第12話:未来を語り合う少女達
時刻が3時を回ったので、イノリ達と別れて食堂へ向かう。
「アスカちゃん。……何かあったの?」
泣き腫らして赤くなった目元に気づいたのか、ルリが心配そうに声をかけてきたが、大丈夫とだけ答えて椅子に座った。
幸いにもサクラの姿は見えず、こんな姿を見られずに済んだことに安堵する。
「……サクラならサヤカと一緒よ。コナツとヒナコはさっさと遊びに戻ったわ。」
食堂を見回していると、カリンがつまらなそうに言う。
「……そうですか。」
ユキナが淹れてくれたお茶を口に含むと、鼻に抜ける香りが心を落ち着けてくれた。
「……で、なに?言いたくないなら別にいいけど、かまってちゃんはやめてよね。」
「カリンさん。言いすぎですわよ。」
歯に衣着せぬカリンの言葉をユキナがたしなめるが、アスカはそんな遠慮のない言い草にありがたいと思いつつ尋ねる。
「大したことじゃありません。ただ…………皆さんは、ここを出たらやりたいこととかありますか?」
イノリは、孤児院から出ることはできないと言った。
他の少女たちはどう考えているのだろうか?
「……アンタ、ここに来てまだ日も浅いのに、もう外に出ること考えてるわけ?……脱走でもすんの?」
「「脱走!?」」
「いや、しませんよそんなこと。」
カリンの言葉に、スミレとユキナが食いついた。無論、アスカにそんなつもりは無い。
「やめとけやめとけ。正門は鍵が掛かってるし、周りを高ぇ柵が囲ってる。大体、今脱走なんてしたら凍え死ぬぜ?」
「だから、しませんって。」
スバルのからかいも否定して、ただの世間話だと説明する。
「あー、……そういうの一番考えなきゃいけないのはあたしだよねぇ……。」
真っ先に声を上げたのはアヤであった。
彼女は現在14歳だ。少女達の中では一番最初にここを発つことになるだろう。
「んまぁ、適当にやってくと思うなぁ。特にやりたいこととかあるわけじゃないし。」
「あぁ、オレもたぶんそうだな。」
アヤの言葉にスバルが同調する。
「せいぜいイヤな大人にはなりたくないってところか?ここにいるヤツは皆そうなんだろうけどさ。」
「……そうですね。」
少女達は一様に頷く。
「私は果たさなければならない使命がありますので、それを成すために精進していくつもりですわ。」
次にユキナが決意のこもった声で続く。
「使命ですか?」
「えぇ、立派な淑女になるために研鑽を積んでいますのよ。」
「はぁ……。」
使命とは何かを聞きたかったのだが、はぐらかされてしまった。
「アタシは……スタァになる。」
「スタァ?」
聞きなじみのない言葉に思わず聞き返すと、カリンはフフンと笑う。
「えぇ!誰もがアタシを見て、知って、虜になる。そんなスタァになる。」
なるほど、と頷いてルリを見る。
「ルリさんはどうですか?」
「……私は、まだわからないかな。」
ルリは首を振って答えた。
「「「「「「…………。」」」」」」
そして、最後の一人へと少女達の視線が注がれる。
「……………………えっ、あっ、私は…………。」
スミレは視線に気がつくとなぜか慌てだし——。
「私も、わかんない、かな。えへへ…………。」
誤魔化すように笑った。
「…………そういうアンタはどうなワケ?」
どこか重くなった空気を切り替えるように、カリンが問いかけてくる。
「……今は、やりたいことを探してる途中です。」
「あぁ、そう。……まっ、まだ時間はあるわけだし、その内見つけていけばいいんじゃない?」
「……そうですね。」
カリンの言葉は、アスカだけでなくこの場にいる少女達全員に言っているように聞こえた。
「カリンさん、良ければ私の分もどうぞ。」
「は?何いきなり。キモチワルイんだけど。」
そこに優しさを感じ取ったアスカはおやつのカップケーキを差し出すが、カリンはそれを胡乱な目で見つめるのであった。
「はぁ……。」
夜。入浴を済ませたアスカは、火照った体を冷ますように息を吐いた。
夜の光源は各部屋に備え付けられたランタンのみで、暗闇をぼんやりと照らしている。
食堂での会話で少しは気が紛れたが、こうして一息つくと談話室でのイノリとの会話を思い出す。
自分の弱味を吐き出し、あまつさえ涙を流してしまった。思い出すだけで顔が熱くなってくる。
そして、すべてを諦めたようなイノリの顔。彼女の心の内が垣間見えたあの瞬間は今も尚、アスカの心を大きく揺さぶっていた。
「ア~ス~カ~ちゃん。」
溜息とともに胸のモヤモヤを吐き出していると、サクラがやって来る。
「今夜は一緒に寝ましょう~。」
「——は?」
突然の提案に思考が止まった。
「今日は寒いですから~。一緒ならあったかいですよ~。」
そのまま寝支度を済ませると、ランタンの明かりを消し、二人でアスカのベッドに入る。
「やっぱり二人だと~、ちょっと狭いですね~。」
サクラが小さな声でクスクスと笑う。
「サクラさん、どうして……?」
アスカが尋ねると、サクラが手を握ってきた。
「アスカちゃんが、しゅ~んってなってましたから~。」
「…………。」
暗い部屋の中でサクラの表情は見えない。しかしその声音は優しく、アスカを気遣っているのが伝わってくる。
「……サクラさんは、ここから出たらやりたいことってありますか?」
「いっぱいありますよ~。お花を育てたり~、お話を書いたり~。それからぁ……、素敵な男の子に出会ったり~。」
「……楽しそうですね。」
ゆったりとしたサクラの声と握られた手のぬくもりに安心を感じ、瞼が重くなってきた。
「アスカちゃんはどうですか~?」
「私は……まだ、わからないです……。この先のことは、何も……。」
「そうですか~。」
眠気で朦朧とした意識の中で、頭を撫でられているのを感じる。
「じゃあ、アスカちゃんのやりたいことが見つかるまでぇ、サクラが一緒にいますよ~。」
「……ありがとう、ございます…………。」
あたたかな優しさに包まれながら、アスカは意識を手放すのであった。
「……………………んぅ……。」
ぬくもりの中から体を起こし時計を確認すると、6時47分を指していた。
制服に着替えてカーテンを開ける。外は完全な銀世界へと姿を変えていた。
振り向いて、部屋を見渡す。サクラの姿は無い。
「…………………………。」
それに少しの寂しさを感じつつ、アスカは部屋を出る。
食堂にはカリンとスバル、ユキナがいた。挨拶を交わして朝食をとる。
「サクラさんはいらっしゃらないんですの?」
「私が起きた時には部屋にいませんでした。てっきりユキナさんと一緒だと思ってたんですが。」
「いいえ、朝は会っていませんわ……。」
「……探してみましょうか。」
食器を片付けて、四人は食堂を出る。
「まったく、どこで何やってるんだか。」
「朝の掃除が始まる前にさっさと見つけちまおうぜ。」
四人で分かれて院内を捜索する。
しかし、サクラの姿は見つからず。
いつまで経ってもサクラが現れることは無かった……。




