第14話:捜索
「……本当にどこに行ったのかしら、サクラさん。」
理事長室で溜息をつくシズカ。
日中、大人達はいなくなったサクラを捜索していた。
しかし影も形も見つからず、日が落ちたために院長室へと集まったのであった。
「この雪で外に出たとは思えないけど、館の中じゃ見つからなかったし。やっぱりもっと外を捜した方が良いんスかね?」
「……そうね。」
マリナの言葉に頷く。
館の周囲は捜索したのだが、何も見つからなかった。
明日はもっと捜索範囲を広げなければ。
とはいえ、外の雪はかなり深く積もっている。
子どもが出られるような状態ではないはずなのだが。
「……あの、警察を呼んできた方がいいんじゃないですかね?」
「いや、でも、呼んでくるにしても、町からこっちに戻って来るにしても、この雪じゃ厳しいですよ。」
「それは……そうですけど……。」
「「「「………………。」」」」
ミドリの提案にケンイチが反論し、理事長室に重い沈黙が下りる。
「……2年前と同じ、か。」
「マリナ先生!やめてくださいよ!」
マリナの呟きにミドリが激しく反応した。
「でも、結局サヨちゃんも見つかってない!あの時と同じじゃないスか!」
「だからこそ、サクラちゃんだけでも見つけてあげないといけないんじゃないですか!そんな、もう見つからないみたいな言い方……!」
「やめなさい!二人とも!」
白熱する二人を制止し、シズカは続ける。
「ケンイチ先生の言う通り、警察は来られない。だから私達で捜すしかありません。とはいえ、また雪が降り始めたようですし、夜間の捜索は二次被害の可能性もありますから、心苦しいですが今日の捜索は終わりにします。」
窓の外では、さらに雪が積もっている。
明日の捜索は苦労しそうだ。
「……ケンイチ先生。」
「は、はいっ。」
「今から小屋に帰るのは大変だと思いますから、今夜は空き部屋を使ってください。その代わりと言っては何ですが、館内の見回りをお願いできませんか?」
「……わかりました。」
孤児院でただ一人の男性であるケンイチは少女達の心証を考慮し、庭の奥にある小屋に住んでいる。
今から雪をかいて小屋に帰れば明日の捜索に支障をきたすだろう。
「……大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いようですが。」
「……アハハ、すみません。なんだか最近うまく寝付けなくて。」
ケンイチは笑う。しかし、あまり顔色は良くない。
「体調が優れないようなら今日は休んでください。見回りは私がしますから。」
「いえっ!それぐらいさせてください。院長に何かあってはいけませんから。」
シズカは休むよう言うが、ケンイチは明らかな空元気でそれに答えた。
その様子を心配したのか、ミドリもケンイチに声をかける。
「あんまり眠れないようなら言ってくださいね。私、お薬持ってますから。」
「ありがとうございます。」
「……マリナ先生とミドリ先生も今夜は休んでください。明日の午前の授業は中止とします。」
「「「はい。」」」
三人が部屋を出ていき、部屋にはシズカだけが残される。
「……2年前と同じ、か。」
苦い記憶だった。
控えめな性格ながらも、誰かを驚かせるのが好きだった少女。
彼女がいなくなったのも、こんな雪の日だったか。
「…………どうして、こんなことが二度も……。」
祈るように指を組み、重くなった頭を支えた。
外は音すらも溶かしてしまうほどに、雪が深く降り積もっている。
館内で見つからなかった以上、サクラの生存は絶望的だろう。
「……いいえダメよ、諦めちゃ。まだ、諦めちゃダメ。」
自分を鼓舞し、ミドリの淹れてくれたコーヒーに口をつける。
冷めたコーヒーの苦みが不甲斐ない己を攻めているようで、シズカは溜息を漏らすのであった。
次の日の勉強の時間はサクラの捜索のため中止となり、アスカは談話室で暖炉の火をぼんやりと眺めていた。
「ここにいらしたのね、アスカさん。」
そこにユキナがやって来る。
「何かありました?」
「サクラさんの捜索のため、アスカさん達の部屋を見せていただきたいのですが……。」
「……サクラさんの捜索は先生達にお任せするって話でしたよね?」
大人達は今頃、外を捜索しているはずだ。少女達は大人しくしているよう釘を刺されているのだが。
「危ないことはしませんわ。ただ、私達にもできることはあると思いますの。」
「……わかりました。」
二人で部屋へ行き、アスカは自分のベッドに座る。
ユキナはサクラのベッドの下や毛布を持ち上げて中を確認すると、今度はクローゼットの戸に手を掛けた。
「ひゃあ!」
クローゼットを開けた途端、中から大量のぬいぐるみがあふれてユキナを飲み込む。
「何やってるんですか……。」
アスカは近くに転がってきた犬らしきぬいぐるみを抱え上げた。
