許容
昼下がりの都市リベルタ。
市場はいつもの騒がしさだった。
その上空に――
音もなく、少女が立つ。
イリス。
銀の瞳が街を見下ろす。
かつてなら“整理対象”だった光景。
今は違う。
「……未確定」
彼女はゆっくり降り立つ。
誰も気づかない。
観測の膜で存在を薄めている。
だが一人だけ――
ノアが振り向く。
「……きた」
ノアが駆け出す。
人混みを抜けて、
まっすぐイリスの前へ。
二人は向き合う。
沈黙。
イリスが言う。
「観測継続のため来訪した」
ノアは首を傾げる。
「……あそびにきたの?」
イリスが止まる。
処理不能。
「……近似」
ノアが笑う。
「じゃあ、いこ」
手を掴む。
イリスの瞳がわずかに揺れる。
触れられるのは初めてだった。
市場。
音、匂い、色。
イリスの視界が忙しくなる。
「情報過多……」
ノアがパンを差し出す。
「おいしい」
イリスは観測する。
糖分、熱、構造――
ノアが言う。
「たべるの」
イリスは恐る恐る口に入れる。
咀嚼。
沈黙。
「……非効率だが、良い」
ノアが笑う。
ゼルとアークが到着する。
ゼルが腕を組む。
「また世界消しに来たのか?」
イリスは首を振る。
「今日は消去しない」
アークが微笑む。
「歓迎するよ」
通りで子供が転ぶ。
泣き出す。
イリスの視界に未来が開く。
泣き止む未来。
怪我が悪化する未来。
彼女は一瞬迷う。
最適化なら即修正。
だが――止まる。
ノアが子供に手を伸ばす。
「だいじょうぶ?」
子供は笑う。
自然な回復。
イリスは理解する。
「介入不要……」
彼女は呟く。
「これが“任せる”か」
塔の屋上。
夕日が街を染める。
イリスは静かに見ている。
未来は見える。
だが、確定しない。
ただ流れる。
「……綺麗だ」
ノアが座る。
「でしょ」
ゼルが笑う。
「観測者が感想言ったぞ」
アークが言う。
「それでいい」
イリスは小さく頷く。
「未確定……許容」
イリスは帰らない。
観測のため――という名目で、
都市に留まる。
市場の人々は最初こそ戸惑うが、
すぐに慣れる。
無表情でパンを観測する少女は、
やがて日常の一部になる。
ノアが笑う。
「ともだち」
イリスがわずかに首を傾げる。
「……定義更新。
ノア=友」
夕日が沈む。
都市は動き続ける。
観測者も、その中にいる。




