第1話:少女はなぜここに来たのか?
孤児院の建物はコの字の形をしているようで、真ん中の辺に正面玄関はあった。
扉を開けて中に入ると、広いエントランスが目に飛び込んでくる。
キョロキョロとあたりを見渡すと、大きな振り子時計が目を引いた。
時計は長い振り子を揺らし、コチコチと小気味良い音を立てている。
「こっちよ。」
ゆっくりと揺れる振り子に目を奪われていると、シズカが手招きする。
慌ててシズカに付いてエントランスを東側へ進み、建物の中を歩く。
古びた外観に反して館内はきちんと管理されているようで、埃一つ落ちていない。
豪奢な内装は孤児院というより、どこかの貴族の屋敷といった様子だ。
真っ赤な厚い絨毯の敷かれた廊下は静かで二人の足音だけが響くが、時折どこかから少女のものらしき笑い声が聞こえてくる。
「……孤児院っぽくないですね。」
思わず声が漏れる。それに気づいたシズカが笑った。
「ここは元々、あるお金持ちの別荘だったの。それを買い取って孤児院にしたのよ。」
「こんな山奥にですか?いろいろと不便なのでは?」
「そうかもしれないけれど……。自然の中での生活は、きっとアスカさんの心を癒してくれるわ。」
「そうですか……。」
そんな話をしながら突き当りを曲がり奥へ進むと、プレートに院長室と書かれた扉の前で立ち止まった。
「どうぞ、入って。」
シズカに促され部屋に入る。廊下同様厚い絨毯の敷かれた室内には所狭しと本棚が並べられ、客用と思しきソファと長机、その奥には院長のプレートが置かれた机もある。
言われるがままにソファへ腰を下ろすと、シズカがゆっくりと口を開いた。
「改めて当施設へようこそ、アスカさん。警察の方から書類をもらっていないかしら?」
「はい、これですね。」
鞄から封筒を取り出し、シズカに渡す。
「……渡されたときにいろいろ言われたんですけど、あのおさげの警察官とはお知り合いなんですか?」
「昔馴染みなの。適当なこと言ってたでしょう?あんまり真に受けちゃダメよ?」
「はぁ……。」
たしかに変な人であったな、と警察官の姿を思い出しながら、書類に目を通すシズカを観察する。
歳は二十代後半だろうか。胸まである髪を緩く束ね、赤い眼鏡の奥の理知的な瞳が、彼女の聡明さを物語っている。
「……アスカさん。この書類、中は見たかしら?」
「いえ、ただ渡されただけです。」
封筒の中身は、自分に関するものだと推測していたが、何かあったのだろうか。
「そう……。施設内を案内する前にいくつか確認してもいいかしら?……答えたくなかったら答えなくてもいいから。」
「はい。」
シズカの真剣な声に返事をしながら、姿勢を正す。
「アスカさん、12歳。ご両親が事件に巻き込まれてしまい当施設にて保護。間違いないわね?」
「正確には両親ではありません。孤児だった私を引き取ってくださった方々が、強盗に襲われて亡くなってしまったので、ここに預けられることになりました。」
アスカが訂正すると、シズカは苦い顔をした。
「……引き取られる前はどうしていたのかしら?」
「別の施設にいました。そこも私が引き取られた後に無くなってしまったみたいですが。」
「……そう、なのね。」
質問に答えるとシズカは絞り出すように呟き、院長室に重い沈黙が流れる。
「……あの——。」
コンコン。
アスカが沈黙を破ろうと声を発した瞬間、扉がノックされた。
「……どうぞ。」
シズカが入室を促すと、扉が開けられる。そこから現れたのは、スーツ姿の女性だった。シズカと同じくらいの年齢だろうか、腰まである長い髪は脱色されている。
女性は頭を掻きながらずかずかと入ってくる。
「シズカさ~ん。今日って新しい子が来るんスよねぇ?大体いつ頃に……。」
そう言いながら歩いてきた女性はアスカと目が合うと固まってしまった。
「……マリナ先生。今その子と面談中です。教員らしくきちんとしてください。」
「…………………テヘッ☆」
「「…………………………。」」
先ほどとは違った沈黙が院長室に流れるのであった。




