第11話:籠の鳥
「……………………んぅ……。」
気怠さの中で目覚めて時計を確認すると、7時2分を指していた。
「…………………………。」
制服に着替えてカーテンを開けると、外の風景が飛び込んでくる。
所々色は残っているものの、白銀に塗り替えられた世界が日の光を反射し、その眩しさにアスカは思わず目を細める。
幽霊騒ぎからしばらく経つが、あれ以来サヨと呼ばれた少女の影は見ていない。他の少女達も誰一人その話に触れることはなかった。
コンコン—。
解決しない鬱屈とした感情を抱えながら外を眺めていると、扉が叩かれる。
「どうぞ。」
「あら、もう起きていらしたのね。」
部屋に入ってきたのは、ユキナとサクラだ。
「……すみません。私が呼びに行く役目をいただいていたのに。」
「いいえ、雪が降ってしまうと私達ではお花のお世話は難しいですから。」
「雪が解けるまでお休みです~。」
このあたりは山奥であるためか雪が深く、長期に渡り残るのだという。
当然、山道も閉鎖され、閉ざされたあの正門が開くことはしばらく無い。
……幽霊も雪に埋もれたりするのだろうか。
そんな益体もないことを考えつつ、アスカは二人と共に朝食へ向かうのであった。
変わり映えしない授業をこなして午後、暖を求めて冷たい廊下を歩く。
幸い、日中は雪が降らず穏やかな天気ではあったが、寒いものは寒い。
外を見ると、ほとんどの少女達が外に出て雪遊びをしているのが見えた。
「……こんな寒いのによく遊べるものです。」
アスカも誘われたのだが、寒さを理由に断り今に至る。
肌を刺す寒さに耐えながら談話室の扉を開けると――。
「……はぁ~。」
瞬間、暖かい空気がアスカの正面を包み、思わず声が出た。
どうやら誰かが暖炉で火を焚いているようで、談話室は別世界のように暖かい。
「♪~……。あれ、アスカちゃん。いらっしゃい。」
先客がアスカに気付き、声をかけてくる。
「こんにちは、イノリさん。」
膝で眠るメグを撫でながらこちらを見上げるイノリに挨拶を返し、アスカはその隣に座った。
「今日は講堂じゃないんですね。」
「講堂は寒いから、メグちゃんがお昼寝できないって。それで、ね。」
アハハ、と困ったように笑うイノリ。
「アスカちゃんは、みんなと遊ばないの?」
「……寒いのは苦手なんです。」
「……そっか。」
「……はい。」
「「…………。」」
沈黙が流れる。しかし、居心地は悪くない。
アスカはこれまでの交流から、イノリとの距離感を掴みつつあった。
「…………聞いてもいいかな?」
「何ですか?」
自分の成長を噛みしめていると、イノリが話しかけてくる。
「アスカちゃんは町で暮らしてたんだよね?どんな感じだった?」
「……………………。」
イノリの質問に、かつての苦い記憶がフラッシュバックした。
高い柵に囲まれた屋敷。たくさんの本に囲まれて過ごした日々。
外から聞こえる笑い声。目の前から浴びせられる叱責。
「……町と言っても私が見れたのは、柵の中からだけなんです。私を引き取ってくれた人たちはとても教育熱心だったので。」
「……そう、なんだ。」
息が詰まり、呼吸が乱れてくる。
「毎日毎日勉強ばかりで、外には出させてもらえませんでした。……そういう意味では、こことそう変わらないかもしれませんね。」
思い出したくなかった。しかし、一度話し始めると不思議と止まらない。
「とても窮屈でした。でも、私は文句を言える立場ではありませんでしたし、何より怖かったんです。失望されるのが……。」
暖炉の中で炎が揺れた。視界が滲み、自分が泣いていることに気付く。
これでは本当に子どもだ。自分が情けなくて膝を抱える。
誰かに弱みを見せたことなど無かった。
隙を見せられる相手などいなかったのだ。
「あの人達が亡くなった時、ホッとしました。……ホッとしてしまったんです。例え居場所が無くなったのだとしても、もう誰かに失望されることは無いから。」
「……そっか。頑張ったんだね、アスカちゃん。」
イノリがアスカの頭を撫でる。
その手の平から優しさが伝わってくる気がして、アスカはもう少しだけ、泣いた。
「……えっと、ごめんね?辛いこと、思い出させちゃったね。」
「……いいえ。」
泣いてしまったアスカは、気恥ずかしくてイノリの顔を見られない。
それでも心に溜まった澱を吐き出したことで、気持ちは幾分か楽になっていた。
「……私達はきっと、籠の鳥だね。」
二人で暖炉の炎を見つめていると、イノリがぽつりと呟く。
「外の世界を知らない。でも、誰かが生かしてくれるから、窮屈な籠の中でも生きていける。」
どこか寂しそうに。けれども歌うように。
「私はきっと、外の世界では生きていけない。辛いことも、苦しいことも知らなくて。……籠の中が窮屈だなんて、思ったことも無いから。」
「そんなこと——!」
反論しようとイノリを見る。しかし、言葉は出なかった。
「アスカちゃんは私のこと、すごい人って思ってくれてるみたいだけど、全然、そんなことないんだよ?」
アスカを見つめるイノリの顔はどこか寂しそうで。
「私は、飛び方を知らないの。いつか飛び立っていくみんなを、ただ見ていることしかできない……。でも、アスカちゃんは違う。今はただ、羽を休めてるだけ。」
その瞳の奥で、深い諦観がこちらを見つめ返していた。
「だから、アスカちゃん。時が来たら私の代わりに、外の世界を見てきてね。アスカちゃんはきっと、まだ飛べるから。」
そう言って優しく微笑むイノリに、アスカは何も言い返すことができなかった。




