第17話:大人の心子知らず
講堂への道は、再三の雪かきのおかげで開かれていたが、吹雪によって視界は塞がっていた。
地面に目を凝らすが、猛烈な吹雪のせいで埋まってしまったようで波打った雪のどれが足跡なのか判別できない。
講堂へと向かう途中、雪に包まれたアーチの前で立ち止まり温室に続く道を確認すると、そこには雪かきによって寄せられた雪が壁のように積まれていた。もちろん、誰かが通った形跡もない。
視界を遮る吹雪の中を急いで駆け抜け、アスカ達は講堂へと足を踏み入れた。
講堂の中はひんやりと冷たく、雪が窓を叩く音だけが響く。
どこからか隙間風が吹いているようで舞台上の幕がゆっくりと揺れてるが、他に動くものは無かった。
「……私とアヤさんで舞台裏を見てきます。行きましょう。」
「……あっ、うん。」
静謐な空間に圧倒され言葉を出せずにいたが、何とか絞り出して動き出す。
アヤはその声で我に返ったようで、ステージの上手側の袖へ、アスカは下手側の袖へと入っていった。
「じゃあ、アタシ達は客席側を……。ほらっ、スバル!アンタも動くっ!」
「お、おうっ!」
それに続いて、カリンがスバルの背中を叩く。
こうして四人で講堂を捜したのだが……。
「いない……。どうして……?」
ユキナの姿はどこにも無い。
「……アスカ!アヤ!そっちはどうだ!?」
落ち込むカリンを見かねたスバルは舞台袖にいるはずの二人に呼びかけた。
「……ダメ、こっちにもいないよ。」
すると、二人は上手側から現れる。
「アスカ、いつの間にそっちに行ったんだ?」
下手側に入ったはずのアスカはいつの間にか上手側に移動していた。舞台上を歩く姿は見えなかったはずだが。
「幕の裏を通ったんです。……こちらにもユキナさんはいません。」
四人で集まり、話し合う。
「……なぁ、ユキナのヤツ、やっぱり戻ったんじゃねぇか?」
「どうしてですか?」
スバルの呟きに視線が集まる。
「さっき、ルリを呼びに行く時、アスカ言ったよな?東口の床が濡れてるから、ルリは部屋に戻ってるかもしれないって。ここに来る時も西口の床を見たけど、なんか濡れてたっぽかったぜ?」
「…………なんでそれを早く言わないのよっ!」
「いや、みんなさっさと行っちまうから……。」
カリンの剣幕にたじろぐスバル。
「……そこまで考えが至りませんでした。」
「……じゃあ、戻ろっか。」
アヤの一声で館に戻ろうとしたその時、講堂の扉が勢い良く開かれる。
思わず身構える四人であったが、そこから現れたのは防寒着姿のシズカとケンイチであった。
「良かった……。あなた達、危ないじゃない!まったく…………!」
こちらを見て一瞬安堵した様子のシズカであったが、すぐさま四人を叱責する。
「先生、ユキナさんがいなくなって……。」
「えぇ、事情はさっきルリさんに聞きました。危険ですから、あとは私達に任せて——。」
「任せるって、まだサクラも見つけられてないじゃない……。」
シズカの言葉に被せるように、カリンが口を開く。
「危ないから大人しくしてろって、そればっかり!大人達がそんなだからアタシ達が動いてるんじゃない!」
「カリンちゃん、落ち着いて……。」
声を荒げるカリンをアヤが制止するが、カリンは止まらない。
「アタシ達は、先生達が思ってるほど子どもじゃない!皆二人の事心配してるのに、こんな時ばっかり子ども扱いしてなんにもさせてくれない!先生達の勝手な都合をアタシ達に押し付けないでよっ!」
パァン!
