第16話:雪は淡く散って
ベッドで眠るサヤカを起こさないように、静かにカーテンを開く。
外は激しく雪が舞っていた。
「………………。」
大人達の捜索も空しく、サクラは見つかっていない。
前日までの浮かれていた自分を引っ叩きたい衝動に駆られる。
「サクラさん……。きっと見つけますわ。」
ユキナは焦りを誤魔化すように着替えてコートを羽織り、眠る同居人を起こさないように静かに自室を後にした。
エントランスの2階を通り過ぎ、西側の階段へと向かう。
角を曲がったところで、トイレの前で壁にもたれかかる人影と目が合った。
「ユキナ、おはよ~。」
「……おはようございます、メグさん。こんな所でどうなさいましたの?」
ヒラヒラと手を振るメグは、ぼんやりとユキナを見つめながら答える。
「イノリを待ってるの~。」
「……あぁ…………。」
どうやらイノリがトイレから出てくるのを待っているようだ。
「……寒いですから、気を付けてくださいませ。私は用がありますのでこれで……。」
「…………ユキナ。」
ユキナが階段を降りようとしたその時、メグに呼び止められた。
足を止めて振り返ると、メグは壁にもたれかかるのをやめ、じっとユキナを見つめている。
「な、なんですの?」
「………………あのね。」
いつもと違う、ただならぬ雰囲気を感じ、ユキナは思わずたじろぐ。
「その好奇心はユキナの良いところだけど、それはいつか、ユキナを殺すかもしれないよ……?」
「……ご忠告ありがとうございます。ですが——。」
いつもの間延びした話し方とは違う真剣な声音に戸惑ったが、ユキナはまっすぐにメグへと向き直った。
「これは好奇心ではなく、サクラさんを必ず見つけ出すという私の覚悟ですわ。」
それだけ言って階段を降りる。
「…………………………どうなっても、知らないよ。」
その背中を見送ったメグの声は、誰の耳にも届くことなく冷たい空気に溶けていった。
「お待たせ、メグちゃん。……さっき、誰かと話してた?」
「……ユキナと話してた~。やっぱりメグもおトイレ~。」
「えっ、う、うん。じゃあ、待ってるね……?」
「おはようございます。」
食堂に来たアスカは、朝食を受け取るためにミドリの元へと向かう。
食堂には、ルリとユキナ、サヤカ以外の少女達が思い思いに朝食をとっていた。
「おはようございます、アスカちゃん。今日のお勉強は自習です。勉強部屋に課題を用意していますから、それを解いてください。」
アスカは頷いて朝食を受け取る。ミドリの表情は暗い。
「わかりました。……サクラさん、まだ見つかりませんか?」
「はい、ごめんなさい……。この後、他の先生達と柵の周りに異常がないか確認してみるつもりです。」
「そうですか……。」
サクラがいなくなってもう数日経つ。外の気温を考えると、生存は絶望的だろう。
沈んだ気持ちで席に着き、朝食をとる。
しばらくしてミドリが食堂を出ていき、食後のお茶を飲んでいると勢いよく扉が開かれサヤカが飛び込んできた。
「……ユキナ、ユキナは来てない?!」
肩で息をするサヤカのただならぬ様子に、少女達の視線が集まる。
「来てないけど。……何かあったの?」
カリンの答えに、サヤカの顔が青ざめていく。
「ユキナがいないの!」
「トイレじゃねぇのか?」
サヤカはスバルの言葉に首を振り、そのまま泣き崩れてしまった。
「いなかった。どこにもいないのぉ……。」
「……捜すわよ。」
カリンが席を立ち、少女達に声をかける。
「……私、ルリさんを呼んできます。」
朝一番に炭焼き小屋に行くルリなら、何か見ているかもしれない。
そう考え、アスカも立ち上がる。
「ちょっと待った。一人だと危ないかもしれないわ。スバルを連れて行きなさい。」
「おし、行くぜアスカ!」
「はいっ!」
カリンからの指示で、スバルと二人で食堂を飛び出し、館の東口へと走る。
先に東口にたどり着いたスバルが扉に手をかけた時、アスカはあることに気が付き、立ち止まった。
「ちょっと待ってくださいスバルさん!」
「なんだよっ!防寒着取りに行くとかいうなよ!?そんな暇ねぇぞ!?」
外へ飛び出そうとして制止されたスバルが、苛立たし気に声を荒げる。
「違います!足元を見てください!」
スバルの足元は、水滴と雪で湿っていた。誰かが館に入ってきた証だ。
「ルリさん、部屋に帰って来てるのかも。二階に行きましょう!」
「お、おうっ!」
急いで近くの階段を上がり、そこからすぐにあるルリの部屋を叩くと、中から制服姿のルリが驚いた顔で出てきた。
「……アスカちゃんと、スバルちゃん?どうしたの?」
「ユキナがいなくなっちまったんだよっ!」
「えっ……!」
三人で食堂へと戻ると、泣いているサヤカ以外の少女達がこちらを見た。
「ルリ、ユキナ見なかった?」
「……ごめんなさい、何も見てないの……。」
食堂にサヤカが鼻をすする音だけが響く。
「じゃあ、手がかりは……。」
そう言って横を見るカリン。視線を追うと、そこにはこちらを見つめるメグの姿があった。
「朝、トイレの前でイノリを待ってたの~。その時、ユキナに会ったよ~。」
何でもないことのようにメグは言う。
「どこに行ったか分かりますか?」
「階段を降りて行ったよ~?」
「それは、そうなんでしょうけど……。」
アスカの質問に曖昧な返事を返すメグ。
「たぶん、温室か講堂よ。」
あまりに断片的な情報にやきもきしていると、カリンが呟いた。
「どうしてですか?」
「ユキナの部屋は東側にある。食堂に行くならエントランスから一階に降りればいい。それなのに西側の階段を使ったってことは、食堂より西側に用があったってこと。」
「……なるほど。」
「でも、別にエントランスから行っても西側に行けるじゃん?上から行ったのだって、ユキナちゃんの気まぐれかもしれなくない?」
アヤが疑問を口にする。
「たぶんアイツ、サクラを捜そうとしてたのよ。でも食堂ではミドリ先生が朝食の用意をしている可能性が高い。もしミドリ先生に会ったら、止められるかもしれない。だから食堂の前を通るのを避けたかった。」
「んで、なんで温室か講堂なんだ?」
と、今度はスバル。
「昨日はアスカと館中を捜しまわってたんでしょ?」
「はい。」
「それで見つからなかったから、昨日行ってない場所を捜すつもりなんじゃない?」
だから、とカリンは立ち上がる。
「捜しに行くわよ。……でも、行くのは私とスバル、アヤ、アスカよ。他はここにいて。」
「……わたしも、行く。」
カリンの言葉に真っ先に反応したのは、先ほどまで泣いていたサヤカであった。
「……アンタはここにいなさい。今必要なのは、冷静な判断ができるヤツと体力バカだけよ。」
「体力バカってのはオレのことか、なぁ?」
サヤカの決意と突っかかって来るスバルをあしらい、カリンは食堂の扉へと歩いていく。
「私も行きたい。」
今度はルリが呼び止める。カリンは一瞬ルリを睨みつけるが、やがてゆっくりと息を吐いた。
「……アンタはここでみんなをお願い。……絶対、見つけてくるから!」
アスカ達はそんなカリンの姿に何も言えず、黙って従うのであった。