「……そんなに刺激が欲しいんですか?」
幽霊騒ぎの時を思い出す。
あの時のユキナは、サヨの生死よりも自らの好奇心を満たそうとしているように見えた。
皮肉を込めた問いかけに、ユキナはぬいぐるみをどかしながら答える。
「……サヨさんの時とは違いますわ。2年経ってしまったサヨさんと違って、サクラさんはまだ無事の可能性が高いですもの。」
「……そうですね。」
表情は見えないが、その声音は真剣そのものだ。
「……サクラさんは、ここに来たばかりでどうしようもなく我儘だった私を気にかけてくださいました。だから今度は、私がサクラさんのお力になりたいのです。」
しばらくして、こちらへ背を向けながらユキナが話し出した。
「……我儘なユキナさんなんて想像できませんね。」
「私はとある財閥の娘として生まれ、甘やかされて育ちました。自分が何を為さなくとも好きに振舞うことができてしまいましたの。それがどれ程恵まれたことであるかも知らずに……。」
ユキナはぬいぐるみを吐き出し終えたクローゼットを漁る。
「両親が事故で亡くなり、会社も大人達に奪われた私は他人を信じることができず、でも自分の思い通りにいかないと癇癪を起こす、どうしようもない我儘娘でしたわ。……サクラさんはそんな私と向き合って、叱ってくださいましたの。」
「サクラさんが、叱る……?」
全く想像できない光景に首をひねっていると、ユキナが振り向いた。
その目は決意に満ちている。
「あの時の恩に、報いなければ。私の矜持のためにも、使命のためにも。」
「……そういえば、使命があるって前に言ってましたね?」
ここを出てから何をしたいかという話をした時だ。あの時ははぐらかされてしまったが、ユキナの使命とはなんなのだろうか。
「私は、あの時奪われた全てを取り返す。そして両親の遺志を継ぎ、私の手で財閥を動かしていく。それが血に選ばれた私の使命ですわ。これから多くの人々の上に立つのですから、大事な友人一人救えなかった……などということがあってはならないのです。」
「……立派ですね。」
この大きな使命感こそが、ユキナの高潔さを形作っているのだと感じ、アスカは素直に感心するのであった。
「おかしいですわね……。」
「何がですか?」
しばらくしてユキナが疑問の声を上げた。
「制服がありませんの。」
「着替えて出たんじゃないですか?」
アスカの言葉に、ユキナは首を傾げる。
「サクラさんが攫われたのならば、着替えている暇なんてないと思いますけれど……もしかしてアスカさんは、サクラさんが自分からいなくなったとお考えですの?」
「……誰かに攫われたなら、同じ部屋にいる私が何もされてないのはおかしいじゃないですか。それにあの日は……私のベッドで一緒に寝てたんです。いくら私が起きるのが苦手でも、サクラさんを連れ去ろうとしたら気づくと思います。」
「でもアスカさん。確か起きた時にはサクラさんはいなかったっておっしゃっていましたわよね?それって、サクラさんがベッドを出ても気付かずに眠っていらしたってことでは……?」
「それは……。」
ユキナの反論に言い返せず、アスカは黙りこむ。
「ですが………自分からいなくなった可能性。確かに考えてもいませんでしたわ。」
しかし、どうやらユキナは攫われた可能性しか考えていなかったようだ。
「この雪の中で誘拐犯が隠れていられるとは思えませんが。」
「確かにそうですわね……。捜査は振り出しですわ!」
自説が否定されたにもかかわらず、ユキナはどこか嬉しそうにしている。
「……やっぱり楽しんでませんか?」
「外部犯でないなら、サクラさんが無事な可能性はさらに高まりますもの!」
「…………ハァ……。」
先ほどの高潔な姿とは打って変わって楽観的かつ好奇心で動くユキナに、アスカは溜息をつかずにはいられなかった。
「……とりあえず休憩にしませんか?」
部屋の物色に一旦の区切りをつけ、ミドリからティーセットを借りてきてお茶にする。
「なぜサクラさんはいなくなってしまったのでしょう?」
ティーカップを傾けながら、ユキナが呟く。
「……それが分かったなら、苦労しませんよ。」
そう返しながら二つの説を整理してみる。
外部の犯行説——外の雪は大人でも移動に苦労するほど積もっている。そんな中で犯人がわざわざここまでやって来るとは思えないし、動機も無い。
サクラが自らいなくなった説——サクラの性格上、他者に迷惑をかけるような振る舞いをするとは思えない。
どちらの説も無理のあるものであった。
「あとは事故で動けなくなっている、とかでしょうか。」
「まぁ……。」
アスカの言葉に声を漏らすユキナ。
「サクラさんが一人で行くとしたら、温室かしら?」
「可能性はありますね。」
目を合わせ、二人で頷きあう。
「「温室へ行きましょう!」」




