アーケードの灯り
さて――
出てくる時に言ったあの台詞。
あれを冗談だと思っている奴もいるだろうが。
俺は本気だ。
女性物の下着も、ちゃんと買って帰らなきゃならない。
「……やれやれ」
自分で口にして、軽く笑う。
さすがの俺でも、そういう分野の情報は持ち合わせていない。
裏社会の流れや、違法チップの相場なら頭に入っているが、
サイズだの素材だの、そういう話になると、完全に守備範囲外だ。
――まあ、なんとかなるだろう。
そう思うしかない。
一応、モヒカンのところで聞いてみた。
結果は、予想通りだ。
「俺の守備範囲外だ。すまんな」
軽くあしらわれた。
……そりゃそうだろうな。
あいつは機械には強いが、
人間――特にそういう繊細な領域には、とことん無頓着だ。
「今から世紀の天才と対峙するんだぞ」
思わず、独り言が漏れる。
「……その前に下着選びか」
バランスがおかしい。
いや、この仕事にバランスなんてものを求める方が間違っているのかもしれない。
「さて、どうしたもんかな」
考えても仕方がない。
こういう時は、動くに限る。
「……馴染みの店にでも行ってみるか」
屋台、というわけにはいかないが。
それなりに古い形の店が並ぶ通りがある。
俺は、そっちへ足を向けた。
――本当なら。
あの女を連れてきて、目の前で選ばせるのが一番早い。
サイズも好みも、本人に任せればいい。
だが。
「クライアント様だし……危険な目には」
あらゆるリスク管理が発生する。
「そして……それは、な」
そこに同席する自分の姿を想像して、すぐに却下した。
気まずいどころの話じゃない。
かといって、家に取りに帰らせるのも論外だ。
多分、帰って来ない。
いや――
「帰って来れない、か」
そっちの方が、正確だろうな。
あの女は、もう“普通の場所”に戻れる立場じゃない。
記憶を抜かれ、人生ごと削られ、
それでもなお、あのデバイスだけが残されている。
――あれは偶然じゃない。
選ばれたかどうかは知らないが、
巻き込まれていることだけは、確実だ。
「困ったもんだ」
ため息が一つ、夜に溶けた。
俺は足を止めず、そのまま歩く。
やがて、視界が少しだけ明るくなる。
ネオンとは違う、柔らかい光。
昔でいう――商店街。
アーケード。
天井に並ぶ照明が、一定のリズムで道を照らしている。
古びた看板。半分閉じかけたシャッター。
それでも、まだ息をしている店の気配。
人の気配が、かすかに残っている場所。
「……悪くない」
こういう場所は嫌いじゃない。
表と裏の境目みたいで、
どちらにも完全には属していない。
今の俺には、ちょうどいい。
ポケットの中で、サイコロがわずかに触れた。
“1”。
あの結果が、頭のどこかに引っかかっている。
「女神様、ね」
気まぐれで、破滅を連れてくる存在。
だが――
「今は、買い物だ」
俺は小さく呟く。
視線を上げると、
古い衣料品店の看板が目に入った。
少し色褪せているが、
まだ灯りは消えていない。
「……ここでいいか」
俺は、ゆっくりと足を向ける。
嵐の前にやることが、これかと思うと笑えるが。
――こういう“くだらない選択”が、
後で一番、効いてくることもある。
俺は扉に手をかけた。
その向こうに、
まだ知らない“何か”が待っている気配を感じながら。




