紫モヒカン
薄暗い裸電球の下、散乱した部品と油の染みた作業台に囲まれ、まるでそれが自宅のリビングであるかのようにくつろいでいる。
金属の焼けた匂いと、強めの工業用潤滑油の香りが鼻を突いた。
「勘弁してくれよ、兄弟」
俺の顔を見るなり、やつは憎まれ口を叩く。
声はいつも通り軽いが、目の奥だけは妙に冴えていた。徹夜で何かを組み直していたのか、指先にはまだ金属粉が残っている。
「えらく綺麗になってるじゃないか。この弾痕なんて、匠の仕事かい?」
俺が壁を指さすと、紫モヒカンは肩をすくめて笑った。
「おいおい、弾痕が“綺麗”って褒め方もどうかと思うぜ」
「何かが……来たんだろう? ここに」
「あー、それも凄腕のな」
油で黒ずんだタオルで手を拭きながら答える。“凄腕”と言う時の癖で、顎を僅かにしゃくってみせる。
そのいつもの仕草を見て、改めて健在であったことに、妙な安心感が湧いた。
しかし相変わらず、立派なモヒカンが喋っているのか、やつ本体が喋っているのか、わからなくなる時がある。
モヒカンの根元には、ショート痕のような焦げ跡があり、そこからわずかに蒸気が立ち上っていた。
多分、今さっきまで溶接用ゴーグルを付けていたか、火花を浴びていたのだろう。それでもモヒカンはびくともしない。
まるで、意思を持って自立しているかのように、微妙に風向きに逆らって揺れている。
俺はいつも思う。
あれは髪なのか、武装なのか、あるいは生き物の一種なのか。
真実を聞く勇気は、まだ持ち合わせていない。
「何に片足突っ込んだんだい? まあ、どうせろくでも無い事だろうけどな」
床には、もぎ取られたサーボや焦げた基盤が散乱している。
だが不思議なことに、壁に掛けられた工具だけは一本も乱れていない。影が揺れるたび、整然と並んだスパナやレンチが無言で光り返す。
「まぁ、そう言うなよ。否定はしないがな」
やつは手を止め、目を細めてこっちを見ながら、面倒くさそうに言い放つ。
「恐らく、訳ありな女でも助けて、他の男から恨みでも買っちまったかい?」
やつは立ち上がり、作業テーブルの方へ歩き出す。
「そうだな、半分くらいはあたってるかな」
転がる部品を無造作に蹴り避けながら、DANGERと書かれた箱から取り出した煙草をくわえる。散らかった足元と、几帳面な壁の対比が妙に気味悪い。
「まぁ、お人好しも大概にしておかないと、また煙草が不味くなっちまうぜ」
俺は少し思い出すように顔を上げた。
「そうだな。その通りだ」
やつは口に咥えた煙草を落としそうになり、慌てて持ち直す。
「んん?……今日はやけに素直じゃないか。どうした」
今度は煙草を指でくるくる回し始めた。
「おいおい、それはこっちが先に聞きたい。この惨状、一体何があった? 相変わらず、スパーキーは元気そうで何よりだが」
くるくる回っていた煙草が、ぴたりと止まった。
「スパーキーがな……初めて怯える所を見たよ」
あらゆるセンサーを組み込んだ、あの犬型のものが、怯えた。
そんな感情を持っているかは不明だが、異常な事であるらしい。
一体、この案件には何が関わっている?
この界隈で、何が起こっている?
ますます不気味な匂いが濃くなり、背中を一筋、冷たい汗が伝った。
だが同時に、胸の奥では、古いエンジンがゆっくり再始動するような――
行儀の悪い期待感が、静かに膨らんでいた。




