六体の無表情
扉が、閉まった。
――ガチャン。
安っぽいはずの電子ロック音が、やけに重く響く。
同時に、外の音が消えた。
さっきまで確かにあったはずの、アーケードのざわめき。
人の気配。足音。遠くの笑い声。
全部、切り取られたみたいに消え失せる。
「……さらに“おいでなさった”ってことか」
俺はゆっくりと振り返る。
ガラス扉の向こうには、誰もいない。
いや、いるはずのものが“いない”。
まるで最初から、この店だけが
別の場所に置き去りにされたみたいだ。
「もうクライマックスか?」
小さく息を吐く。
「この映画は」
その時だった。
――視界の端。
ほんのわずかに、角度が変わる。
マネキンの首。
さっきまで正面を向いていたはずのそれが、
気のせいじゃない程度に、こちらへ向いている。
「……おいおい」
俺はその場で動かない。
代わりに、視線だけを滑らせる。
一体。
二体。
三体。
――六体。
そいつらだけが、わずかに違う。
残りのマネキンは、ただの置物だ。
完全に、死んでいる。
だが、その六体だけは違う。
空気を噛んでいる。
「……なるほどな」
俺は口の端を上げる。
「動くのは六体だけ、ってわけか」
答える者はいない。
だが――
次の瞬間。
“来た”。
背後。
振り向くより早く、俺は半歩だけ横へ滑る。
白い腕が、さっきまで俺の首があった位置を通り過ぎた。
風圧だけで、皮膚がひりつく。
「……っと」
足音はない。
接地音もない。
ただ、“そこに来ている”。
俺は振り返る。
目の前には、無表情のマネキン。
関節の動きが、人間より滑らかだ。
いや、滑らかすぎる。
そして――
「……おい」
思わず口が動いた。
「マネキンとはいえ、何か着てくれないか?」
手で目を隠す仕草をしてみる。
当然、指の隙間からマネキンを覗き見る。
「目のやり場に困っちまうよ」
そして返事はない。
代わりに、腕がもう一度振り下ろされる。
速い。
人間の筋肉じゃない加速。
「……っと、冗談通じねぇか」
俺は後ろへ跳び、
近くのマネキンを掴んで引き倒す。
そのまま蹴り上げる。
ちょうど盾代わりって感じだ。
ドンッ、と鈍い音。
ぶつかったマネキン同士が、床に転がる。
だが――
割れない。
「……は?」
思わず眉が寄る。
今の衝撃で、普通なら割れる。
少なくとも、ヒビくらいは入る。
だが、無傷だ。
「見た目は人形……中身は工業製品か」
俺は小さく呟く。
「洒落にならねぇな」
気づけば、他の連中も動いていた。
六体。
音もなく、配置を変える。
正面に二体。
左右に二体。
背後に二体。
「……連携かよ」
囲まれている。
しかも、綺麗に。
誰かが“見ている”配置だ。
「趣味が悪いな……」
俺はコートの裾を軽く払う。
呼吸を整える。
心拍を落とす努力をしてみる。
そして――
「さて」
口の中で小さく呟く。
「買い物の続きといこうか」
次の瞬間。
六体が、一斉に動いた。
バラバラじゃない。
――揃っている。
正面の二体が踏み込むのと同時に、左右の二体が回り込む。
背後の二体は、わずかに遅れて距離を詰める。
逃げ道を“作らない”動き。
「……チームプレイかよ」
俺は舌打ちする代わりに、前へ出た。
止まれば終わる。
正面の一体が、腕を振り下ろす。
速い。
だが、単調だ。
俺は腕を外側に流し、そのまま懐へ潜る。
肩を入れる。
体重を乗せる。
――投げ。
だが。
「……軽いな」
予想より軽い。
その代わり、手応えが妙に硬い。
床に叩きつけられたマネキンが、すぐに起き上がる。
「痛覚なし、か。便利なもんだな」
横から風が来る。
二体目。
しゃがんで回避。
そのまま足払いを狙う。
――が。
引っかからない。
関節の角度が、人間と違う。
「チッ……」
直後、背中に気配。
振り向く暇はない。
俺はその場で前転する。
直後、さっきまでいた場所を、鋭いマネキンの踵の一撃が切り裂いた。
