プロローグ:はじまりはじまり
これは、かつての時代の、どこかのお話……。
この山は、自分を閉じ込める檻のようだ。
馬車の荷台に揺られながら、少女はそんなことを考えていた。
町からは遠く離れ、馬車はゆっくりと山道を上っていく。話し相手も暇をつぶすための道具もない以上、ただ風景を眺めることしかできない。
山の木々は紅葉に彩られ、どこからか鳥の鳴き声がする。しかし、その奥へと目を凝らしてみれば、暗い森が広がり、人間を拒絶しているように感じられる。
ふと、冷たい風が吹き、青いリボンで束ねられた少女の髪を揺らす。見上げると厚い雲が覆っており空は見えない。少女は荷台に座り直し、これからのことを考えるとため息をつくのだった。
どれくらい時間が経ったであろうか。硬い荷台に辟易していると、道の奥に大きな洋館が見えてきた。
高い鉄の柵に囲まれ、壁のあちこちに蔦が這うその館は、人間が山の中で許された唯一の居場所のように思える。
建物に到着し、御者の男に礼を言って馬車を降りる。小さなカバンを両手で持ち、玄関らしき場所に向かうと、そこには眼鏡をかけた長髪の女性が立っていた。
「アスカさん……でいいのよね?」
女性が柔和な微笑みでそう問いかけてくる。少女—アスカはゆっくりと頷いた。
「はい、これからお世話になります。」
「礼儀正しいわね。でも、そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。私はシズカ。この孤児院の院長をしているわ。よろしくね。」
シズカはそう言いながら扉を開け、中へ入るよう促す。
「新貞羅孤児院へようこそ。アスカさん。」