乾いた音が、講堂に響いた。
一瞬のことに理解が及ばず横を見ると、カリンが頬を押さえている。
その前には、自身の右手を押さえ、シズカが立っていた。
「ち、違います……。私は……ただ、あなた達が心配で……。」
その顔は、自身の行動が信じられないといった様子で、激しく動揺しているのが見て取れる。
「……もういい。大人しくしてればいいんでしょ……。……ホンッと、最低……。」
カリンはそれだけ吐き捨ててシズカを睨みつけると踵を返して講堂を出ていき、アスカ達もそれを追う。
館に戻ると、西口の前にはルリが立っていた。
「みんな!……どうしたの?」
声をかけてくれるが、四人のただならぬ雰囲気を察したのか表情が曇る。
「何でもないわ。……アタシ、ちょっと部屋に戻るから。スバル、悪いんだけど氷持ってきてくれる?顔を冷やしたいの……。」
「あぁ、分かった。」
「あたしも手伝うよ、スバルちゃん。」
三人はそれぞれ去って行き、西口にはアスカとルリが残された。
「……何があったの?」
「えっと……。」
アスカは話を逸らそうか迷ったが、ルリの視線に負けて先ほどの出来事を話す。
「そっか、院長先生が、カリンちゃんを……。」
無表情にそう呟くルリを見た瞬間、アスカの背筋に悪寒が走った。
「それは、ひどいね……。暴力なんて、ひどい……。」
初めて孤児院に来た日の事を思い出す。
暗く淀んだルリの目は、あの日カリンとスバルの喧嘩を止めた時以上に深く、黒く濁っていた。
「私は、なんてことを……。」
講堂に残ったシズカは、客席の一つに座って頭を抱えていた。
張ってしまったカリンの頬の感触と、驚きに満ちた少女達の視線が脳裏に焼き付いて離れない。
「暴力なんて……。教師として、大人として、最低だわ……。」
カリンの言う通りだと自分を責める。
少女達は、様々な事情があるのだが、全員に共通していることがある。
それは、大人達の事情に振り回された結果ここに来たということだ。
理不尽な不幸をその身に受けた彼女達は、誰もが多かれ少なかれ心に傷を抱えている。
だからこそ、少しでもそれを癒せたらと人通りから隔絶したこの場所に孤児院を作ったというのに。
感情に任せて行動し、あまつさえ傷つけてしまうなんて……!
「シズカ院長……。」
自分の行動を悔やんでいると、ケンイチが声をかけてくる。
「……ごめんなさい。みっともないところを見せてしまったわね。」
「い、いえ!彼女達を心配する気持ちは伝わってきましたから……。」
顔を上げると優しい表情をしたケンイチと目が合い、かけられた言葉が自分を慰めるためのものだとわかり、胸が熱くなった。
「ありがとう、ケンイチ先生。……ダメね。弱気になっちゃって。」
「……いいんですよ。」
「えっ……?」
ケンイチが真剣な表情で見つめてくる。
「辛いときは誰だって弱気になります。だから、もっと俺達を頼ってください。大人だって、誰かに頼っていいんです。」
「っ!」
その真摯な言葉と眼差しに感情が昂ぶり、思わずケンイチに抱き着いてしまった。
「シ、シズカ院長!?」
「ごめんなさい……。少しだけ、このままでいさせて……。お願い……。」
いけない事だと分かっていても、止められなかった。
やがて、ケンイチもおずおずといった様子で抱きしめ返してくる。
そのことに嬉しさと己の不甲斐なさを感じたが、頭の中をかき乱す感情の奔流に流されシズカはただ涙を流すことしかできない。
時間が止まったかのように静まり返った講堂の中で、二人はしばらくの間抱き合うのであった。
「……すみません。ユキナさんは見つかりませんでした。」
カリンの様子を見に行くというルリと別れ、アスカは一人食堂に戻り、頭を下げた。
「嘘……。なんで…………。」
サヤカの呟きが頭上で聞こえる。
「絶対見つけるんじゃなかったのっ?!……嘘つき。……嘘つき嘘つき嘘つきぃ!」
サヤカが泣きながらアスカの胸ぐらを掴む。
「だ、駄目!」
「サヤカちゃん!落ち着いてっ!」
イノリとスミレが慌てて止めに入るが、サヤカは止まらない。
「お前のせいだっ!お前が来たからサクラも!ユキナもいなくなった!全部お前のせいだっ!この…………人殺し!」
「っ!」
アスカにひとしきり罵倒を浴びせたところで、胸ぐらを掴んでいた手が離れる。イノリとスミレが引き剝がしてくれたようだ。
「……もう誰も信じない。……お前も、お前も、お前も!……みんな敵だ。」
サヤカは肩で息をしながらアスカ達を睨むと、食堂を飛び出していく。
残された少女達は、開け放たれた扉を呆然と見つめることしかできなかった。