「……ほんと、音がしねぇな」
立ち上がると同時に、視界を走らせる。
六体。
全員、無表情。
呼吸も、迷いもない。
ただ、“次の動き”だけを待っている。
「……気持ち悪ぃ連中だ」
俺は近くのマネキンを掴む。
こっちは“ただのマネキン”。
完全に死んでいる。
それを、思い切り振り回す。
鈍い衝突音。
敵の一体に直撃。
バランスが崩れる。
「よし……」
手応えはある。
壊れはしないが、動きは止まる。
なら――
「使わせてもらうぞ」
俺はそのまま“死んだマネキン”を投げつける。
続けざまに、もう一体。
店内に並んでいた“商品”が、次々と武器になる。
ハンガーラックを蹴り倒す。
ポールが倒れ、連中の足元を塞ぐ。
一瞬だけ、動きが鈍る。
「環境利用ってやつだ」
だが、それも長くは続かない。
一体が、倒れたマネキンを踏み越える。
躊躇がない。
「……だろうな」
俺は距離を取る。
息が少し上がっている。
対してあいつらは――
変わらない。
「疲れねぇ相手ってのは、ほんと嫌いだ」
正面から二体。
同時に来る。
俺はコートを大きく払う。
視界を一瞬だけ遮る。
その隙に、横へ抜ける。
「っと」
だが、甘い。
側面の一体が、すでにそこにいる。
「読まれてるか……」
腕が伸びる。
掴まれる前に、肘を叩き込む。
――硬い。
衝撃が、逆にこっちへ返ってくる。
「……マジかよ」
一瞬、体勢が崩れる。
その隙を、背後の一体が逃さない。
「くっ……!」
俺は無理やり身体をひねる。
ギリでかわす。
だが、コートの裾が裂けた。
布片が舞う。
「……お気に入りなんだがな、それ」
軽口を叩く余裕は、まだある。
だが――
状況は、明らかに不利だ。
六体。
無傷。
無疲労。
無音。
対してこっちは、一人。
「……面倒な買い物になったな」
その時だった。
ポケットの中で、何かが当たる。
――サイコロ。
“ガーデス”。
一瞬、女神の微笑みが脳裏に浮かぶ。
そして……ほんの一瞬だけ。
目の前のマネキンの動きが、ズレた。
「……あ?」
今のは……気のせいじゃない。
「……なるほどな」
俺は、小さく笑った。
「そういうことか」
俺は口元に笑みを浮かべる。
「B級映画のヒーローになれると思っていたが」
俺はゆっくりと周囲を見渡す。
人形。
人形。
人形。
そして――操られた人間。
「人形劇の一員だったとはな」
特に汚れてもいない肩の埃を払う仕草をする。
「しかも、客席は俺一人か」
静寂が、妙に馴染む。
「フッ……趣味が悪い」
俺はサイコロを取り出す。
「だが、嫌いじゃない」
カラン――
乾いた音を立てて転がる。
その瞬間、六体の動きが乱れる。
「今だ」
俺は一体に踏み込む。
掴む。
持ち上げる。
軽い。
だが、硬い。
「行け」
そのまま――投げる。
一直線。
店の奥へ。
ドンッ!!
鈍い衝撃。
そこにいた。
店員。
いや――“それ”。
マネキンごと、壁に叩きつけられる。
だが。
「……壊れねぇな」
ゆっくりと、立ち上がる。
関節が軋む。
人間じゃない。
「……サイボーグか」
完全な機械じゃない。
どこかに、人間が残っている。
「脳は……人間だろうな、多分」
目が揺れる。
ほんの一瞬。
迷い。
だが、すぐ消える。
上書きされたみたいに。
「……操られてるだけ、か」
背後のマネキンが、動きを鈍らせる。
制御が乱れている。
「弱いもんってのはな」
俺は一歩、踏み出す。
「いつでも、こうやって搾取される」
返事はない。
ただ、こちらへ踏み込んでくる。
「……やめとけ」
低く言う。
「そっちは、お前の仕事じゃねぇ」
届かない。
当然だ。
だが――
「女神様よ」
サイコロを握る。
「もう少し、付き合え」
照明が、瞬く。
ノイズ。
「……面白い」
声。
俺は、笑う。
「観てやがるな」
そして。
前へ出る。
戦いは、“人形劇”から……一段、先へ進む。




