スパーキー
「スパーキーにはな、
あまり余計な感情をプログラムしないようにしているんだ」
紫モヒカンはそう言いながら、机の端に積まれたヒューズを指先で転がした。
作業台の上は部品が無秩序に散らばっているのに、背後の工具棚だけは妙に整っている。
まるで軍隊の点呼だ。一本の狂いも許さない、そんな並び方だった。
「ただし、身を守ることに関しては別だ。
俺を守るためじゃない。スパーキー自身を守るためだ」
薄暗い小屋の中で、スパーキーが金属の尾を床に軽く打ちつける。
カン、と鈍い音が響いた。
それは犬の仕草のはずなのに、どこか頼りなく聞こえた。
「その許容量を越える――つまり、自分の“死”を感じた時だな。
あいつは……怯えるようにできてる」
「それが、昨日の夜か?」
俺の問いに、紫モヒカンは短く溜息を吐いた。
煙草の先が橙色に揺れ、焦げた配線の山に影を落とす。
「そうだ。初めてだよ、こんなことは」
「へぇ、そうなのか」
「いや……正確にはもう一回ある。
あんたと初めて会った時だ」
「そうだったかな」
紫モヒカンは思い出すように鼻で笑った。
それに合わせて、頭のモヒカンがわずかに揺れる。
スパーキーも律儀に「ヴォフ」と一声、場に合わせた。
「驚いたぜ。
地方警察署長が部下をぞろぞろ連れて、
ありとあらゆる武器を抱えて押しかけてきた時もだ。
あいつ、平気な顔で尻尾を振ってたんだぞ」
「……何をやらかしたんだよ。
そんな連中が大挙して来るなんて」
「なあに。ちょっとした組織に渡した“物”がな、
どうやら署長さんのプライベートと直結してて、
情報がネットにだだ漏れしてたらしい」
「まぁ、そんなことだろうな。
いつまで繰り返すんだろうな、そういう話。
正直、聞き飽きた」
「ここじゃいつものことさ。
買収されてた組織が裏切った証拠が出ただけだ。
それを無理やり揉み消そうとしたってわけだな」
「……わざとだろ? どうせ」
「わざとねぇ……そうだったかもな」
吹けもしない口笛を吹く真似をして、明後日の方を向く。
誤魔化し方が雑だ。
フッ……本当に、こいつのやりそうなことだ。
「だが、決着はあっけなかった。
このスパーキーがな、連中の武器だけを全部噛み壊しちまった。
それでいて……誰一人、傷つけなかった」
「へぇ……よく訓練されてるもんだな」
「フフ……あんたほどじゃないがな」
「うちは、飼い主が普通じゃなかったからな」
「……その辺を深掘りすると、
今度は俺の立場が危うくなる。
昔話はそれくらいにしておいてくれ」
両手で“抑えてくれ”と言わんばかりの仕草。
せっかく話が転がったんだ。
もう少し転がしてみたくなる。
「じゃあ、四十八時間、
鼻だけ出して水中待機してた訓練の話でもするか?」
「聞きたくもない。こっちが苦しくなる」
大げさに身震いする紫モヒカン。
スパーキーはゆっくりと尻尾を振りながら、
俺たちを穏やかな目で見つめている。
背後のコンプレッサーが「ゴウン」と低く唸った。
まるで溜息みたいだった。
「まぁ、今回は派手にやられたな」
俺は靴先で床に転がったボルトを無意識に転がし、
そのままやつの方へ押しやる。
「別に何もやられちゃいないさ。
行き場のないスクラップが、
さらに細かいスクラップになっただけだ」
紫モヒカンは床の金属片をつま先で蹴って確かめる。
乾いた音とともに、針のような金属片が一つ跳ねた。
「そうか。それならいいが……」
ここも、そろそろ安全を気にした方がいいかもしれない。
俺はポケットの中で煙草の箱を弄び、
片眉だけをわずかに動かす。
「部品単位でばらす手間が省けた。
素材も手に入ったしな。
純度の高い鉛、真鍮、ステンレス……
タングステンまであった」
分別用のバケツを揺らすと、
中身に合わせて音が変わる。
その違いを楽しんでいるらしい。
スパーキーは勘違いしたのか、
ご飯の時間だと思ったのか、尻尾を大きく振り始めた。
「劣化ウランが無いだけマシじゃないか?」
「それだけは勘弁してくれ。
使い道がねぇ」
「そんなもんか」
……本当に、その程度なんだろう。
こいつにとっての“日常”ってやつは。
俺は一度、天井を見上げ、
視線を戻して確認する。
「で、どうなんだ? 本当に大丈夫なのか?」
「あんたが守ってくれるのか?」
肩をすくめ、鍵束をポケットの中で鳴らす。
「今は一人匿うので手一杯だ」
紫モヒカンは鼻で笑い、
作業灯のスイッチを切り替えて光を安定させた。
「そうみたいだな。
まぁいい。取引先に連絡しとくさ。念のため」
俺は煙草の箱を指先で叩く。
だが、まだ一本も取り出さない。
「腕っぷしの強い知り合いなんて、
いくらでもいるだろ」
「いるさ。だがな……
ハートが通ってねぇと、いざって時に頼りにならねぇ」
俺は片目を細め、
窓の外の気配を探るように視線を投げる。
「裏切り者は、どこにでもいる」
「そんなもんさ」
奥で古いモーターが、
しぶとく回り続ける音だけが、
しばらく二人の沈黙に降り積もった。
俺は一息置いてから口を開く。




