解体屋
事務所を出てから、小一時間も経たないうちに、俺はジャンクヤードに到着した。
朝もやに混じる金属粉の匂いと、遠くで風に揺れるスクラップの軋みが、ここが“生きた墓場”であることを思い出させる。
役目を終えたはずの鉄くずたちは、まだ完全には死んでいない。ただ静かに、次の用途を待っているだけだ。
錆が浮いたヤードの鉄扉を押し開けて中へ入る。
出迎えたのは、配線とドライブギヤの約半分が剥き出しになった犬型ロボットだった。亀裂の入った外殻越しに、微弱な青い駆動ランプが、心臓の鼓動のように点滅している。
「スパーキー、元気だったか?」
俺の声に、スパーキーは嬉しそうに左右へ跳ね回った。
関節が「カシャン、カシャン」と乾いた金属音を立てるあたり、まだ油切れは起こしていないらしい。尻尾の代わりに付いたトルクアームが、わずかに振動している。
「紫モヒカンは……お前のご主人様はどこにいる?」
スパーキーは「クーン」と甘えた電子音を漏らし、それから「ヴォフ!」と大型犬特有の野太い咆哮音を再生した。
ただの録音データのはずなのに、不思議と生き物の息遣いを感じさせる鳴き声だった。
スパーキーは、紫モヒカンが最初に飼った犬らしい。
その話以外を、やつは一切語らない。
そのことに触れるときの紫モヒカンは、決まって口を一文字に閉じる。
身長二メートルを超える大男が、なぜかひどく小さく見える瞬間だ。
今目の前にいるスパーキーも、無骨な金属の顔をしているくせに、センサーの揺らぎや動きだけで、“辛かったであろう過去”と、今も大事にされているという事実が、痛いほど伝わってくる。
オリジナルは、今のスパーキーのように、ここまで大きくなることは叶わなかったらしい。
その事実が、機械であるはずのこいつに、確かに影を落としているのがわかる。
いずれ、紫モヒカンをぐでんぐでんに酔わせて、内部メンテ用の潤滑アルコールを過剰摂取させれば、饒舌に語ってくれるかもしれない。
だが今は、このまま、そっとしておく方が好ましいだろう。
スクラップ越しに吹く冷たい風が、スパーキーの金属皮膚を静かに撫でていた。
ジャンクヤードの奥は、相変わらず鉄と油の匂いが充満している。
ひとつ深呼吸すれば、肺の内側に薄い金属粉が貼り付くような感覚がした。ここへ来るのは慣れているが……歓迎してくれている空気じゃない。
スパーキーが俺の足元を一周し、急にぴたりと止まった。
錆びついた尾のジョイントが「ギギ」と鳴る。
どうやら、“案内を始める”合図らしい。
「おいおい、そんなに急ぐなよ。紫モヒカンの居場所は逃げやしないだろ?」
ジャンクの山の間を抜けると、見覚えのあるプレハブ小屋が姿を現した。
壁は弾痕だらけ。窓は防弾ガラスではあるものの、弾丸を弾いた痕跡が生々しく残っている。綺麗な部分は……取り替え済み、ということか。
紫モヒカンの住処にしては、ずいぶんと物騒なリフォームだ。
「……お客さんが来たんだな?」
歓迎されざる客人が来たことは、まず間違いない。
カメラやセンサーの類は軒並み破壊されている。壁に取り付けられていた監視ユニットは基板が真っ黒に焼け、今もチリチリと小さな火花を散らしているものすらあった。
誰かが意図的に、“目”を潰していったのが一目でわかる。
「ただ、あいつのことだ。このくらい大丈夫だろうがな」
俺は無作法にプレハブ小屋の扉を叩いた。
「ドンドンドンドン!」
一見プレハブに見えるが、その辺の戦車よりよほど頑丈な造りだ。これだけ叩いても、中ではほとんど音はしていない。
「……また、あれを言う必要があるのか。参ったな」
一度深呼吸し、呪文を唱える。
「モヒカンが眠る夜など無い。永遠に」
扉は、軋む音ひとつ立てずに開いた。
「まぁ、当然中に居るよな」
紫モヒカンは、やはりプレハブ小屋の中に居た。




