第10話:こちらを見つめるのは——?
3時が近づき、食堂へと向かうことにしたアスカは、火の番を続けると言うルリと別れて館に戻ることにした。
館内に入ろうと東口の扉に手をかけた時、ふと視線を感じて振り向く。
すると、正門の近くの木の下に少女が俯いて立っているのが見えた。
恐ろしく白い肌、肩まで伸びた金髪で右目を隠しているその少女は、アスカの視線に気づいたように顔を上げる。
虚ろな瞳と視線が交わった瞬間、少女はニタリと口の端を歪めるように笑った。
「―っ!!」
その瞬間、全身が粟立つ。
体が危険を感じているが少女から目が離せず、動くこともできない。
理解が及ばず混乱していると、少女がこちらに向かって手を伸ばした。
はるか遠くにあるはずのその手が、何かを掴もうとしたその時――。
ボーン!ボーン!
エントランスの振り子時計が3時を告げた。
微かだがはっきりと聞こえたその音に我に返り、アスカは館へ飛び込んで逃げるように走る。
何かがおかしい。
建物から正門までかなりの距離があるのだ。普通なら少女が笑ったかどうかなど判別できるはずがない。
見てはいけないものだと直感した。そもそも、あれがここで暮らしている少女ならば、ここに来た日にサクラが紹介してくれたはずだ。
それに――。
『今ここにいる子供は12人——。』
あの時、マリナはそう言ったのだ。
「………………あれは、一体……?」
気が付くと食堂の前に立っていた。呼吸は乱れ、思考がうまくまとまらない。
「……どうかなさいましたの?」
「きゃっ——!」
突如背後から声を掛けられ思わず飛び上がる。
恐る恐る振り返ると、不思議そうな顔をしたユキナが立っていた。
「……………………………………びっくりさせないでくださいよぉ……。」
「えっ、ご、ごめんなさい?」
見知った少女の顔を見たアスカは、安堵のあまりその場に座り込むのであった。
食堂にいたスバルとカリン、アヤ、スミレ、そしてユキナに幽霊らしき少女を見たと話した。
「う、嘘に決まってんだろそんなの!オ、オオオレは信じないぞ!」
「本当です!確かに知らない人でした!」
信じられないと叫ぶスバルに対抗するように、アスカの声も大きくなる。
「その幽霊さんはどんな方でしたの?」
「えっと――。」
ユキナに促され、少女の特徴を伝える。
「……ねぇ、それって………。」
「………………………マジ?」
すると、今度はカリンとアヤがひそひそと何事か話し出した。
「………………………サヨちゃん、なのかな?」
「サヨさん?」
スミレの口から出てきた名前に、当然ながら聞き覚えはない。
「……2年程前までここにいた方ですわ。でも、行方不明になってしまわれて……。」
首を傾げているとユキナが答えてくれた。
サヨは元々、ルリと同室だった少女らしいのだが、2年前の冬に行方が分からなくなり、未だ何の手掛かりも掴めていないという。
「だから、アスカが適当言ってるだけだって!」
「適当言ったにしては特徴がサヨに似すぎじゃない?アスカはサヨと面識無いはずなのに。」
「そ、れは……そうだけどよぉ……!」
「アンタはとりあえず落ち着きなさいよ……。」
カリンが半ばパニック状態のスバルをなだめる。
いつも喧嘩している割にこういう時はからかったりしないようで、カリンの人の良さが滲み出ていた。
「まぁ、ホントに適当言ってるっていうならゼッタイ許さないけど。」
そんなことを考えていると、突然睨まれる。
「そんなこと——!」
「見に行きましょう!」
アスカが反論しようとした時、ユキナが声を上げた。
「アスカさんが見た謎の少女が何者であるにせよ、現場に行けば何か手がかりが見つかるかもしれませんわ!」
「ちょっ——。」
ユキナは興奮気味にまくし立てると、アスカの手を引き飛び出していく。
「……追うわよっ!」
取り残された四人は呆気にとられていたが、真っ先に我に返ったカリンに先導されて外へと飛び出していくのであった。
「ここですわね?」
「えぇ……。」
正門横に立つ木の下で立ち止まり、周囲を見回してみる。
しかし当然というべきか、少女どころかその痕跡さえ残っていない。
「きっと何かあるはずですわ。」
そう言いながら木の周りを歩き、キョロキョロとあたりを見回すユキナ。
「……なんだか楽しそうですね。」
先ほどの感覚を思い出して悪寒が止まらないアスカは、苛立ちながらユキナへと声をかけた。
ユキナはそんな声を気にもせず、木に近づいて観察している。
「サヨさんのことは心から心配していましてよ。ですがそれはそれとして……こんなに刺激的なことはそうそう起こりませんもの!」
よほど退屈していたのだろう、キラキラした目で痕跡を探すユキナ。そんな姿に内心呆れていると、カリン達も合流した。
「何か見つかった?」
「いいえ、何も。」
「そう……。」
「……やっぱアスカの見間違いだって、なぁ?」
アスカの答えにそっけなく返事したカリンは怯えるスバルを無視して木の根を睨みつけていたが、やがてふぅっと息を吐いた。
「……まっ、幽霊が痕跡なんて残してるわけ無いわよね。」
「……意外です。てっきり信じてもらえていないものだと…………。」
ここまでのカリンの言動はアスカの言葉を信じているようには感じられなかったが、意外にもカリンは幽霊の存在を肯定して見せた。
「あのねぇ……。アンタが知らないはずのサヨの姿を見たっていうのよ?特徴もピッタリ言い当ててね。」
「私がサクラさんあたりから聞いたのかもしれないですよ?」
「あぁ、そうかもね。もしそうなら本当にサイアクだけど、こんなことして何になるわけ?どう考えてもこっちの神経逆なでするだけじゃない。少しでも考える頭があるならそんなことしないわよ。」
カリンは溜息をつき、ヤレヤレと頭を振って見せる。
「それにね……2年も経ってるんだから、もう誰もサヨが無事だなんて思ってない。だからこそ、少しでも手掛かりが欲しいのよ。」
そう言ってカリンは俯く。拳を力一杯握っているのか、小さく震えていた。
「……いい?みんな。今日アスカが見たことは、ここにいる私達だけの秘密よ。」
カリンが顔を上げて少女達を見る。
「ルリさんにもですか?」
「えぇ、ルリは結構サヨに懐いてたから、ショック受けるかも。いいわね?」
静かに答えるカリンと視線が交錯する。その目は、余計なことをするなと言っているように見えた。
「カリンさんって、意外と優しいんですね。」
「……別にそんなんじゃ無いわ。面倒事は避けたいってだけ。あと、意外とは余計よ。」
ユキナを引っ張って建物に戻っていくカリン。その表情はアスカからは見えなかったが、かろうじて見える耳は真っ赤に染まっていたのであった。
「なんだよカリン、何赤くなってんだ?照れてんのか?」
「…………うっさい!バカスバル!」




