるなんて。」
「申し訳ないですけど、私はあまり嬉しくありません。」
「えぇ~?」
ルリは膨れてみせるが、アスカからすれば全く関わりのない自分になぜサヨが見えるのかわからない。
「サヨちゃん、人を驚かせるの大好きだったから、アスカちゃんを驚かせたかったのかも。」
「……勘弁してください。」
あの日の恐怖は、まだアスカの中に沁みついている。
ルリには申し訳ないが、これ以上サヨと関わるのはごめんだった。
「……ねぇ、アスカちゃん。……アスカちゃんから見て、ここはどう?」
突然、ルリが話題を変えた。
「…………。」
あまりに抽象的な質問に、少し考える。
「……悪くない、とは思います。少し退屈ではありますが。」
山奥にあるこの孤児院には、娯楽となるものがほとんど無い。
心の傷を癒すためとシズカは言っていたが、これほどまでに社会から隔絶された場所である必要は無いだろう。
「そうだね……。それに窮屈だよ。同じ制服を着て、同じ時間に同じことをして……。私達、大人の勝手な都合や思い込みでここに閉じ込められているみたい……。」
ルリはそう呟き、外を眺める。白銀の地上と灰色の厚い雲は遠くの方で溶け合い、その境界を曖昧にしていた。
「ケンイチ先生がいても、ですか?」
「……ケンイチさんのことは好きだけど、結局あの人も大人だから。」
寂しそうにルリは笑う。
「私達とは考え方が違う。きっとあの人は、私の考えなんてちっともわかってない……。」
「ルリさん……。」
アスカには男女の機微などわからない。しかしルリの表情は、どこか疲れているように見えた。
「前に聞いたよね?ここを出たら何がしたい?って。……私は、もっと自由に生きたい。」
ルリが立ち上がり、くるりと回る。制服のスカートが花のようにふわりと広がった。
「誰にも縛られず、誰にも命令されず、規律とか慣習とかに左右されず、好き勝手に生きてみたい。」
——自由になりたい。
ルリの心の内が見えた気がして、アスカは震えた。
「その時は、アスカちゃんにも一緒にいてほしいな。」
「……えぇ、よろこんで。」
伸ばされた手を取り、アスカも立ち上がる。
改めて、ルリと心を通わせることができた喜びを噛みしめるのであった。
気が付くと、真っ暗な空間に立っていた。
自分の体を見下ろすと、色も形もはっきりと認識でき、これが夢なのだと自覚する。
キョロキョロとあたりを見回していると、突如目の前に金髪の少女が現れた。
「……サヨさん?」
サヨは俯いていて、表情が見えない。
「……サヨさん、ですよね?」
名前を呼びながら恐る恐る近づいてみると、何か呟いているようだ。
「………い。…………………て…………。」
何を言っているか聞き取れず、もう少し近付いてみる。
「……がい。………を……けて…………。」
「……聞こえません。なんて言ってるんですか?」
もう一度呼びかけてみるがサヨからの反応は無く、ただ同じ言葉を繰り返しているだけだ。
「………………ちゃん。……て。………………ちゃん。」
しばらくすると、サヨが違う言葉を口にし始めた。
今度は聞き逃すまいと、うんと顔を近づける。
「……………………アスカちゃん。起きて。」
「えっ……。」
「アスカちゃん。」
「——!」
目を開けると、マリナがこちらをのぞき込んでいた。
「おっ、起きたな~。ね・ぼ・す・け・さんっ☆」
「うわぁ……」
「おいっ、引くなよ☆傷つくだろ☆」
起きざまに強烈なものを見せられてはっきりと意識は覚醒したが、頭がくらくらする。
「ルリちゃんから部屋で寝てるって聞いてたけどぉ、夕食も食べずに寝てるとは思わなかったゾ☆……わかったからそんな目で見るなよ。」
マリナの言葉に思わず時計を見ると、8時22分を指していた。
「そんなに寝てたんですね……。」
「最近、気が滅入ることばっかりだから、疲れちゃったのかもね。」
そう言ってマリナが頭を撫でてくる。
「……子供扱いしないでください。」
「なぁに言ってんの。アスカちゃんは、マリナ先生のカワイイ子どもだよ。」
マリナが優しく微笑む。せめてもの抵抗に睨みつけると、マリナは仕方ないと言うように手を離した。
「せんぱ……ミドリ先生におむすび作ってもらったから、今夜はそれで我慢してね?」
ベッド横のテーブルにはおむすびとティーセットが置いてある。
「……ありがとうございます。」
「でも、まずはお風呂に入っちゃいな?9時以降は見回りが始まっちゃうからね。」
それだけ言って、マリナは部屋を出ていった。
アスカも着替えを袋に入れて肩に掛けると、風呂場へと向かう。
ランタンの明かりを頼りに暗い廊下を歩き、脱衣場の扉を開けた。
「えっ……?」
「あっ……。」
そこには下着姿のスミレの姿があった。
お互いに言葉を失い、しばし見つめあう。
「……あっ、み、見ないでっ!」
突然スミレがしゃがみこみ、足元のランタンがその体を照らす。
「……?…………っ!スミレさん、それ……!」
アスカが目にしたのは、スミレの背中や二の腕にある無数のやけどの跡であった。




